竜起城の戦い①

 応元十三年九月十八日。


 竜起たつき山は鬼の軍勢に包囲された。数はおよそ三〇〇〇匹、大鬼も数匹加わっている。敵は前回の攻囲より二倍もの数を揃えてきたことになる。


 一方、藤崎勢は義政の兵とスズメの兵を合わせて三〇〇人ほど。さらに、城周辺の領民およそ一〇〇〇人が城内に避難してきていた。


 麓を埋め尽くす鬼の大軍勢をやぐらからスズメと勝重が見渡していた。

 二人とも鎧を纏っている。スズメは白糸縅しらいとおどしの鎧に銀覆輪ぎんぷくりんの太刀を佩き、腰に軍配を挿している。


 勝重は黄金色の鍬形を立てた兜に黒糸威の鎧を着込み、腰には太刀、背に大鉞おおまさかりを背負っていた。


「ようもあれだけ集めてきたものじゃな。勝重、あれでひとつの部族だと思うか?」 


「そうではござりますまい。いくつかの部族の集まりでござろう。しかし、それをまとめる総大将がいるはずでござる」


「吸血鬼……かのう」


「恐らくはそうでござろう」


「吸血鬼となると、先の戦のように総大将狙いは難しくなるな。吸血鬼は用心深い上に不死の存在じゃ。一筋縄ではいくまい」


「直時殿に調べをお願いしてみればいかがでござる?」


「こちらが頼むまでもなく、もう敵陣の様子を見に行ってしもうたわ。危険じゃというたのに……」


「なんと。あの御仁、気弱なのか大胆なのか、よくわからぬところがござるな」


***


 直時は竜起山を取り巻く包囲網を上昇限界高度の地表約二十五けん(約50メートル)の上空から、ぐるりと一回りしてみた。


「鬼は五つの部族を集めてきたらしい。それぞれ本陣を置いて軍勢を展開させている」


「とはいえ、陣形を組んでいるなどというわけでもなさそうだ。小集団が散らばっているだけのように見える。それもそうか、鬼もこんなに大規模で組織的な戦は初めてなはずだ。これぐらいがせいぜいだろう」


「でも、鬼にはそれを問題にしない圧倒的な兵力がある。いったいどうなるか……。ん? あの丘にも小鬼がいるな。陣幕も張られてる。総本陣かな」


 直時は丘の背後に回り込み、慎重に、慎重に近づいていった。もし吸血鬼がいるなら、彼らは勘がよく、用心深いと言う。念を入れるべきだった。


 空中に静止していると目立つので、樹木の枝葉に隠れて直時は陣幕の内側を覗き込んだ。


「軍議の最中みたいだ。大きな小鬼が五匹。部族長だろう。それから、鎧武者が二人いる」

 

 二人の鎧武者は床几に腰掛けていた。二人とも鍬形を立てた兜をかぶり、鎧を纏っている。ただ、その鎧姿がいかにも野性的なのは、鎧の各所に縫い付けられた毛皮によるのだろう。


 そして、その顔を見て直時は心臓を鷲掴みにされたような心地がした。顔立ちこそ人間だが、その肌の色は青く、時折、口の端から牙が覗いている。そしてその声だ。


「これより総攻めをかける。各部族は所定の場所より城を目指せ。ひたすらに押し寄せるのだ。後退や、ましてや逃走などその場で斬って捨てる。覚悟はよいな」


 直時はこの底冷えのする声が以前、聞いた声であるとわかった。やはりこの二人は吸血鬼だ。小鬼たちに命令しているところを見ると、この吸血鬼のどちらかが総大将なのだろう。直時の掌に汗が滲む。


「城を攻め落とせばあとはお主らの好きにせよ。奪おうが殺そうがお主らのほしいままぞ」


「オオウ!」


 五匹の大柄な小鬼は嗜虐的で下品な笑い声を上げながら総本陣から出て行った。後に残されたのは二人の吸血鬼と直時だった。


 吸血鬼の一人は三〇歳代後半と思しき男で、重厚な体つきに、彫りの深いいかめめしい顔つきをしている。おそらくこちらが総大将だ。


 もう一人はだいぶ年若く、二〇歳代前半かと思われた。背が高く、いかにも剽悍という印象で、顔立ちにはやや幼さが残っている。


「下劣な小鬼どもめ。あの下卑た笑いを聞くと斬り捨てたくなってくる!」


 若い吸血鬼は卓を叩いて罵った。


「そう申すな。我ら吸血鬼、この限りなく不死に近い肉体をもってしても、人間の悪知恵と数には対抗できぬ。小鬼どもとの合力は不可欠だ」


 諌めているようであるが、不承不承というのがありありと見て取れる。どうやら、吸血鬼は吸血鬼で、小鬼や大鬼を蔑視しているらしい。蔑視する小鬼たちの力を借りてまで人間どもを打倒しようとしているのはなぜだろうか。


「わかっております。それもこれも、この日の本を吸血鬼のものとするため。こらえましょう」


「うむ。そうしてくれ。さて、我らも戦の準備だ」


「ははっ。では私は小鬼どもの戦を見届けに行って参ります」


 若い吸血鬼はそう言って総本陣から出て行った。

 残された壮年の吸血鬼は床几から立ち上がり、腕を組んで何事かを呟いている。


「……日の本を吸血鬼のものに、か。確かにあのお方であればそれも可能かも知れぬ。さすれば……」


 直時はその呟きを聞き取ろうと身を乗り出した。直時の掌が汗で滑り、枝葉が乾いた音をたてた。


「何者か!」


 吸血鬼の誰何は直時の全身を強ばらせるに十分だった。直時は呼吸を鎮めゆっくりと頭を下げた。心臓の鼓動をも鎮めたいところだがそうもいかない。それどころか、鼓動は大きく早まるばかりである。吸血鬼は直時のいる方角を注視している。


 そのとき、一羽の雀が隣の枝から飛び立った。


「雀か……」


 吸血鬼は小鬼を呼び寄せ、あれこれ指示をし始めた。直時はゆっくりと枝葉の中を後退し、安全になったと見るや、全速力で離脱した。

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