第一章:運命の再会と騒音

高校に入学して、もうすぐ一ヶ月が経とうとしていた。

新しい制服の硬い感触にもようやく慣れ、昇降口で自分の下駄箱を探してウロウロすることもない。


平凡で退屈で、だけどそれなりに満足している日々。



「あ、〇〇くん、おはよう」


教室のドアを開けると、一番に声をかけてくれたのは“咲良”だった。

中学三年間、ずっと同じクラスにはなれなかったけど、なぜかお互いを意識していた。

それが高校でまさかの同じクラス。

運命とか言うと大袈裟だけど、ちょっとだけ浮かれていたのは事実だ。



「おはよ、咲良。早いな」


「そうかな?〇〇くんこそ、今日はギリギリじゃなかったね」


「まあ、たまにはな」


俺は自分の席にカバンを置きながら、当たり障りのない会話を交わす。

咲良は真面目だ。

制服もきっちり着こなしていて、黒髪はいつも綺麗に整えられている。

彼女の周りにはいつも穏やかな空気が流れていた。



中学の頃から、なんとなく「良い感じ」ではあったと思う。

でも、俺も咲良も奥手というか、その一歩を踏み出す勇気がなくて、結局「友達以上、恋人未満」なんていう古臭い言葉がぴったりな関係のまま、今に至る。


「昨日のテレビ見た?結構面白かったよ」


「あ、ごめん、見てないや。昨日、委員会の方の資料作ってて……」


「そっか。相変わらず真面目だな、咲良は」


他愛のない話。

この焦れったいけど心地良い距離感が俺は嫌いじゃなかった。

このまま、ゆっくりと関係が進んでいけばいい。

高校生活って、きっとこういうことの繰り返しなんだろう。



そう思っていた。

この日、俺の平凡な日常がけたたましいサイレンと共に終わりを告げるまでは。



~~~



放課後。


咲良と次の委員会の打ち合わせについて話しながら、昇降口へ向かっていた。


「じゃあ、金曜日の放課後で大丈夫そうかな?」


「ああ、問題ない。資料、俺も手伝うよ」


「本当?助かる!」


咲良がふわりと笑った時だった。




「だーーーーりんっ!!発見っす〜〜!!」




鼓膜を突き破るような、やけにハイテンションな声が昇降口全体に響き渡った。

俺と咲良だけじゃない。

周りにいた生徒たちが全員、何事かと声のした方を振り返る。



そこに立っていたのは一人の女子生徒だった。

明るい茶髪をやけに高い位置で二つ結びにしている。

校則ギリギリというか、たぶんアウトな短さのスカート。

少し着崩した制服の胸元にはガチャガチャした派手なキーホルダーがジャラジャラとぶら下がっている。


タレ目気味の大きな瞳が獲物を見つけたハンターみたいに真っ直ぐに俺を捉えていた。



正直、誰だか分からなかった。

うちの高校に、あんな目立つやつがいたか?


俺と咲良が呆気に取られて固まっていると、その女子生徒は満面の笑みで、一直線に俺に向かって走ってきた。


「おっそいっすよ〜!ダーリン!めいあ、ずっと待ってたんすから!」


「は……?」


ドンッ、という衝撃。

小柄な体が一切の躊躇なく俺の胸に飛び込んできた。

柔らかい感触と、甘ったるいシャンプーの匂いが鼻を突く。


「え、あ、ちょっ……」


「も〜!やっと会えたっす!高校合格したって聞いたから、絶対同じ高校だって信じてたんすよ〜!」


「あの、人違いじゃ……」


俺の胸に顔をグリグリと押し付けながら、彼女は顔を上げた。

太陽みたいな、底抜けに明るい笑顔。

その顔を至近距離で見て、俺の記憶の奥底が鈍い音を立ててこじ開けられた。



跳ねた毛先。

愛嬌のあるタレ目。

……そうだ、こいつは。



「もしかして……めいあ……?」


小学生の頃、一時期だけ同じ町内に住んでいた、あの。

確か……親の都合ですぐに引っ越してしまった、幼馴染の。


「そうっすよ!ダーリンの奥さん、めいあっす!」


「いや、奥さんって……」


「うわ〜!ダーリン、全然変わってないっすね!背だけ伸びて!

 あ、でも、昔の約束、ちゃんと覚えててくれたんすね!?」


「約束……?」


何のことだか、さっぱり思い出せない。

それよりも、腕に絡みつくこの状況と「ダーリン」という破壊力抜群の呼称を

周囲の生徒たちが好奇の目で見ていることの方が重要だった。



「あ、あの……〇〇くん、知り合い……?」


隣で固まっていた咲良が戸惑ったように小声で聞いてくる。


「あ、ああ、いや、昔の幼馴染で……」


「なになに〜?ダーリン、この物分かりの良さそうな子、だれっすか?」


めいあは俺の腕に抱きついたまま、品定めするように咲良を上から下まで眺めた。


「えっと……クラスメイトの咲良」


「ふ〜ん?咲良さんっすか!よろしくっす!私はめいあ!ダーリンの奥さんっす!」


何の悪意もなさそうに、めいあはニカッと笑った。

咲良の顔が明らかに引き攣っている。



これが俺と「奥さん」を名乗る彼女との最悪としか言いようのない再会だった。

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