第2話 怪物


 開戦の声を合図に地面が揺れだし、空からは翼竜が、入り口の反対側にあった門からは巨大な亀のような怪物が現れた。


「なに、あれ?」

「きゃぁぁ! こっち来る!!」


 生徒たちの悲鳴なんて気にも留めず、翼竜は火炎を吹きかけ、巨大亀は私の百倍以上もの巨体で皆を押し潰してくる。

 まともに攻撃を受けた生徒達がバタリバタリと次々に倒れていく。


 幸い入り口付近の壁寄りにいた私たちは初撃を免れたけれど、翼竜の嘴が私たちのいる方へと向けられた。


「グワアァァァ」


 轟く咆哮と迫り来る火炎に抗うすべもなく、私とラビジェルは頭に腕を当て、ぎゅっと目を瞑ってしゃがみ込んだ。


 ――が、暫く経っても体感温度は上がらず、それどころかすっと下がっていった。

 何があったのかと恐る恐る顔を上げると、迫っていた炎は跡形もなく消えており、代わりに少年がひとり翼竜と対峙していた。


「え?」


 後から顔を上げたラビジェルも、その異様な光景に目を疑う。見れば、周りの生徒達も同じように呆然と立ち尽くして少年を見つめていた。


 黄金の翼骨に青い翼膜が張られた翼を背に生やし、少年は突き出した右手を翼竜に向ける。


「イースルーサークル――閃光!」


 その呪文で彼の右手の前に現れた青光りする魔法陣から、紫がかった小さな光が無数に出現し、翼竜に向かって飛んでいく。

 避けられないと判断した翼竜が吹いた火焔を突き破り、小さな光は翼竜の身体を深く抉る。


 噴き出した血を浴びないよう、私たちその他の生徒は端の方へと移動した。


「ジェル、あれは何?」


「分からないけど、攻撃された生徒もいるから演出ではないと思う!」


「えー!? せっかく新しいワンピースなのにー!」


「それより今は――」


 もう一体の怪物、巨大亀のいた所を見ると、数人の生徒が様々な魔法で攻撃を仕掛けていた。


 その頭上、闘技場に作られていたボックス席に、ふと人影が過る。


「大人がいる」


「え? ジェルどうかした?」


「これ、テストとかかも」


 私とラビジェルは手を取り合って巨大亀の地響きで倒れそうになるのを防ぐ。


 よく見てみると、亀だと思っていた怪物の口からは長い舌が出ており、蛇ののように蠢く尾が生えていた。


 ――ここに現れた怪物達はおそらく、『化物』の誰かが“怪物化”した姿。


 入学初日で怪物による急な襲撃があったとして、大人が対処しないだなんてことがあるはずない。

 これは教員達による、恐らく実戦を模した階級分け試験だろう。


「ラビちゃん、逃げるだけじゃだめだ! 私たちも戦わないと」


「えーっ!?」


 文句を言いながらも、私が駆け出した方とは別の方向へとラビジェルは駆け出す。


 攻撃魔法に長けた妹に対し、私は攻撃魔法を撃てないから。


 私の向かう先にいたのは、初撃の火炎を食らって倒れた生徒たちの元だった。

 それぞれに負った火傷や焼けた髪、苦しむ表情が痛々しかった。


「大丈夫ですか! 意識はありますか!?」


 真っ先に、近くにいた右腕を大火傷していた少女へ駆け寄り声を掛ける。

 小さいが返事が聞こえた。まだ助かると、私は彼女の手を取った。


「ヒーリング――吹雪!」


 淡く光る水色の光玉が、その熱と痛みを吸収するよう少女の火傷を包み込む。

 ドロドロだった傷はみるみる癒され、赤み程度までに治まった。

 痛みが和らぎ気が抜けたのか、少女はそのまま意識を失う。


 少女を背負い壁際まで連れて行こうとするも、ヒトが身動きが取れないくらいぎゅうぎゅうに押し寄せており、少女を寝かせる隙間などなかった。

 目を覚ましてくれないかと肩を揺すってみたけど、意識は戻りそうにない。

 仕方なくその場に横たわらせ、次の怪我人の元へと向かった。





 エンジェルが救助活動をしている間、ラビジェルは翼竜の元で魔法陣の少年達と共闘していた。


 少年の邪魔にならないようにラビジェルが放ったハート型の魔法弾が、その可愛らしい見た目からは想像もつかないほどの威力で翼竜の身体を抉る。


 その痛みでラビジェルの存在に気づいた翼竜は、その大口を開けて彼女に向けた。


 翼竜の炎に対抗する術がない彼女が大慌てで魔法陣の少年の方へと逃げると、少年は閃光で炎をかき消し、貫通したそれは翼竜に更なるダメージを与える。


 そこから新たに魔法陣を発現させ、翼竜に追い打ちをかけると、翼竜はヒトの姿になって地に降りた。


 火炎や数々の攻撃魔法が飛び交う空中戦が終わっても、ラビジェルのふわふわとした天使の翼は最後まで焦げずにいた。

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私の星と、炎の星。 雫 のん @b592va

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