家族から「社会のゴミ」と罵られ、【洗い物】だけが役割だった引きこもりニートの俺が、【万物浄化】スキルに覚醒し、唯一無二の『聖具師』として世界一の専門店を経営することになった件
第6話 絶望の夜、空が裂け、世界が『汚れ』に満ちていく
第6話 絶望の夜、空が裂け、世界が『汚れ』に満ちていく
頬に触れる雪は、まるで小さな呪詛のようで、ピリピリとした微かな痛みを伴って溶けていく。夜空を焼いたあの禍々しい紫色の閃光は、幻だったのだろうか。
(もう、どうでもいいか……)
公園のベンチに座ったまま、俺は全身の感覚が麻痺していくのを感じていた。指先はとうに動かず、足はまるでコンクリートで固められたように重い。ゆっくりと、だが確実に、俺の命の火は消えかかっている。
(これでいいんだ。俺みたいなゴミは、こうやって静かに消えるのがお似合いだ)
家族の顔が、脳裏をよぎる。
俺を失敗作だと断じた父親。
俺の存在を忘れようと決めた母親。
俺がいなくなることを喜んだ妹。
彼らの世界から、俺という「汚れ」は洗い流された。なら、この世界そのものからも、洗い流されるべきなんだ。それが、道理というものだろう。
薄れゆく意識の中、俺はぼんやりと空を見上げた。
その、瞬間だった。
ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
腹の底に響くような、地鳴り。いや、違う。空だ。空が鳴っている。
さっきまでの静寂が嘘のように、世界全体が不協和音を奏でて振動し始めた。
「な、なんだ……!?」
「地震か!?」
遠くの大通りから、人々の悲鳴が聞こえてくる。車のクラクションがけたたましく鳴り響き、何かが倒壊するような轟音が鼓膜を突き破る。
だが、俺は動かなかった。動けなかった。
もはや、この世の全てが他人事だった。
ピシッ……と、空に亀裂が入る音がした。
まるで、巨大な一枚ガラスにヒビが入るように。
俺が見上げた夜空の中心に、一本の黒い線が走った。そして、その亀裂は凄まじい速度で、空全体へと広がっていく。
メキメキメキッ……! バリィィィン!!
ついに、夜空が砕け散った。
比喩じゃない。文字通り、空が黒い破片となって剥がれ落ち、その向こう側から、おぞましいほどの濃密な闇と、紫色の雷光が渦巻く異空間が顔を覗かせた。
(……は? なに、これ……映画かよ……)
あまりに非現実的な光景に、俺の凍りついた脳は理解を拒絶する。
空の裂け目の中心から、何かが「降りて」きた。
いや、違う。「生えて」きた、という方が正しい。
天を突くほど巨大な、禍々しい螺旋状の塔。
まるで生物のように脈動し、その表面には無数の目玉のような紋様が浮かび上がっては消えていく。塔は街の中心部――俺が住んでいた家からもそう遠くない場所に、音もなく、だが絶対的な存在感を持って突き刺さった。
ウウウウウウゥゥゥーーーーーーッ!!
街中に、聞いたこともない不気味なサイレンが鳴り響く。
パニックに陥った人々の絶叫が、阿鼻叫喚のシンフォニーとなって夜の空気を満たしていく。
「ダンジョンだ! なんでこんな街中に……!」
「逃げろぉぉぉっ!!」
ダンジョン……?
ゲームや小説でしか聞いたことのない単語だ。
だが、目の前で起きている惨状が、それが紛れもない現実であることを物語っていた。
俺は、ただベンチに座ったまま、その光景を眺めていた。
人々が逃げ惑う様も、世界の終わりを告げるかのような巨大な塔も、まるでブラウン管の向こうの出来事のように、どこか他人事だった。
(ああ、世界も終わるのか。俺みたいに、いらないものとして捨てられるのかな)
そんなことを、ぼんやりと考えていた。
その時、異変は俺の足元にも及んだ。
ズズ……ズズズ……。
あの禍々しい塔の根元から、黒く粘つく液体が溢れ出してきたのだ。それはまるで生命を持っているかのように、アスファルトを溶かし、建物を飲み込みながら、津波のごとき勢いで街全体へと広がっていく。
汚泥だ。
ヘドロとタールを混ぜ合わせたような、見るからに不浄な「汚れ」の塊。
それは、俺がいる公園にも容赦なく押し寄せてきた。
綺麗に手入れされていた花壇の花々は、汚泥に触れた瞬間に黒く変色し、枯れていく。子供たちが遊んでいたであろうブランコや滑り台は、錆びてボロボロに朽ち果てていく。
世界が、汚されていく。
俺が、あんなにも執着し、完璧に洗い清めることを求めてきた世界の全てが、根源的な「汚れ」に塗りつぶされていく。
汚泥は、ついに俺の足元にまで到達した。
だが、俺は逃げなかった。
もう、どうでもよかった。
ゴボッ……ゴボボッ……。
足元に広がった汚泥の沼から、不気味な気泡がいくつも浮かび上がってくる。
そして、その気泡とともに、何かが沼の底から姿を現した。
それは、武具だった。
ひどく錆びつき、原型を留めていない剣。
ところどころが腐食して穴の空いた鎧。
へし折れた槍の穂先。
まるで、古代の戦場がまるごと腐って溶け出したかのような、おびただしい数の武具の残骸が、汚泥の中から次々と浮かび上がってきたのだ。
その全てが、どうしようもなく汚れていた。物理的な錆や泥だけでなく、それ以上に、長い年月をかけて蓄積されたであろう怨念や呪いのような、ドス黒い「淀み」をまとっている。
俺は、動けずにいた。
凍える体も、消えかけた命も忘れ、ただ目の前の光景に釘付けになっていた。
汚い。
汚い、汚い、汚い。
なんて、汚いんだ。
絶望に塗りつぶされていたはずの俺の心に、別の感情が、まるで小さな火種のように灯る。
俺の視線が、足元に転がる一つの残骸に吸い寄せられた。
泥と錆にまみれ、もはやただの鉄屑にしか見えない、一本の短剣。
だが、その汚れの奥に、ほんのわずかに残された、本来の輝きの残滓を、俺は見逃さなかった。
ああ、なんてことだ。
こんなにも、汚れてしまって。
綺麗に、してやりたい。
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