スズメを取り巻く人々
翌日、直時は屋敷の奥の間で五対の視線に晒されていた。
直時を見つめているのは
男たちは
どちらも直時の世では、時代もののドラマやイベントでしか見ることのない装束だ。
勝重がくりくりとした大きな目をさらに大きくして、ふわふわと宙に浮く直時を見つめながら口を開いた。
「昨夜の夜討ちがあんなにもうまくいったのは、この……
殿とは、むろんスズメのことだ。
「そうじゃ。この直時が叔父上と我らの連絡役を務めてくれたのじゃ。直時、自己紹介をせよ」
「は、はい。あの、赤城直時といいます。その、なんと言いますか、どこから来たの
かはわかるのですが……どうやってここに来たのかはわかりません。いずれ故郷に帰るつもりではいますが、その方法がわかるまでは、スズメ様のお計らいで、この屋敷でお世話になることになりました。え、ええと、よろしくお願いします……」
注目されるのが苦手な彼は緊張し切っていた。今も拳が堅く握りしめられている。
「直時にはもうしばらくの間、この屋敷に留まってもらうことになっておる。まだ鬼どもが襲ってくるやも知れぬからな」
「なるほど。直時殿がいてくださるのなら戦が有利に運びますな! がっははは!」
勝重が上機嫌に笑うと、義政が直時の方を向いた。
「赤城殿、昨日は世話になったな。改めて、
義政は歳の頃は四〇歳台半ばで、種族は平人だった。
風格漂う武士に見えるが、その実、そうでもないことを直時は知っていた。今も異形の直時を目の当たりにして、動揺どころか好奇心に満ちた視線を注いで来ている。
「それにしても、赤城殿のような人を見るのは初めてだ。聞いたこともない。赤城殿は一体どのような世から参られたのだ? なぜ小さくなってしまったのだ? 飛ぶというのはどのようなものであろうかのう」
「え、ええと……」
スズメが苦笑いで叔父をたしなめた。
「叔父上、その話はまた後ほど。直時、叔父上は私の父の弟にあたるお方でな。父と母が相次いで亡くなった後、しばらく私の後見をしてくださったのじゃ」
「うむ。我が兄上はそれは立派な武者であり領主であった。スズメははその兄上の子じゃ。わしなどが領主に収まるよりよほど良いと思ってな。家督を継ぐのは固辞して、後見ということに落ち着いたのだ」
「なるほど、そのようなことが」
直時が差し障りのない答えをすると、勝重が白い目で義政を見た。
「大殿はただ楽をしたかっただけでござろう」
「まあ、それもあるがな。はっはは」
年少であり家臣である勝重の軽口にも鷹揚に応えるところを見ても、スズメの言う通り、あまり堅苦しい人物ではなさそうだ。直時は少し安心した。
次に直時の方を向いたのは魅人の秀隆だった。烏帽子をかぶっているので長い耳が余計に目立つ。肌は瑞々しく透き通り、涼やかな両眼は若草色だった。
「お初にお目にかかります。赤城様。
秀隆の口上はあっさりと終わってしまった。それより直時に気がかりなのは、彼がさきほどからこちらに疑惑に満ちた視線を刺してくることである。慎重な性格なのかも知れない。
直時は慌てて返礼した。
「あ、はい、こちらこそよろしくお願いします。あの、できれば、赤城様はやめていただけないでしょうか。そんな大それた人物ではありませんし……」
「では、なんと呼びいたしましょう」
「直時で結構です」
「では、今後は直時殿とお呼びいたします。拙者のことも秀隆とお呼びください」
「はい。ありがとうございます」
硬人の勝重がぐいと前にのめり出た。
「それがし、
豪快な
「勝重、声を抑えよ。直時が縮み上がっておる」
スズメが苦笑いでたしなめなければ、ずっとこの大音声を聞かされていたかもしれない。
「これは失礼。改めて、郷田勝重でござる。それがしのことも勝重と呼んでくだされ。この秀隆ともども、代々藤崎家にお仕えしてござる!」
勝重は胸をそらせた。
顔立ちは武骨だが目は大きく可愛らしい。頭髪と髭は明るい小豆色で、肌は赤褐色だった。
屈託のない表情に先ほどの大音声、そして、たくましく隆々とした筋骨である。豪放磊落を画に描いたような人物だと直時は感じた。
「直時殿、以後、よろしく頼むでござる。がっははは!」
「では最後に、この
「多喜と申します。以後、お見知りおきを」
「あ、はい。よろしくお願いします……」
直時は言葉に詰まってしまった。素っ気ないと感じていた秀隆よりもさらに素っ気がない。スズメが苦笑いで補足してくれた。
「この多喜に限らず、巨人は寡黙な者が多くてな。少々取っ付きにくかろうが仲良くしてやってくれ」
「そうなのですか。わかりました」
肌は鮮やかな緑色で、黒い頭髪は巻き髪だった。袖口からのぞく筋肉は引き締まっており、顔立ちは鋭い。スズメとはまた違う美しさだ。
忠実で実直、そのような印象を直時は彼女から受けた。
「直時よ。いい機会じゃ。何か尋ねたいことがあれば何でも尋ねるがよい」
「あ、ありがとうございます。では、お言葉に甘えてお尋ねします。この辺りに坂や橋はありませんか? それもどこかとの境界にあたるような……」
古来、坂や橋というのは
直時の場合、あの転げ落ちた坂道がふたつの世界を繋ぐ境だったのではないか。それに類するものがこちらの世界にもあるのではないかと直時は考えたのだ。
全員思い当たる節があるようだ。スズメは一同に確認するように言った。
「坂……のう。あそこはどうじゃ。
「なるほど。確かに坂になっておりますな」
直時以外の全員が頷いた。
「滝があるのですか」
「うむ。
「その滝に行ってみたいのですが、よろしいですか」
滝も信仰の対象として古来から崇められてきた。そのような神域に行けば何かあるかも知れない。直時は藁にもすがる気持ちだった。
「構わぬぞ。多喜、直時の供をしてやってくれ」
「承知致しました」
「ありがとうございます。スズメ様。多喜さん、よろしくお願いします」
「次の行動の指針が見つかって何よりじゃ。あとは本当に手がかりが見つかればよいのじゃがな」
直時はスズメが本心からそう言っていると感じた。
「なんという人だろう。どこから来たのかもわからない異形のぼくに、どうしてこんなに優しくしてくださるのか。こちらも何か恩返しができるといいのだけど……」
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