第12話 爆ぜる鑑定器、砕け散るエリートのプライド

「ただし、もしこれが偽物だと証明されたら……リリア、君たち『クリムゾン・エッジ』と、その詐欺師は、このギルドから永久追放だ。いいな?」


 カイン・フォン・アークライトの冷酷な宣告が、ギルドホールに響き渡った。

 永久追放。

 その言葉の重みに、リリアが息をのむのが分かった。冒険者にとって、それは死刑宣告にも等しい。


(お、俺のせいで……!?)


 全身から血の気が引いていく。

 ただ、汚い鉄屑を洗いたかっただけなのに。ただ、目の前の呪いを浄化したかっただけなのに。どうしてこんなことに……。


「……いいわ。その条件、飲んであげる」


 だが、俺の隣で、リリアは少しも臆することなく言い返した。

「ただし、もしこれが本物だって証明されたら、あなたはこの場でアラタに土下座して謝りなさい。できるんでしょうね? Sランク鑑定士サマ?」

「ふん、面白い。その威勢がいつまで続くか、見ものだな」


 カインは余裕の笑みを崩さないまま、懐から一つの魔道具を取り出した。

 それは、手のひらサイズの水晶玉に、複雑な魔術回路が刻まれた金属のフレームが取り付けられた、いかにも高価そうな代物だった。


「これは我がアークライト家が開発した最新式の鑑定器だ。Sランクの武具ですら、その性能を誤差なく計測できる。こんなガラクタに使うのは宝の持ち腐れだが……まあ、君たちの絶望する顔を見るための余興としては悪くない」


 カインはそう言うと、俺が小脇に抱えていた聖剣を、まるで汚物でも掴むかのように指先でつまみ上げた。

 そして、鑑定器の水晶を、聖剣の刀身にゆっくりと近づけていく。


 ギルド中の視線が、その一点に集中する。

 ゴクリ、と誰かが唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえた。


(ああ、もうダメだ……終わった……。俺のせいで、リリアさんたちが……)


 俺はあまりのプレッシャーに、固く目を閉じた。

 これから浴びせられるであろう、嘲笑と罵声の嵐を覚悟して。


「……ん?」


 だが、聞こえてきたのは、カインの訝しむような声だった。

 俺は恐る恐る、薄目を開ける。


 カインは、鑑定器と聖剣を交互に見比べ、眉をひそめていた。

 鑑定器の水晶が、チカチカと不規則な光を点滅させている。


「どうしたのかしら? 最新式なんでしょう?」

 リリアが、挑発するように言う。


「うるさい、黙っていろ。……なんだこれは?『計測不能(アンノウン)』だと? ふん、やはりな。ランクが低すぎて、測定の土俵にすら上がれないガラクタということか」


 カインはそう結論づけ、勝ち誇ったように口の端を吊り上げた。

 周囲の冒険者たちも「やっぱりな」「そりゃそうだろ」と頷き合っている。


 だが、その時だった。


 ピピピピピ……!


 鑑定器から、甲高い警告音が鳴り響き始めた。

 チカチカと点滅していた水晶の光が、次第に強さを増していく。


「な、なんだ……!?」


 カインの表情から、余裕が消える。

 鑑定器の水晶は、もはや点滅ではない。まるで内部で小さな太陽が生まれたかのように、凄まじい輝きを放ち始めた。


「カイン様! それは魔力許容量のオーバーフローを示す警告です! すぐにそのアイテムから離して……!」

 ギルドの職員らしき男が、悲鳴のような声を上げた。


 だが、遅かった。


 キィィィィィンッ!


 耳をつんざくような高周波音と共に、鑑定器の水晶に、ピシリ、と亀裂が走る。

 そして――。


 パァァァァァァンッ!!


 鑑定器は、まばゆい閃光と轟音を撒き散らし、木っ端微塵に弾け飛んだ。


「ぐわっ!?」


 カインは爆風に煽られ、みっともなく数歩よろめいた。彼の完璧に整えられていたプラチナブロンドの髪は爆風で乱れ、その顔は黒い煤でまだら模様になっている。


 ギルドホールは、一瞬、水を打ったように静まり返った。

 誰もが、目の前で起きたことが信じられない、という顔で立ち尽くしている。


 カラン……。


 静寂の中、爆散した鑑定器の破片の一つが、床に転がる乾いた音だけが響いた。

 それは、鑑定結果を焼き付けるための、魔力プレートだった。


 煤だらけのカインが、まるで亡霊にでも遭遇したかのように、震える手でそのプレートを拾い上げる。

 そして、そこに刻まれた文字を、かすれた声で読み上げた。


「アイテム名:聖剣エクスカリバー・ゼロ……」

「ランク:???(計測不能)……」

「備考:……固有、神聖、スキル……【万物浄化】、により……生成……?」


 カインの声が、途中で言葉にならなくなる。

 彼はプレートと、俺の顔を、信じられないものを見る目で何度も見比べた。


 そして、絞り出すように、叫んだ。


「こ、固有神聖スキル【万物浄化】だと!? ば、馬鹿な……! そんなものは、神話の中にしか存在しない、伝説のスキルのはずだ……! このような汚物が、そんな力を……ありえないッ!!」


 その絶叫が、ギルドの静寂を打ち破った。


「おい、今……固有神聖スキルって言ったか?」

「鑑定器が爆発したぞ……Sランクアイテムですら計測できるっていう、アークライト家特製のやつが……」

「あの剣……本物なのか……? いや、本物どころの騒ぎじゃない……!」


 さっきまで俺を嘲笑していた冒険者たちの視線が、一変する。

 侮蔑と好奇心は消え失せ、そこにあるのは、理解を超えた存在に対する、純粋な驚愕と、そして――畏怖だった。


 俺は、その無数の視線に晒され、ただ立ち尽くすことしかできない。

 その時、ギルドの奥の扉が勢いよく開かれ、一人の壮年の男性が姿を現した。


 豪華な装飾が施されたギルドマスターのマント。厳しく、しかし威厳に満ちた顔つき。カインとよく似たプラチナブロンドの髪。

 このギルドの頂点に立つ男、ギルドマスターにしてカインの父親、レオルド・フォン・アークライトその人だった。


「カイン! この騒ぎは一体何事だ!」


 レオルドは、煤まみれで呆然と立ち尽くす息子を一喝すると、床に転がる鑑定器の残骸と、俺が持つ聖剣に視線を移し、そして全てを察したように、わずかに目を見開いた。


 彼は、ゆっくりと俺の前まで歩いてくると、信じられない行動に出た。

 このギルドで最も偉いはずの男が、俺のような薄汚いニートの前で、深々と……本当に、地面に額がつくほど深く、頭を下げたのだ。


「我が息子の、数々の非礼……! このギルドマスター、レオルド・フォン・アークライトが、心よりお詫び申し上げる! 誠に、申し訳なかった!」


 ギルド中に、三度、衝撃が走った。

 その光景を目の当たりにしたカインは、父親にまで頭を下げさせたという事実に、屈辱で顔を真っ赤に染め上げていた。彼はギリ、と奥歯を噛み締め、その青い瞳で、俺のことを射殺さんばかりに睨みつけていた。

 その瞳に宿るのは、もはや侮蔑ではない。純粋な嫉妬と、決して消えることのない、憎悪の炎だった。


「……アラタ殿、とお呼びしてよろしいかな」


 顔を上げたギルドマスターが、真剣な眼差しで俺を見つめる。


「貴殿のような稀有な才能の持ち主には、我々ギルドとして最大限の敬意と、そして支援をさせていただきたい。つきましては、一つ、特別なご提案があるのだが……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る