竜起《たつき》城改修案

 直時が過ごすことになった城は竜起城たつきじょうという。


 その竜起城は、二つの峰から成る竜起山の山頂部、およそ五〇けん(約100メートル)の高さにあった。


 山頂付近の木々は伐採されており、見通しはよい。先ほどまで直時たちが話をしていた屋敷が置かれているのが一の曲輪くるわで、前段には二の曲輪、さらにその前段に三の曲輪が設けられていた。


 曲輪とは城を構成する主な要素のひとつで、土塁や堀、柵などで囲まれた区画を指す。そこには屋敷や櫓が建てられ、戦ともなれば兵が詰めることになる。


 城の出入り口である虎口こぐちにはそれなりの門が設置されているが、ただそれだけだった。

 特に何の仕掛けもない原始的な虎口で、門を破られたが最後、敵は城内に乱入するだろう。


 後背は一段低い、もう一つの峰へ尾根が続いているのだが、ここにはV字の堀が切られていた。こうした、尾根を切断する堀を堀切ほりきりというのだが、ここの堀切は浅く、守りが固いとは言い難かった。

 

 虎口に六人はぞろぞろとやってきた。直時はなお委縮していたが、スズメはまっすぐに直時を見つめてくる。直時はとにかく自分の思うところを述べようと肚を決めた。


 直時はまず現状の問題点の指摘から始めた。


「ご覧の通り、この三の曲輪から虎口、そして麓までほぼ直線です。上り坂ではありますが、敵はまっしぐらに門を突きやぶって乱入してくるでしょう。大鬼に盾を持たせ、前面に押し立てるなどすれば、それほど難しくもなさそうです」


 直時は次に対策を打ち出した。


「ですので、まず門の前に土塁を盛ります。そうすれば、登城道は城の直前でぐるりと回り込むことになり、敵は側面をさらさざるを得なくなります」


 スズメたち五人はそれぞれに考え込んでいる。「不可能だ」との声は出てこなかった。

 

 直時たちはぞろぞろと連れ立って移動した。


「次にあの斜面です。傾斜が緩やかなので、斜面を削って切岸きりぎしにするのはいかがでしょうか。斜面を削って崖を作るのです。その際、わざと一部を緩い傾斜のままにして、敵を城兵の正面に誘導するのです」


 さらに直時たちは移動した。


「次にここですが。この斜面は広いので、敵がびっしりと張り付いていました。そこで、上から下に向かって堀を何列か穿ちます。つまり、竪堀たてぼりです。そうすれば、敵は横の移動を制限されます。兵を分散させずにもっと集中して配置することが可能になります」

 

 六人はぐるりと城を見て回り、最後に城の後背にたどり着いた。

「尾根に堀が切ってありますが、少々浅いようですので、深く掘り直すか、もうひとつ追加してはいかがでしょう」


 直時は少しためらってから大胆なことを言い出した。


「そしてできれば。できればですが、この一の曲輪のある峰からあの低い峰にかけて、尾根を削って平にしたいところです。そしてあの低い峰にも曲輪を置くのはいかがでしょう。後背を守るために」


 正直なところ、直時はここまでの工事が可能だとは思わなかったが、思うところは全て言った。あとは彼らで実行するかどうか詮議にかけるはずだ。 


「直時の案、いかように思われますか」


 スズメの問いかけに義政がまず賛意を示した。


「わしは良いと思う。なかなかえげつないことを考えつくのう」


 秀隆も賛意を示した。直時を見る目は変わらず不審者を見る目であったが……。

 勝重は直時の話を聞いただけで戦意を昂らせている。


「それがしも賛成でござる! そのような城であれば小鬼の一〇〇〇や二〇〇〇、はねのけることができるでござろう!」


 それらの意見を得て、スズメは決断した。


「よし、ならば後は実行あるのみじゃ。次の襲来までに、最低でも虎口の改修と堀切の拡大は終わらせておくのじゃ。さっそく取り掛かれ。頼むぞ」


「ははっ!」


***


 秀隆と勝重はスズメの前から走り去った。義政と多喜も屋敷に戻り、この場には直時とスズメだけが残された。


 直時は自分の提案が全面的に、しかも、あっという間に採用され、実行されることになって正直なところ冷や汗をかいていた。この改修がうまく機能せずに落城ということにでもなれば、責任は直時にもある。直時でなくとも重すぎる荷だ。彼の拳はこれ以上無いぐらいに堅く握りしめられていた。


 直時の不安を察したのか、スズメが近づいてきた。


「直時よ。見事な改修案であった。感謝するぞ」


「スズメ様、あ、あ、あのように簡単に決めてしまって、その、大丈夫なのですか」


「時間は一刻でも惜しいからのう」


「しかし、それにしても、こんな新参で素人の考えを即決してしまうのは……」


 スズメは快活に笑った。


「直時よ。そなたが不安になるのもわかるが。我らはそなたの提案が優れていたと感じたから賛意を示したのだし、実行を決めたのは私じゃ。そなたが気を揉むことはない」


「う……は、はい」


「それにしても、叔父上も申しておったが、なかなかいやらしい城になりそうじゃな。そなたはそなたの世で城の縄張りをしたことがあるのか?」


 直時は慌てた。


「いいえ、とんでもない! ぼくは城跡を歩いたり縄張図なわばりずを見るのが好きなだけです」


「城の跡を歩く? 不思議なことを申すのう」


 ここに至って、直時は自分が異界の者であるということは明かしたが、この時代の人間でもないことは明かしていないことを思い出した。


「いえ、ぼくは……まず、ぼくは異界の地から来たというだけではありません。恐らくですが、この時代から六〇〇年ほども先の時代から来たのです」


「どういうことじゃ?」


「ぼく自身もよくわかりません。ただ、確かなのは、ぼくの世ではこのような城はひとつも残っていないということです。城は土に埋もれてしまい、樹木で覆われていました。ぼくはそんな城の跡を見て歩いたり、調べたりするのが好きだというだけなのです」


 スズメは今ひとつ理解できなかったようであるが、城が存在しないということは理解できたようだ。驚いて直時に問う。


「なんと、そなたの世では城がないと申すか。それでどうやって戦をするのじゃ?」


「もう世のあり方が全く異なります。ぼくの世の日の本では、日の本の中で戦をするようなことはまずありません。ですから、城は必要ないのです。そのようなものが必要とすれば、外国との戦のときぐらいでしょうが、それも滅多にあることではありません」


「つまり、そなたの世の日の本は、内でも外でも戦をしておらぬと申すか」


「少なくとも、ぼくとぼくの両親の世代は戦をしたことがありません」


「なんとのう。信じられぬ。私たちの日の本は乱れておるうえ、鬼どもとの戦いまで始まろうとしているというのにのう……」


 スズメは城下を見渡しながら、羨望の声を漏らした。直時はただ、黙っているしかできなかった。

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