私の星と、炎の星。

雫 のん

第1話 戦争のあとに


 『化物』との戦争が絶えず混乱する世界はある時、光に包まれた。


 絶望する『人間』達を立ち直らせたのは、『化物』と同じような特異能力を扱う『人間』、つまり『魔法使い』の存在であった。

 迫害されて百年以上の少数民族だったはずの彼らはたちまち宇宙の頂点に君臨し、対『化物』戦争の本部として新たに帝星「光ノ星」を建てる。

 結果『化物』の個体数は激減し、たった一つの小さな星を残して全滅した。


 そんな小さな星に、私は生まれた。





 光ノ星による第三次侵略が落ち着くと、十歳になったばかりの私はようやく学校に通えるようになった。

 戦争に駆り出されていた教員達が帰ってきたのと、都市にある学校が狙われる心配がなくなったからだ。


 このときのために買った水色のワンピースが、私の背中をぴんと伸ばしてくれる。

 決して安くはないけれど、入学を迎える娘のためにと養母が買ってくれたそれは、白い大きなリボンが上品に胸元を飾るお気に入り。


 零歳の頃第一次侵略で父を亡くし、四歳の頃第二次侵略で実母を亡くした私は今叔母家族と共に暮らしている。

 支度を終えて向かった玄関の外では、妹となった同い年の従姉妹が足踏みをして待っていた。


「ジェルー! 早くー!」


 エンジェルの名前を省略して“ジェル”と呼ぶ妹、ラビジェルが着ているのは、私と色違いの桃色のワンピース。

 何とも愛らしい顔立ちの妹は、私には可愛すぎる洋服を可憐に着こなしている。うさ耳に淡い薄桃色のロングヘアも相まって、彼女はこの春の天使のようだった。


「もうちょっと待ってー!」


 四角いスクールバッグを背負い、ラビジェルとお揃いのベージュのブーツを履いて、私は妹と一緒に学校へ向かった。








 校門を潜ると、ラビジェルが一足先に校舎へ駆け出した。

 慌てて追いかける私はラビジェルよりも足が遅い。追いつく頃には、彼女は下駄箱付近で固まっていた。

 何をしているのかと思えば、彼女はそこに張り出された案内用紙を見つめていた。


「これさー、なんて読むの?」


「勉強サボるからそうなるんだよ……。“八歳以上の生徒は校舎裏の闘技場へ、七歳以下の生徒は北側の体育館へ”って書いてある」


 ほうけ気味に聞いてきたラビジェルを白い目で見てから私はそう答えた。

 戦争中、家庭学習を強いられた私たちには勉強用のテキストが配布されており、それを使って養母から言語を教わっていた。もっとも、面倒くさがりな妹は逃げたり寝たりとよく怒られていたが。


「ほぇ~。じゃあラビ達はどっちなの?」


「……」


「なんで黙るの!」


 ポコポコと腕を殴ってくるラビジェルを軽くあしらい、「ほら行くよ」と闘技場の方へと向かう。


 ずっと夢見ていた憧れの学び舎は、なんだか冷たく私たちを見下ろしていた。







 着いた先にあったのは見たことのないくらい大きな建物だった。

 ほぼ直方体の校舎と違って平べったい円柱のそれは、外からは見えないようにと背の高い木々に囲まれており、風の吹く音が妙に気味悪かった。


 どこから入るのかとうろうろしていると、生徒であろう人達が皆同じところに向かっていたので、そこに着いていった。

 彼らはプリントのような物を持っていたため、そこに地図でも書いてあるのだろう。


「ジェルー、なんでラビ達はあの紙持ってないの?」


「知らないよ。あれの存在だって今知ったのに……。ラビちゃんは見覚えないの?」


「えー?」


 前を歩く生徒が持っている紙を遠目で盗み見て、ラビジェルはハッとして鞄をあさり出した。

 その奥のほうから出てきたのは、くちゃっとした地図だった。


「これかぁ!」


 嬉しそうに取り出した紙を広げ、ラビジェルはそれを私に見せてきた。


「あのさぁ……。と言うか、なんでラビちゃんがそれ持ってるの? そういうのはだいたい私が預かるのに」


「前にポストに入ってて、学校がどうのって書いてあって、当日忘れたらいけないなーと思って入れといたの!」


「胸を張るようなことじゃないよ」


 えっへんと誇らしげにするラビジェルから紙を貰い、示された入口――皆が向かう方へと歩いていった。


 到着すると、重そうな金属の扉が開かれていた。そっと手を触れた扉は冷たく、中は薄暗くてあまり様子が分からなかった。

 生徒たちの笑い声や話し声が、そんな空間と対比してやけにあかるく感じられる。




 そこから三十分ほど経ち、くしゃくしゃの紙の裏に書かれていた“始め”の時間となった。


 屋根が重たく二つに分かれ、そこからパッと光が差し込んだ。


 誰かの息を呑む音が聞こえる。直後、誰かの声がした。


「――――開戦!!」

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