第32話
俺はこの数日、今までの曲に入れるヴァイオリンのパートをずっと考えていた。
打ち込みだがヴァイオリンの音色を使い、今の楽曲で他の音に邪魔にならず、ヴァイオリンが輝けるようなアレンジを。
PCを立ち上げて作曲ソフトを立ち上げる。
まずは今までの曲のアレンジをしないといけない。
新曲も作りたい、その場合、やっぱりヴァイオリンをメインに考えたいとは思う。
うーん、やることしかない。
だが圧倒的に経験が足りない、どういう曲にすればヴァイオリンの音が生きるのだろうか。
煮詰まってしまった俺は散歩でもしようかと、近所の公園に行くことにした。
……すると以前、天音とギターを弾き歌った時にいた少しマセた女の子、みうちゃんと神宮司さんがいた。
みうちゃんはヴァイオリンを手にしていた。うまくは弾けていない、なんとか曲にはなっているが、かなりたどたどしい。
「あのね、今度みんなの前で演奏するの。でもね、みう上手く弾けないの」
「みうちゃん、ヴァイオリン少しだけ借りてもいいかな?」
「うんっ」と、みうちゃんが言うと、神宮司さんがヴァイオリンを手に取る、そして心地よい音が鳴り響く。
「~~♪~♪」
「わあ……」
「みうちゃん、音楽はね、楽しんで弾くの。そうすればみんなもきっと楽しんでくれる」
神宮司さんがとても穏やかに、優しい声でみうちゃんに語り掛ける。
この子、こんな顔もできるんじゃないか。ヴァイオリンを弾いている姿が、なぜか昔コンサートホールで見た、あの時の女の子に重なった。
今の言葉は、まさしく俺が言おうと思っていた言葉だ。音楽は楽しんでやるもの、決して義務感なんかでやるものではない。
「みうね!上手くできるとお母さんが褒めてくれるの!」
「だからね、もっともっと練習するの!」
そっか、じゃあもっと頑張らないとね。
神宮司さんがヴァイオリンをみうちゃんに返し、優しくそう言うと、みうちゃんは元気よく「うんっ!」と元気に返事をした。
あ、なんか降りてきたかも……。
「神宮司さん!ちょっと俺の家にきて!はやく!急いで!」
このインスピレーションを忘れないうちにPCにたどり着きたい。
そう思った俺は、神宮司さんの手を取り走る、とにかく早く家に戻りたかった。
「え?天宮さんっ!?ちょ、ちょっと!いきなりどうしたんですか!」
「……私、男性の家に行くなんて初めてでっ!」
神宮司さんが何か言っているような気がしたが、俺の耳には届かない。
とにかく急げ、このイメージを音にするんだ!
はぁ、はぁ、神宮司さんは完全に息切れしている。
だが!そんな暇はない、俺はそのまま家に入ると、自分の部屋へと神宮司さんを連れて行った。
神宮司さんは完全に状況が理解できていない。
もう説明するよりも聴いてもらったほうがはやい。俺はPCの作曲ソフトを立ち上げて音を打ち込んでいく。
「ちょっとこれ聞いて!」
「ここにはどんな音が合うと思う!?」
「こんな感じに音があれば、すごくいい感じになると思うんだけど!」
「いや、あの、どういうことですか!?ちゃんと説明をしてくださいっ!」
俺はテンションが上がりすぎて、次から次へヴァイオリンの音を打ち込んでいく。
やばい、なんかわかったかもしれない。時に激しく、だが静かでとても優しく。
あのスタジオで弾いていた音と、さきほど公園で優しく弾いていた時の音。
神宮司さんが弾くヴァイオリンを想像すると、次々にアイディアが湧いてくる。
「こんな感じ!どうかな!?」
神宮司さんはえっ、えっ、といった感じだったが、少し落ち着いたようでPCから出る音楽に耳を傾ける。
「……ここはもっとロングトーンで響かせたほうが」
「ここは音を刻んで軽やかに……」
神宮司さんは、うーんと考えながら自分のイメージを俺に伝える。
そのイメージに合わせて、俺は音を打ち込んでいく。
そのあともどんどんと作業は進む。
どれほどの時間が経ったのだろうか。
その時間は、とても、とても楽しかった。これが自由、これが音楽。
一旦、やりたいことはやり切った、これはいい曲になる。そう思って……。
俺は、ふっと今の状況に気づいてしまった。……ここ、俺の部屋じゃないか!
自慢じゃないが、この部屋に入ったことのある女の子は灯火だけだ。
そう思うと一気に緊張してくる。
「ご、ごめん!いきなり俺の家になんて連れてきて本当にごめん!」
「……ふふっ、今頃気づいたんですか?」
「私、男性の部屋に入るなんて初めてですよ」
「私の初めてを奪った責任、どうとってくれるんでしょうか?」
神宮司さんが意地悪な顔している。だめだ!その言い方は誤解を生む!
とりあえず、この場にバンドメンバーがいなくて良かった。
みんなが知ったら、完全にネタにされるだろう。やってしまった……、と思ったのだが。
「……決められた譜面を辿るのではなく、誰かと共に新しい音を作り出す」
「とても楽しかったです、……ありがとう」
神宮司さんは優しい言葉で俺に感謝の意を口にする。
「ただいまー」
そんな時間まで作業していたのか!?日和さんが仕事から帰ってくる。
やばい!この状況をどう弁解すればいいんだ!?
「お邪魔しております」
神宮司さんが丁寧に日和さんに挨拶をする。
すると、日和さんがびっくりした様子で、「いらっしゃいませ?」と口にした。
「ユキっ!これはどういうこと!?……いやユキも高校生だし、お姉ちゃんが口出しすることじゃないと思うけど!」
日和さん、落ち着いてくれ、これにはマリアナ海溝?よりも深い事情があるんだ。
そう思いながら、俺は弁解する。
「あのっ!こちら神宮司さん!今度俺のバンドでヴァイオリンやってくれることになった新メンバー!」
「初めまして、神宮司沙耶と申します。本日は天宮さんに無理やり連れてこられてしまいまして……」
ハンカチで涙を拭うフリをして、およよといった感じでそう口にする。
その瞬間、空気が凍り付いた。
「ユキ……。お姉ちゃんの育て方がダメだったのかなぁ」
「責任はちゃんととりましょう。……神宮司さん、私のことはお義母さんと呼んでください」
そんなやりとりもあったのだが、諸々の説明をして、なんとか日和さんはようやく分かってくれたようだった。
まあいきなり自分の家に知らない女の子が家にいたら、そりゃあびっくりするだろう。
決してやましいことはない、しかし無理やり連れてきたのも事実だ。
あれ?これ完全に俺が悪いやつだ。反省しよう……。
「はいはい、分かりましたー。じゃあそれで、曲のアレンジしてたわけね」
「それはともかく!もう遅い時間なんだから、神宮司さんを家までちゃんと送ってあげなさい!」
そして、俺の家を後にして神宮司さんの家の方角へ向かう。
何か話そうかと思うのだが、言葉が出てこない。神宮司さんも隣で静かに歩いていた。
「……今日はありがとうございました」
神宮司さんがそう口にする。
「いや、俺のほうこそ申し訳ない。完全におかしくなってたみたいだ」
「おとなしそうに見えて、意外と強引なのですね」
そう言って笑った。俺は気恥ずかしくてなって、話題を変える。
今日アレンジしたものはUSBに入っている。
神宮司さんにはこのアレンジで俺たちの曲を弾いてほしい。
「これ、今日アレンジした曲が入ってる」
「……俺たちと一緒に演奏してほしい」
「ふふっ、なんだかプロポーズされているかのようですね」
「……不束者ではありますが、ぜひともご一緒させてください」
その後、俺は恥ずかしくなってしまい、どこかふわふわとした気持ちで家に帰った。
家に帰った俺は、何気なく動画を見ていたのだが、その途中である動画が目にとまった。
ヴァイオリンがバンドの中で完全に調和している。
さらにはギターとヴァイオリンが交互に弾き、お互いのソロをぶつけあう映像が映しだされていた。
その瞬間、俺は新曲のインスピレーションが湧き上がってきた。
これ、いけるかもしれない!やばい、これかっこいいぞ、天音と神宮司さんが弾いている姿を想像する。
テンションがどんどん上がっていく。
……気が付くと、外は明るくなっていた。
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