孤独の後遺症
ワタナベ ジュンイチ
孤独の後遺症
世界は、僕を必要としていない。
そう思った瞬間に
胸の奥で、ひっそりと何かが形になる。
闇の中で瞳孔を開き、息を殺して、低い姿勢で構える獣。
闇に溶け込むような黒いそいつと目が合うと、呼吸が浅くなる。
そして視界が狭くなり、喉が渇く。
世界は滔々と動き続けるのに、僕は止まってしまう。
置いていかれるけど、手は伸ばせない。黒いそいつがじっと狙っているから。
呼吸が浅くなる。手の中がじわりと湿る。
じっと目を見つめていないと、やられる。一気に。
世界が進んでも、僕はこいつのせいで進めない。
日を超えても、じっと、物音も声も殺して、すぐそこに。
夜、一人で歩く。
星の瞬きが滲む。鼻の奥がつんと刺す痛みと共に
そいつは来る。
心に鉤爪を立てて、牙をたてる。
息の根を止めるように首を振って、心を破ろうと必死にもがく。
痛い、痛いよ
胸の奥のへこみを、獣が抉る。
息が止まる。歩むことさえできない、胸を潰されるような痛みに、浅く呼吸を重ねる。
息が震えて、唇を噛み声を殺す。
けれど、獣は心を逃さない。
牙を深く深く突き立てて、抉る。
喉がひりつき、息が揺れる。
鼻の奥が刺さり、押し殺した声がにじむ。
ほおを伝うひとつの雫が、冷えて夜に溶ける。
歩くこともできないまま、胸を抑える。
荒い息を一度止めて、拳を硬く握り、胸の真ん中を叩く。
くそっ!くそっ!
心の奥に獣を押し込むように、何度も叩く。
心のへこみを埋めるように、拳をもっと硬めて、何度も。
やがて痛みは息を潜めて、静寂の中、僕の息の荒さに気がつく。
心のへこみは、まだ残っている。アイツは心の奥でじっとしている。
これでいい。これでいいんだ。
胸を優しく撫でて、鼓動と呼吸を整えて、へこみを埋めるように深く長く、深呼吸をする。
夜風が、痛みの予熱を静かにさらっていく。
星の瞬きが、喝采を送っているようで、ほんの少しだけ口元が溶けた。
〜了〜
孤独の後遺症 ワタナベ ジュンイチ @junichi082
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