まっすぐな目

 直時について差し当たりの指針が決まったので、スズメは話題を変えた。


「それで、直時が昨夜見たという騎馬武者についてじゃが……。秀隆、多喜、調べの結果はいかがであった?」


 秀隆が応えた。


「はい。直時殿の仰る通り、たしかに馬の蹄の跡が残されておりました。くだんの騎馬武者は街道を北からやって来たようです。小鬼どもを操っていた者どもかもしれませぬ」


 多喜の言葉が続いた。


「片桐様とわたくしとで蹄の跡を追いましたが、小鬼どもに踏み荒らされており、追跡はそこで断念せざるを得ませんでした」


「そうか。されど、馬に乗り、人語を流暢に話す人ならぬ者となると、考えられるのはあの者どもだけじゃな」


 義政が顎に手を当てて唸った。


「うむ。あやつらがのう。ふむう、おかしな話だ。これはやはり何かが起こっているとみて間違いなかろう」


「がっははは! 殿、相手がなんであれ、この勝重。先陣を切って戦いますぞお!」


「勝重、うるさい」と、冷ややか言い放ったのは秀隆だった。今なおその視線は疑惑に満ちたまま直時を捉えている。

 直時はその視線から逃げた。


「あの、それで、あやつらというのは何者ですか。やはり人間ではないのですか」


 スズメはひとつため息をついた。


吸血鬼きゅうけつきじゃ」


「吸血鬼……バンパイア……ですか」


 直時ももう驚きはしなかったが、呆然とはさせられた。


「バンパイア? 直時の世では吸血鬼をバンパイアというのか。どのような鬼なのじゃ?」


「吸血鬼は日の本の鬼ではなく、外国の鬼です。人の血を吸い、不老不死の肉体を持っているという強い怪物です」


「ふーむ。我らの知る吸血鬼は人の血を吸うことは稀じゃ。普段は獣を狩って、その血を飲んでおるそうじゃからな」


「されど、不死というのは近いのう。わしらの世の吸血鬼も首を刎ねんと死なぬからな」


 スズメと義政の説明を聞いて直時は少々驚いた。


「えっ。では、本当に吸血鬼が戦を起こしたらどうするのです? 首を刎ねないと死なないような連中が、軍勢となって押し寄せて来たらどうなさるのですか?」


「吸血鬼が人間に弓を引くなどと! あのような者どもが、忌々しい!」


 勝重の突然の激昂に直時は動転した。


「す、すみません! おかしなことを言ってしまいました! すみません!」


「勝重! 客人を驚かせるでない!」


「ははっ! 申し訳ござらぬ、直時殿。お許しくだされ。驚かせるつもりはなかったでござる」


「い、いえ、こちらこそおかしなことを言ったようで、すみませんでした……」


 落ち着いてから直時は奇妙に思った。自分はそれほどおかしなことを言っただろうか。吸血鬼が軍勢となって押し寄せてくるという、可能性に言及しただけのように思うのだが……。


「で、でも、もうこれ以上、余計なことを言うのは止めておこう……」


 直時はそう考え、発言を控えることにした。


「殿。勝重の言う通り、吸血鬼が我らに楯突くなど、不埒極まりないことにございます。されど、このようなことになると、その恐れも否定できませぬ。これは念のため卯月うづき家にお報せしておくべきでは」


「そうじゃな。卯月家には私から書状を出しておく。どのみち、敵はまたやって来るようじゃ。援軍を請わねばならぬしな」


 義政はあごに手を当てた。


「うーむ……卯月家は動いてくれるかのう」


「殿、実華みはなにも小鬼どもが押し寄せているということも考えられますぞ」


「うむ、今のところそのような報せは来ておらぬが、卯月家や実華が襲われているとなるとどうしたものか……」


 スズメははっとして直時を見た。


「おう、すまぬな、直時。卯月家や実華と言うてもそなたはわからんじゃろう」


「あ、は、はい。よろしければ教えていただけませんか……」


卯月うづき家というのは我が藤崎家の主家での。この武蔵むさし※と南の相模さがみ※を治めている大名家のことじゃ。実華みはなというのは武蔵の都府で、ここから二日ほどの距離にある街のことじゃ」

 ※武蔵 埼玉県と東京都にほぼ相当する

 ※相模 神奈川県にほぼ相当する


「なるほど。ありがとうございます」


 直時は忸怩たる思いだった。

 知りたいことは知ることができたが、それが相手に気を使わせての結果だとは……。知りたいことがあれば堂々と訊ねれば良いのだ。しかし、また先ほどのように誰かを怒らせてしまうかも知れない……。直時は自己嫌悪するばかりだった。


 直時は軽く頭を振って、別のことを考えることにした。


「それにしても、さっきスズメ様は武蔵と相模という旧国名を口にされた。ということは、土佐とさ※や薩摩さつま※もあるのだろう。でも実華という街の名前は聞いたことがないな」

 ※土佐 高知県にほぼ相当する

 ※薩摩 鹿児島県にほぼ相当する


「もうひとつ。大名という言葉が出てきたということは、この藤崎家は国人こくじんにあたるのだろうか」


 国人というのは在地の小領主で、大名に仕える立場の人々のことだ。仕えると言っても、彼らの関係は江戸時代のように堅苦しい主従関係ではなかった。極めて現実的で奔放な関係だったという。


 その関係の仲立ちをするものは領地だった。


 国人にとって大名とは自分の領地を政治的、軍事的に安堵してくれる存在だった。

 引き換えに、国人は大名に収穫物を納め、軍事的役割を負担したという。

 卯月家と藤崎家もこのような関係なのだろう。


 スズメたちの話し合いは続いていた。

 

 そういえば、領地の防衛という重大な話し合いの場に自分のような新参者がいていいのだろうか。

 なんとなく居心地の悪さを感じていた直時に、スズメがふたたび声を掛けた。


「直時。そなた、なにか気づいたことはないか。異界の人間の目から見てなにかうまい手はないか」


「殿、直時殿は客人ですぞ。そのようなお方にこの場は似つかわしくありませぬ」


 と、暗に直時を閉め出そうとしたのは秀隆だった。


 直時は鼻白んでしまったが、秀隆の懸念は間違いではない。しかし、義政は鷹揚に手をひらひらさせて直時の考えを聞きたがった。


「まあ、よいではないか。秀隆。今は少しでも人手と知恵が欲しいところだ。実行するかしないかは我らで詮議するとして、聞いてみるぐらいはよかろう」


「は、大殿の仰せとあらば」


「うむ。それで赤城殿。なにか思うところはないかな?」


「と、言われましても、ぼくは戦の経験などありませんし、お役に立てるようなことは……」


 直時に五人の視線が注がれる。直時の拳には汗が滲んだ。ここにいたいならお前も何か考えろということだ。直時は改めて彼らの置かれた状況の厳しさを感じた。これは何か発言せねば……。


「あ、え、ええと……」


 直時はためらった。確かに思うところが無いわけではない。彼らの篭城戦を空から眺めていて、改善点はいくつか考えられたからだ。


 しかし、それを言って小馬鹿にされたり無能と断じられることは無いだろうか。直時の思考は負の方向へと螺旋を描いていく。


「直時、どうじゃ」


 直時はスズメがまっすぐにこちらを見ているのに気付いた。その目には信頼と期待の光があった。二日前に会ったばかりだというのに。しかも自分は異界の者だというのに、なぜこの女性はこんな視線を向けることができるのか。


 直時は肚を決めた。


「で、では……せんえちゅ、僭越ながらひとつ、感じたことを申し上げます……」


 思わず噛んでしまったが、そんなことに誰も構ってはいない。


「うむ! 言うて見よ」


 表情を明るくしたスズメに促されて直時は口を開いた。


「この城をもっと強固にする余地があるかと……思います……」


 直時は消え入りそうになりながらも、「続けよ」というスズメの声に押されてさらに発言を続けた。


「ぼくは戦いを空から見ていました。その時に感じたことなのですが……。例えば、登城道が直線になっています。これではたやすく敵に押し破られてしまうでしょう」


「ほう、どうすればよい?」


 スズメは興味を覚えたようだ。


「門の前に土塁を盛って門を隠すようにします。そうすれば敵の突進力を殺し、しかも敵はそれを回り込むために、側面をこちらに晒すことになります」


 直時は身振り手振りを交えて懸命に説明したがどうにも限界があった。


「埒があかぬな。皆、外に出て直時の話を聞いてみよう。直時! 参れ!」


 スズメは直時をひっ掴んで勢いよく立ち上がった。


「あっ! スズメ様っ! く、苦し!」


 直時の悲鳴を聞きながら、他の四人も立ち上がりスズメの後に続いた。

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