女神に求婚し続けた結果、【空間転移】を含むチートスキルを山盛り渡されて異世界へと強制的に転生されられました。

葉月

第1話 結婚してよ、女神様!

「頼む、俺と結婚してくれ!」


 青年の声が天界に轟き、その声を聞き付けた獣たちが、ある女神とその青年を取り囲むように配置に付く。

 青年の顔は決して整ってるとは言えず、ましてや相手は女神である。それは、明らかな身分違いの恋だった。

 当然、青年の求婚を女神はやんわりと断った。人間と神が結ばれるなんて前代未聞な上、そもそも彼女に取って青年はタイプじゃなかった。


「良いですか、貴方は子供を助ける為に事故にあって死んだんです! その汚れなき魂に感銘を受け、私は貴方の異世界への転生を許可した。それは理解できますね?」

「あぁ、わかってる! でも、俺は転生なんて求めてない! 《女神》アルスル、貴方とここで一緒に暮らせればそれで良いんだ!」

「うぐっ、またそうやって……いい加減にしてください! 貴方の気持ちは嬉しいですが、女神と人間が結ばれる事は決してありません。もう、諦めてください!」


 美しいブロンドの髪に蒼の瞳。そして神族の象徴たる、背中に生えた純白の四枚の翼。

 彼女の名は《女神》アルスル。神々の中でも特に慈愛に満ち溢れ、転生を司る女神である。いや、と言うべきか──何度も繰り返されるプロポーズに辟易していた彼女はいつもと様子が違った。それもこれも、目の前の青年のせいである。


「だ、だいたい貴方には既に《契約使役》と《肉体強化》のスキルを与えました! その時点で貴方は異世界に転生する事を了承していたはずです!」

「スキルは返す! だから良いだろ!? 《女神》アルスル、俺はそれだけ君と一緒に居たいんだ!」

「そう言う訳にはいかないんですけど!? あー、わかりました! そんなに言うなら、こちらにも考えがあります!」


 次の瞬間、青年の身体が眩いほどの輝きを放つ。それは女神から新たな恩寵を授かった神々しさを含んだ、美しい光だった。


「貴方には、さらに《空間転移》のスキルを与えました。どうですか、これなら異世界に転生したくなったのではないですか?」

「いや、まったく」

「嘘……ですよね?」

「アルスル、俺は君のいない世界になんて興味ない。一目惚れなんだ、頼む!」

「わ、わかりました。これならどうですか!?」


 青年の身体が再び強い輝きを放つ。その光景に周囲の獣たちが一斉に《女神》アルスルへと視線を向ける。

 まるで、何かを言いたげな表情を浮かべて。


「《鑑定》のスキルです。我々には理解できませんが、貴方たち人間はこのスキルがお好きなんでしょう? これで異世界に転生してくれますね?」

「君が好きだ! 好きなんだ! 好きだぁぁぁ!」


「何で!?」


 彼女は戦慄した。

 本来、好意を向けられれば誰しも悪い気はしない。だがそれは、相手が程度を弁えている場合だ。行きすぎた好意はもはや狂気と同じ。事態を収束させる為に《女神》アルスルはついに奥の手を出すことにした。

 そして、青年の身体が三度目の輝きを放つ。新たなスキルの付与である。


「貴方に《結界》のスキルを授けました。攻撃にも、防御にも、捕獲にも使える万能スキルです! これで異世界に転生してくれますね?」

「あぁ、子供は三人は欲しいな」

「いやぁぁぁぁぁ!!」


 ついに限界を迎えて悲鳴を挙げた彼女は青年に向かって手を翳し、瞬間的に天界での大部分の記憶を消去した後にそのまま強制的に異世界へと青年を転生させた。

 記憶の消去は完全に予定外だった。

 もしかしたら、潜在意識の中で『自身に関する記憶を忘れさせたい』と思っていたからかも知れない。


「あっ!?」


 だがここで、彼女は自らの過ちに気づく。

 しかし、スキルを回収し忘れた事に気付いた時には、時すでに遅し。青年は既に異世界へと旅立った後だった。


「しまった、どうしよう……」


 こうして《肉体強化》《契約使役》《空間転移》《鑑定》《結界》と言う、五つのチート級のスキルを手に入れた規格外の化け物が異世界へと誕生した。



 ◆



 気を失った状態で女神に異世界へと強制的に転生させられた青年が目覚めたのは、落ち葉が積もる天然のベッドの上だった。

 草木の少し青臭い匂いが青年の鼻腔を刺激し、そよぐ風が彼の頬をそっと撫でる。


 死んで天界に行った事は、おぼろげに覚えている。

 だがしかし、女神の姿は靄が掛かったように曇り、大まかなやり取りも覚えていない。

 覚えている事と言ったら、天界で《女神》アルスルから多くのスキルを与えられた事くらい。

 なぜ大量にスキルを与えられたのかと言う理由については、女神の姿と同じく、頭に靄が掛かっていて思い出せなかった。


「まぁ、俺がきっと女神と上手く交渉したんだろう」


 前の世界では何の変哲もない会社員だったが、それでも家電量販店で店員に対して値切るのだけは得意だった。

 きっと今回もその時の要領で女神と上手く交渉したに違いない。そんな事を考えながら青年は起き上がって周囲を見渡した。

 辺りは木々に囲まれた森の中だった。


「《空間転移》は、無理か」


 手に入れたばかりのスキル名を頭に思い浮かべると、スキルの説明が脳裏に浮かんで来た。

 その効果を簡単に説明すると、与えられたチートスキルの一つである《空間転移》はその名の通り、空間を転移する能力だった。

 ただし、その範囲には制限がある。その制限とは、転移条件が一度行った事のある場所や視界の範囲内に限定されるという事だ。

 試しに森から脱出する為に試してみたが、転移は見事に失敗した。


「よし、今度は《鑑定》を使ってみよう!」


 気を取り直して別のスキル名を思い浮かべる。今度は思ったよりも説明がシンプルだった。視界に入った物や生物を鑑定し、視界に表示する事ができる、それだけだった。

 試しに目の前に生えている緑色の草を雑に引き抜き、能力を発動してみる。



『雑草』

 その辺に生えている草。



 視界に表示されたのはそれだけだった。だが、鑑定結果はどうだっていい。スキルが無事に発動出来るかが問題なのだ。


「よし、無事に《鑑定》は発動出来たな。ここに長居しても状況は良くならないし、まずは急いで森を出よう!」


 森には獣たちも存在するだろうし、チートスキルがあるとは言え、油断は禁物。

 今はまだ体力的に余裕があるからいいが、食料や襲われる危険性を考慮すると時間的猶予はあまり残されていないと見るべきだ。


「とは言え、闇雲に歩いても体力を消費するだけなんだよな。さぁ、どうするか」


 森の中に日は僅かに射し込んでいるが、空気は肌寒い。このまま夜になれば、さらに冷え込むだろう。このままだと、風邪を引く事は容易に想像できた。


「天然のベッドも悪くないけど、やっぱり温かい部屋で寝たいよなぁ」


 結局、限られた選択肢しかない青年が取った行動は『森の中をひたすら歩く』と言う、誰もが真っ先に思い付くような、ありきたりな行動だった。

 幸いな事に、女神が与えてくれた《肉体強化》のスキルの効果でどれだけ歩いても疲れをほとんど感じないのは、地味にありがたかった。


「やばい、日が翳ってきた」


 それからどれだけ歩いただろう。道中で今まで見た事もない異世界の獣たちに警戒心を強めながら見付からないように細心の注意を払い、青年は未だに森の中をアテもなく歩いていた。


 空気は先ほどよりもさらに冷たくなり、厚手のコートが覆っていない肌の部分をチクチクとした尖った痛みが襲う。

 コートを着ていなければ、完全に危険な状態だった。

 青年はコートを着た状態で死んだ前世の自分に心の中で称賛の声を挙げ、コートのポケットに手を突っ込んだ。


「うぅ、寒い……。何か、与えられたスキルの中で状況を打破できそうな物は──」


 青年が女神から貰ったスキルの内、常時発動型のパッシブスキルは《肉体強化》だ。残るスキルは《契約使役》《空間転移》《鑑定》《結界》の四つだが、先の三つは現在の状況では役に立ちそうにない。


「消去法で考えると、残ったのは《結界》のスキルだけ……か。でも、結界って防御系のスキルだろ? 本当に役立つか……?」


 自問自答しながら青年が《結界》の説明文に目を向ける。

 そして次の瞬間、青年の脳に電撃に似た衝撃が走る。それは女神さえも思い付かない、逆転の発想だった。


「これ、行けるんじゃないか!?」


 思い付いた名案に青年は浮き足だった気分で自身の周囲にスキルを発動。その瞬間、冷気は完全に遮断され、じんわりと温かい空気が結界内へと満たされる。


「思った通りだ! しかも《結界》を発動していれば獣に襲われる心配もないし、一石二鳥だろ!」


 確かに寒さへの対策や魔物から襲われる可能性は非常に低くなった。

 だがしかし、それでも青年を取り巻く環境が危機的状況なのは変わりない。青年はすぐに冷静さを取り戻し、再び静かに歩き出した。見つけた小川で乾いた喉を潤し、足場の悪い岩山を越え、なおも歩き続ける。


「や、やっと出れた」


 そして艱難辛苦の末に青年が森から脱出できたのは、日がすっかり茜色に染まっていた頃合いだった。


「でも、まだ危機は続いてるんだよな」


 空腹による体力低下や孤独感、自身がどこにいるかも分からない不安や焦燥感。

 さらには異世界で暮らす為の貨幣や身分証の発行など、青年が解決しなければならない問題はまだまだ山積みである。


「きゃぁぁぁ!」


 色々な問題に嫌気がさしそうになっていた青年だったが、そんな時、まるで誰かが謀ったかのようなタイミングで少女の悲鳴を挙げた。瞬間、青年はその悲鳴を挙げた少女に深く感謝した。


「来たぞ、きたきたきたぁぁぁ!」


 青年は待ってましたと言わんばかりに口の端に笑みを浮かべ、声のした方へと全速力で走り出した。

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