不安を打ち消すために
工事が異様な早さで進むのを見て、直時はさらに幾つかの提案を行い、結局のところ当初の予定を上回る城ができあがった。
まず、虎口の前に土塁を盛って虎口の防御を固めた。
斜面には、竪堀を穿ち、切岸を設けた。
城の後背に伸びる尾根は平らに削り、曲輪をふたつ追加した。
その尾根には深さ二
さらに、要所に敵の横合いから射撃するための
最終的に麓の死角に出撃用の出入口である
直時は屋敷の一部屋の一角で考え込んでいた。直時の安全のためにしつらえられた一角で、ネコやネズミ、ヘビなどの小動物が入り込まないようになっている。
「城の改修は終わった。でもまだいくつか不安がある……。勝重さんと秀隆さんに相談してみるか。いや、秀隆さんはまだ警戒を解いていないみたいだから、勝重さんに相談してみるか」
直時はほどなく勝重を発見した。
「和装のエルフやドワーフにもようやく慣れてきたな。あ……」
勝重は秀隆と何やら相談していた。妙に深刻な顔だ。
「大事な相談かな。秀隆さんもいるし、今はやめておこうか……。いや、二人そろっていれば話は早いし、時間は一分でも惜しい。行こう!」
直時はふたりに近づいて行った。
「あの、秀隆さん、勝重さん……」
「おう! 直時殿、何かご用で?」
「……」
勝重は気さくだが、秀隆はまだ仏頂面のまま疑惑の視線を向けて来る。直時は萎縮する自分を奮い起こして話を始めた。話をして、問題を解決しないと不安は解消されないのだ。
「城の改修は終わりましたが、その、まだ不安がいくつかありまして……」
「直時殿は慎重な御仁のようでござるな。して、どんなことでござる?」
「その……、ぼくたちは卯月家が後詰めに来てくれるという前提でいます。でも、状況が変わったと聞きました。卯月家は軍勢を起こして、鬼の軍勢と合戦に及ぶと」
「おう、その通りでござる。今朝、城に卯月家のお使者が参られましてな。そのように伝えてきたでござる」
「……大変失礼な物言いですが、卯月家は勝てますか……? 後詰には来てくださいますか?」
勝重はからからと大笑して直時をなだめた。
「卯月家は武蔵と相模を治める大大名ですぞ。兵力は十分揃えられるでござる! しかも、その兵は精強、将は経験豊富な戦上手の武者ばかりでござる! ご案じめさるな!」
秀隆は別のことを考えたようだった。この小さな、宙に浮かぶ人は城について優れた知見を持っていた。もしかしたら、戦にも役に立つことを言い出すかも知れぬ。
「勝重の言う通り、卯月の兵が精強なのは間違いありませぬ。されど……」
「されど?」
「おい、秀隆! 客人を不安にさせるでない」
「実は、いまも勝重とそのことについて話をしていたところなのです」
「秀隆!」
「ああ、かか、勝重さん。構いません。この城の改修に一枚噛んだ以上、客人でいるつもりはありません。当事者のひとりとしてお話を聞きたいのです」
勝重は直時がはっきりとものを言ったのを初めて聞いたと思った。
「……仕方ないでござるな。その通り。秀隆とその話をしていたところでござる」
「ただ、卯月家が来られないとなったとしてどうするか、うまい考えが浮かばないのです」
「そうでしたか……」
秀隆は直時が何か言いだすのを待つつもりだったが、勝重が話題を変えてしまった。
「ところで、直時殿。さきほど不安がいくつかあると申さなかったでござるか?」
「はい。不安のひとつは
「調略……。つまり、城内に内通者をつくることでござるな」
勝重の言葉に直時は頷いた。
「ぼくの世の歴史ではどんなに難攻不落を誇った堅城であれ、調略であっさりと落城したということがよくあったそうです。ただ、今回の相手は小鬼や吸血鬼です。鬼の調略に人が乗るということはあり得ますか?」
秀隆は勝重をちらりと見てから答えた。
「あり得ないでしょう。人間の誰も吸血鬼の誘いになど乗りますまい。小鬼などは問題にもなりませぬ」
「なるほど。では、いますでに敵に人間が加わっている可能性はあるでしょうか?」
秀隆は即答した。
「それもあり得ますまい。確かに吸血鬼と交わりを持つ者もおりますが、それは例外中の例外です。仮に鬼の軍勢に加勢していたとて、極めて少数でございましょう。問題ではありませぬ」
「なるほど。では、こちらから鬼に調略を仕掛けるのも無理そうですね」
「無理でしょう。小鬼や大鬼には仁義や信義という道理も、同情や哀れみという感情もありませぬ。そもそも、奴らを味方に引き入れるなど、人間である我々が堪えられませぬ」
直時は秀隆の言葉に吸血鬼が入っていないことに気付いた。
「吸血鬼には通じるのですか? 吸血鬼は知恵も働く種族と聞いていますが」
「吸血鬼に……でござるか……」
珍しく勝重の歯切れが悪い。やはり吸血鬼のこととなると口にするのも忌々しそうだ。
「これがもうひとつの不安です。もし、鬼に駆け引きや話し合いが通じるとなれば、戦の幕引きの仕方が変わりかねません」
「幕引きの仕方?」
秀隆は訝しんだ。
「ええ。鬼との和睦が成立するかも知れないということです」
「鬼と和睦!?」
秀隆は直時の発言に驚きと嫌悪感を抱いた。鬼と和睦などと考えただけでもおぞましい。
「そ、そのようなこと! 断固反対でござるぞ!」
勝重の大音声に直時は縮み上がった。
「す、すみません! そんなつもりではありませんでした。すみません……」
「お、おお。直時殿。こちらこそまた大声を出してしまって申し訳ござらぬ」
「勝重、お前のその大声は何とかならぬのか」
「この大声は生まれつきだ。何ともならぬわ」
秀隆は嘆息しつつ直時に視線を向けた。
「それで直時殿。どのようなおつもりだったのでしょう。お聞かせください」
「え、ええ。いまぼくたちは、もし卯月家が来られなくなったら、という話をしています。勝って和睦を結ぶならいいのです。問題はこちらが負けて、こちらから和睦の話し合いを申し出るかも知れないということです」
秀隆は合点がいったようだ。顔を青くしている。
「直時殿の仰りたいことがようやくわかりました。なるほど、それはなんとしても避けねば」
「どういうことだ、秀隆。それがしにはわからんぞ。どこの誰が鬼に和睦など申し出るのだ」
直時は悲痛な面持ちで言った。
「スズメ様が申し出るのです。私の命と引き換えに城兵と領民は助命してほしいと」
「な! なんと!?」
「あり得ない話ではないでしょう。あの方なら言い出しかねません」
「確かに我が殿ならばそう言うでしょう。そういうお方です」
秀隆はまったく自分の迂闊ぶりを呪った。直時に指摘されるまで、その恐れについて思い至ることも無かったのだ。しかし、これは致し方ないことだ。鬼と和睦など、異界の者でもない限り思いつくことではないのだ。
勝重は取り乱した。
「な、直時殿! どうすればいいのでござるか! なにか手だてはないのでござるか!」
「落ち着いてください。勝重さん。そうならないために、最後にやっておきたいことがあります。お二人の口添えがあれば話が運びやすい。協力してください」
秀隆は少しだけこの宙に浮く小さな青年の評価を変えた。問題を指摘するばかりか、どうやら解決策まで用意しているらしい。
「では直時殿。その最後にやっておきたいこととやらをお聞かせください」
直時は秀隆と勝重に説明を始めた。
それを聞き終えた秀隆と勝重はお互い頷き合って、直時とともにスズメのもとへ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます