こちらの日の本

 スズメたちは直時の存在を極秘とすることにしていた。


 直時はすでに戦で重要な役割を果たしてみせている。先日の戦での一番手柄と言っても過言ではない。今後の戦でも彼の協力が不可欠なのは間違いなかった。


 直時の存在が敵に知られれば、直時は狙われるだろう。それはスズメたちにとって手痛い損失になる。絶対に避けなくてはならない。


 加えて、スズメとしては心情的に、異界の住人である直時がこの世界で自分たちのために命を落とすなどということがあっては、なんとも寝覚めが悪いのだ。


 直時を危険に晒したくない一方で、彼を利用せざるを得ないという己の立場をスズメは苦々しく思っていた。せめて、彼の不安を和らげてやらねば。だから、彼の望むことはできるだけ便宜を図ってやろうとスズメは考えていた。


 一方、直時は知りたいことが山ほどあった。

 あの光の円を広げるために、些細なことでも情報がほしいのだ。情報が集まれば直時にできることも増えてくる。そうすればあの光の円は大きくなってくれる。


「はずだ。たぶん……」


 自信はなかったが、とにかく、情報はほしかった。不安を晴らす目的もある。


 最も手っ取り早いのは、誰かから教えてもらうという方法だ。しかし、引っ込み思案な直時にはなかなかそれが難しかった。勝重たちは城の修改築や戦支度で駆けずり回っており、声を掛けるだけでもなかなか難しかった。


 そんな具合に逡巡しているとスズメの溌剌とした声が響くのだった。


「直時! おるか?」


「は、はい。ここに」


「おう、少し時間が空いたゆえな。何か聞きたいことなどはないか?」


「で、では教えてください!」


 たったこれだけのやりとりでも直時は安堵した。異界の地に放り込まれ、異形の姿にされ、異質な能力を身につけさせられた彼に声をかけてくれる人がいる。なんと心強いことであろう。


 そんなわけでここ数日の間、直時はスズメからこの世界について様々なことを教わることができた。


***


「こちらの日の本の都はどこなのですか?」


「ここじゃ。瑞穂みずほという街がある」


 スズメが地図で示したのは京都の位置だった。


「瑞穂……ですか。そのような名前ではありませんが、ぼくの世でもここが長らく都でした」


「でした、ということは遷都をしたのか。直時の世の都はどこじゃ?」


「武蔵です。ですが、その呼び方は改められて、東京という名の街になりました」


「ほう、そうか。ああ、こちらの地図がその武蔵じゃ」


 スズメはもう一枚の地図を広げた。


竜起たつきはここじゃ」


 地図の北端に『竜起』と書き込まれていた。竜起は直時が思っていたよりも広いようだ。都府の実華みはなはそれより南、武蔵国のほぼ中央にあった。


 しかし、地図には江戸とか川越といった、直時の知る街の名はひとつも記載されていなかった。


 直時はここまでわかったことを整理した。


「ええと、ひとつ、こちらの日の本では旧国名が使用されている。ふたつ、ぼくの知る街は存在せず、代わりに未知の街が発展している」


 「それにしても、旧国名が使用されていながら、ぼくの知る街がひとつもないとはどういうことなんだ」


 「推測でしかないけど、ぼくの世で旧国名を制定したのは八世紀の朝廷だった。たぶん、こちらの世もそうなのだろう。どちらも人の意志が介在している。地方に自然発生した街の名は、発生したままにされたんだろう。そう思っておくしかないな……」


***


 直時はまたある日にはこのような質問した。


「いま日の本を治めているのはどなたなのでしょうか」


「う、うーむむ……」


 スズメは考え込んでしまった。そんなに難しい問いだっただろうか。


「いや、こちらの日の本には、まつりごとを取り仕切っておられるお方と政にはあまり関わらぬが、神代の昔より代々この国を治めておられるお方がおわすのじゃ」


「それはもしかして、幕府の将軍と都のみかどということでしょうか」


「おう、その通りじゃ。よくわかったのう」


「実は、ぼくの世でもそのような状態が長く続いた、と言うより、今も続いていますので……。政を実際に取り仕切る者と日の本を象徴する帝がおわします」


「ほう。そなたの世でもそうであるのか。興味深いのう」


「ええ、実に興味深いです。ふたつの日の本はどこか似通っていますね。なぜかはわかりませんが……」


「まあ、鬼などという化け物がこちらにはいるがな」


「そうですね……。ところで、幕府の将軍はどちらにおられるのですか」


「瑞穂の都の里園さとぞのという所で政を取り仕切っておられる。木戸家の当主であるお方が代々将軍を務めておる」


 直時は心持ち声をひそめた。


「それで、実権は帝と幕府の将軍、どちらが握っているのですか?」


 スズメも身を乗り出して声をひそめた。


「将軍様じゃ。帝はこう申しては不敬かも知れぬが、政には関わらせてもらえぬ。しかし、帝は代々この日の本をあまねく照らしてきたお方。将軍様もないがしろにはできぬのじゃ」


「ぼくの世でも政は徐々に帝の手を離れ、幕府が行うようになっていきました。ひどいときには幕府が独自に帝を奉じて、日の本に帝が2人おわすということもあったといいます」


「ほう、そのようなことがのう」


「この日の本では各地で大名同士が領地をめぐって争っていると聞きました。帝や将軍様はこれを抑えないのですか?」


「抑えたくともそのような力は帝にも将軍様にもなかろうな」


「それはなぜですか」


「そうじゃな。瑞穂の偉い方々が政を顧みずに、我欲ばかりを追い求めたからであろう。領地を巡って争いが起き、後継者を巡って争いが起きた。何年も続いたその戦のせいで田畠は荒れ、人々は流民となった。流民がまた別の村を襲い、さらに流民が生まれる。人がいなくては作物は育たぬ。都も村々も田畠も荒れ放題というわけじゃ」


 直時は沈痛な顔をするスズメを気の毒に思いながらも、一方で興味を引かれた。


「朝廷も幕府も相次ぐ戦や一揆などの社会不安に対処しきれていない。その一方、地方では卯月家のような実力者が成長しつつある」


「これはぼくの世界でも起こったことだ。そして、その実力者たちはいつしか独自の法や税制を確立し、日の本は分裂状態になっていく。つまり、戦国時代の到来だ」


 「こちらの世はこれからどうなるのだろう。戦国の時代を迎えるのか。それとも、鬼との戦いが大規模化して、全く違う歴史を歩むのだろうか」


「いずれにせよ、明るい未来とは言い難いな。願わくば、より穏やかな歴史をこの世界が辿ればよいのだけど」


 直時はスズメを見ながらそう強く願った。


***


 こうしたことを直時はスズメや多喜たちに教えられながら、数日を過ごした。


 こちらの世について、少しでも多くを学ばねばと直時は考えていた。いつまでも、「異界の者だから」と甘えていては愛想を尽かされるかも知れないからだ。


 不思議なことに「郷に入っては郷に従え」という諺がこちらの世にもあるという。直時は懸命に郷に入ろうとしていた。

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