第2話 初めまして、で求婚されました
青年が急いで悲鳴が聞こえた場所に駆け付けると、ちょうど野盗たちが商人の荷馬車を襲っている所だった。
野盗はザッと数えて、五人ほど。馬車に乗っていた商人の男性と十代後半と思われる少女、御者の男が人質として捕まっていた。
積まれていた荷は野盗によって外へと運び出された後のようで、荷台には何も残されていなかった。今は人質に他に金目の物が無いかを確認しているようだ。
彼らを救う為、青年は勢い良く野盗たちの前へと飛び出した。
「そこまでだ、野盗ども!」
野盗たちに向けて声を挙げると、自分でもびっくりする位の大声が出た。よほど気合いが入っていたらしい。
大声を挙げる青年がよほど不快に感じたのか、野盗たちは手に持っている
武器は何の変哲もない片手剣、曲刀、片手斧などで特に珍しそうな武器は持っていなかった。
「なんだ、てめぇは。俺達の仕事にケチをつけやがってよぉ! 死にてぇか、このガキがっ!」
野盗の一人が手に持っている曲刀の切っ先を商人の喉元へと突き付け、威嚇するように青年へと声を荒げる。他の野盗の様子から察するに、曲刀の男が野盗たちのリーダーで間違いないようだ。
「ひぃぃ!? そ、そこの君ッ! 挑発は絶対にするな! 良いか、分かったな!?」
商人の男性の命乞いにも似た叫び声に青年は困惑の表情を浮かべる。野盗を追い払った後に商人の荷馬車で街まで乗せて行って貰おうと考えていた為、今、彼らの機嫌を損ねるわけには行かなかったからだ。
「でもまぁ、命の危険が無いと分かれば許してくれるだろ」
青年は人質となっている三人の周囲に《結界》スキルを覆うように発動させる。その瞬間、透明な膜のような結界が彼らを包み込んだ。
「な、なんだこれは……くそ、人質が殺れねぇ! どうなってやがる!?」
異変を察知した野盗のリーダーが商人の首を切り落とそうと曲刀を薙いだ。だが、振るわれた曲刀による攻撃は見えない障壁に阻まれ、鈍い音を立てて弾かれる。
そこでようやく異変を理解した他の野盗たちが動き出し、少女と御者の男へ襲い掛かる。だがしかし、結果はリーダーの男の時と同じ。彼らの攻撃は見えない障壁に阻まれ、人質どころか、結界に傷跡すら付ける事が出来なかった。
「てめぇ、何をした!?」
「バカだなぁ、教える訳がないだろ。そんな事よりさ、いい加減に降参したら? 投降するなら今回は見逃してやっても良いけど?」
「てめぇ、誰に向かって……ざけんな、クソがぁぁぁ!」
青年の言葉にこめかみに血管を浮かせて真っ先に動いたのは、曲刀の男ではなく、その両脇にいる二人だった。彼らは片手斧とメイスを構え、猪が如く、青年に向かって突進する。いや、もしかしたら闘牛の方だったかも知れない。
「やれやれ、困ったな」
野盗たちのステータスや所持スキルは《鑑定》スキルによって既に確認済み。総合的に見て、青年が負ける事は万が一にもあり得ない。それ程の実力差が両者の間にはあった。
青年は《肉体強化》で強化された身体能力を使い、突進してくる男たちの無防備な腹部を軽く蹴り飛ばした。
その拍子に、二人が持っていた片手斧とメイスが上空へと放り出される。
「なんだ、思ったよりも安物の武器っぽいな。これじゃあ、メイン武器としては厳しそうだ」
そのまま地面に落ちた武器を拾い上げると、素人目にも分かる、粗雑な作りの武器に青年の口から思わずため息が漏れる。
ちなみに、野盗たちは商人の荷馬車へと激突して気絶していた。
「えっと、まだやる? どうしてもって言うなら、付き合うけど……?」
「……てめぇら、仲間を回収して撤収するぞ!」
激昂に駆られて向かって来ると思いきや、曲刀の男は思ったよりも冷静な様子だった。男は残った残った手下に気を失った二人を担がせ、こちらを睨み付けた後、そのまま足早に去って行った。
あの曲刀の男、ただの野盗だと思っていたが、なかなかに侮れない相手である。
「大丈夫ですか?」
野盗がいなくなったのを確認してから皆に近づき、結界を解除する。
次の瞬間、商人の男が飛び付きそうな勢いで青年の手を両手で固く握り締め、ぶんぶんと上下に振って喜びを露にする。
「君のお陰で皆、誰一人として傷を負わずに済んだ! これは奇跡だ、有り難う! 本当に有り難う!」
男は感激のあまり、目尻に涙を浮かべていた。その光景に不思議とその場に感動的なムードが漂い始め、彼の後ろに立つ少女と御者の男も、感極まった様子で青年に称賛の視線を向けていた。
青年は一人、取り残されたような疎外感を感じた。
「私に出来る事なら何でも言ってくれ! 必ず、君の力になると約束しよう!」
商人の言葉に青年は目を強く輝かせた。それこそが危険を犯してまで手に入れたかった、青年の願いだったからだ。
「じゃあ、近くの街まで馬車に乗せてください」
「……そんな事で良いのか?」
「えぇ、それで充分です」
その返事がよほど気に入ったのか、男は熱くなった目蓋を押さえた。そしてオホン、と小さく咳き込んだ後、穏やかな表情を青年へと向ける。
「君、名前は?」
「俺は
「ふむ、聞いた事のない不思議な響きだ。だが、とても良い名前だ。失礼、挨拶が遅れて申し訳ない。私の名は、エランド・ギルバート。これから向かう王都で『ギルバート商会』と言う小さな商会の会頭を務めている者だ」
自らの簡単な自己紹介を済ませると、彼は自身の後ろでずっと青年を見ている少女へと視線を向ける。
少女はエランドの視線に小さく頷き、青年の目の前で膝上の長さの赤いプリーツスカートの両端を指で摘み上げ、優雅に挨拶をした。
「エランド・ギルバートの娘、リリア・ギルバートと申します。この度は私達を助けて下さり、感謝を申し上げます。そして突然の非礼を承知でお尋ねします。ユウト様、奥様などはいらっしゃるのでしょうか?」
「お、奥様!? いないよ、そんなの!」
突然の事に動揺して取り乱したユウトの言葉と態度に、エランドとリリアが互いに顔を見合わせ、示し合わせたように小さく頷く。
「では、ユウト様の女性の好みを聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「え、何で……?」
「もしご迷惑でなければ、ユウト様の妻の座を狙わせて頂こうかと思いまして」
「ほ、本気か!?」
彼女はニッコリと笑みを浮かべ、ユウトの手を優しく握る。男のゴツゴツした手とは違う、女の子の柔らかな手だった。
それに彼女は容姿も優れていた。
ツーサイドアップのコーラルピンクの髪と瞳の中に映る透き通った空の色。
前世を含めた悠翔の今までの人生で出会った女性の中で、リリアは一番の美少女だった。
彼女のような美少女から求婚された時点で、喜ばない男は世界のどこにもいないだろう。だがしかし、ユウトの場合は色々と複雑な思いもあった。
彼女の詳しい年齢はわからないが、明らかに少女とユウトは年齢が離れているように見える。両者の年齢差を考えると、ユウトはどうにも素直に喜べなかった。
「互いの事を知る時間は必要ですし、勿論ですが、すぐにとは言いません。ユウト様は王都に到着した後、どうされるおつもりですか?」
「そうだな……」
異世界転生した時点で、元の世界に帰れる可能性がゼロなのは自分でも分かっている。
社畜として生きる事に必死だった、誇れる事が何ひとつとしてない人生を送ってきた元の世界と違い、ここは異世界だ。
なら、ここは楽しむべきだ。ユウトは自身の中でそう完結した。
「しばらくは生活の基盤を整えると思うけど、その後は世界を旅したいって気持ちが強いかな」
ユウトはこの時、少女の求婚を『やんわりと断った』つもりだった。そしてこの時のユウトは夢にも思わなかった、この時の彼の選択が自身の今後を決める事になるとは。
女神に求婚し続けた結果、【空間転移】を含むチートスキルを山盛り渡されて異世界へと強制的に転生されられました。 葉月 @TakaraHoshi
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