「マネージャー」

ナカメグミ

「マネージャー」

 今年も色とりどりだ。1つを手に取る。日曜始まりだ。私は世代が古い。月曜始まりがいい。隣りのものを手に取る。

 平日の書店内1階にある文房具用品の売り場。本の次に好きなものは文房具だ。

鉛筆、消しゴム。ボールペン、蛍光ペン。ノート、日記帳。すべて私がコントロールできる、幼いころから慣れ親しんだ品々が並ぶ。

 唯一嫌いなものは家計簿だ。母がため息をつきながら、つけていた。その横で、スーパーのポイントシールを台紙に貼っていた。当時は切手のように、水で濡らして貼るものだった。

 美しいスケジュール帳を手に取る。1ヶ月見開きと1週間見開きの両方があるものが、使い勝手がいい。スマホのカバーが黒だから、その上に置くのなら赤の表紙。

 B6判サイズのスケジュール帳1冊と、書き心地が滑らかでいいと、文房具好きのタレントが紹介していた黒のボールペン1本。2つを手にレジに並ぶ。

   

       *  *  *

 

 木目のテーブルにスケジュール帳を置く。赤で正解だ。気分が華やぐ。裏の方の個人情報のページを深く開く。ボールペンで名前を書く。滑らかで滲まない。住所、電話番号と書き進めながら、自分に言い聞かせる。

 私は主婦ではない。この家のマネージャー。この家族のマネージメントを担うマネージャーだ。適切に柔軟に、スケジュールの管理を。

 大好きなお笑いをよく見る。裏舞台を紹介するドキュメンタリーも好きだ。売れっ子を誕生させる裏には、敏腕なマネージャーがいる。タレントと一心同体で日々、動く。売れるための戦略を練る。その先を読む。考える。

 彼または彼女たちと一緒だと、自分に言い聞かせる。タレントではなく、家族が相手なだけ。言い聞かせる。


 ぼんやり、思う。会社に勤めていた昔、会社名が入った小さな手帳が支給されていた。今は経費節減、スマホやパソコンでカレンダー機能を共有する時代だ。支給されていない企業の方が多いだろう。今、振り返れば、小さいけれど重かった。


 子どもの学校行事表を見ながら、あらかたの予定を書き終えたころ。洗濯機からメロディーが聞こえた。洗濯物を取り出して干す。子どもが成長するごとに、ずしりと重さを増す濡れた衣類。

 ちがう部分も重くなった。自分の二の腕だ。子どもが幼かったころ、抱き上げる二の腕は筋肉質だった。今そこは、面積が広がって脂肪がたるむ。腕を上げると重い。

 自嘲しながら、ハンガーにかけていく。


        *  *  *


 この数年で、スケジュール帳を開く頻度は格段に減った。

家族の予定が、私の知らないものに覆われていく。


 子どもが小学生だったころ。同じクラスの3人の子どもの母親は、4色ボールペンで、子ども3人の予定を色別に書き分けていた。そこまではできない。1ヶ月の見開きページの1日を、横に線を引いて上下段に分けて、子どもの予定を書き分けた。

 学校行事、音楽教室、プール。行く。付き添う。見守る。連れて帰る。子どもの予定が自分の予定だった。次はより効率良く動けるように。子どもが短時間で成果を上げられるように。スケジュール帳はともに考えてくれる相棒だった。


        *  *  *


 家でぼんやりとする時間が増えた。子どもたちは学校で長時間の授業を受け、部活動をする。1週間に数回、塾に行く。休日は友人と、買い物や映画や食事。

 タレントがいなければ、マネージャーの仕事はない。スケジュール帳は新品同様だ。昔は頻繁に出し入れして書き込んでいたから、リュックの中でたちまち、ぼろぼろになった。

 手帳の上にスマホを置く。赤と黒の対比は美しい。けれど哀しい。

そういえば、「赤と黒」というタイトルの小説を学生時代に読んだ。スタンダール。もう1度、あのころを思い出して読んでみようか。思考に沈む前に動く。


        *  *  *


 習慣にしているストレッチをする。自宅がある山は坂が多い。バスで移動する。アキレス腱を切ったり捻挫をしたら、自由が狭まる。二の腕のために、腕立て伏せを加える。時間は効率的に。自分が正しいと思うことをする。

 昔、「DO THE RIGHT THING」という映画を見た。スパイク・リーが監督。映画も、タイトルの響きも好きだった。また「昔」だ。昔がたりは見苦しいのに。


      *  *  * 


 テーブルの隅に置く卓上カレンダー。100均で買った、猫のイラストのもの。

家族それぞれが予定を書き込み、共有する。

 12月。「忘年会」という文字が増え始めた。昔、働いていた若いころ。忘年会の幹事をした。部署全体では和風居酒屋。女性だけの会は、女性上司の趣味でワインの店。男性上司、女性上司ともに言っていた。「幹事ができて一人前」と。おそらく今、そのような考えはなくなっただろう。また、昔。


      *  *  *


 12月中旬の金曜日の夜。忘年会の最盛期だ。家族は全員、忘年会に出かけた。 

 今日は私も忘年会にする。地元銘柄のビールのロング缶を、冷蔵庫から出す。冷えた飲み口をティッシュペーパーで拭く。直接口をつける。食器の洗いものは少ない方がいい。

 絹ごしの冷奴にチューブ生姜を添える。丸いモッツァレラチーズも買った。オリーブ油を少し垂らして軽く塩を振る。最近知った食べ方。子どものころは、三角形のチーズが円形に並んだプロセスチーズをよく食べた。どちらが幸せだったか。


 忘年会の参加メンバー。黒のソファに並んでいる。大型のセントバーナード犬。小型の柴犬。キジトラ柄の猫。サバトラ柄の猫。いずれもぬいぐるみ。今年私が1番、長い時間を過ごした相棒たちだ。

 オープンキッチンで夕飯の支度をするとき。テレビの前でぼんやりするとき。ストレッチをするとき。いつもそばにいてくれた。

 背中をなでていく。柔らかく温かい。冬にふさわしい。

言葉を発しない。黒い目はなんの感情も持たない。1番の相棒たち。


     *  *  *


 先週、バスに乗ってある店に立ち寄った。そこで作ってもらった。複数の合鍵。

かたちは、今住む自宅の鍵と限りなく似ている。でもそれで開くのは、母が住む実家のドア。今ごろ外で飲んでいる家族の鍵を、すべてすり替えておいた。私はこの家のマネージャー。今日は私の忘年会。忘年会の中断は避けたい。


 この家は山の中。12月の今、降る雪は細かく冷たい。山の木々が鳴っている。

風は強い。

 今晩は忘年会の最盛期。タクシーは、酔客が繁華街で奪い合っているだろう。

スマホでだれかがタクシーを呼んでも、この山の中にすぐに来る可能性はない。

 

 玄関ドアの鍵と、かんぬきをかけた。インターホンの電源を切った。

ブラインドを上げる。部屋の電気を消す。窓の外の白い吹雪を眺める。冷え込んできた。暖房の設定温度を上げる。ビールを飲む。ぬいぐるみたちをひざに抱く。

 私の忘年会が終わるまで、動くつもりはない。

(了)



  




    





 


 







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「マネージャー」 ナカメグミ @megu1113

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