ステージ14:聖域への道

【ステージ13の結末より】

(……今しか、ない!)

三つの勢力が、互いに互いを潰し合っている、その一瞬の「隙」。

玲は、この地獄の十字路から、唯一、敵がいない通路――カインの地図が示す、「那智の村」への、最後の「闇」へと、その身を投じた。

「……逃がすか!」

「……待て!」

「……コロス……!」

三つの、異なる殺意が、玲の背中に突き刺さる。

だが、玲は、もう振り返らない。

『月の芋』がくれた、最後の力。

渉と、父が遺してくれた、最後の「道」。

その全てを、信じて。

玲は、地獄の連戦(バトル・ラッシュ)の、最後のステージを、ただ、ひたすらに、駆け抜けていく。

「那智の村」という、まだ見ぬ「希望」の音が、その先に待っていると、信じて。

【移行:闇の疾走】

どれほどの時間、暗闇の中を走り続けたか。

玲の耳には、背後で再び激突したであろう、三つの勢力の戦闘音(銃声、爆発音、そしてエコーの空間が軋むようなノイズ)が、遠く、くぐもって響いていた。

だが、それも、カインの地図が示す、複雑な分岐路を幾度も折れ、古い昇降機を(手動で)乗り継ぎ、さらに地下深くへと潜るうちに、やがて、完全に途絶えた。

(……振り、切った……?)

玲は、足を止め、荒い呼吸を繰り返しながら、暗闇の中で「音」を探った。

黒龍の、研ぎ澄まされた「執念」の音も。

カラスの、歪んだ「支配欲」の音も。

そして、何よりも恐ろしかった、エコーの、絶対的な「無」の音も。

もう、聴こえない。

この、旧時代の地下鉄網の最深部は、「影」のネットワークからも、「虚構宮(グリッチ・ラビリンス)」の汚染からも、完全に切り離された「空白地帯」のようだった。

『月の芋』によって回復したはずの身体が、再び、鉛のような疲労感を訴え始める。

地獄のような連戦(バトル・ラッシュ)で酷使し続けた精神(クオリア)が、限界に近い悲鳴を上げていた。

(……でも、進まないと……)

カインの地図だけが、彼女の命綱だった。

やがて、玲は、その異変に気づいた。

(……空気、が……違う)

今までの、カビと埃と、死の匂いが混じり合った、澱んだ地下の空気ではない。

まるで、高山の頂で深呼吸したかのような、清浄で、澄み切った空気が、トンネルの奥から、微かに流れてきている。

そして、光。

闇に慣れた瞳が、トンネルの出口の先に、ぼんやりとした、青白い「光」を捉えた。

(……出口……!)

玲は、最後の力を振り絞り、その光に向かって、よろめきながら駆け出した。

【ステージ14:那智の村】

トンネルを抜けた先。

そこに広がっていたのは、玲の想像を、常識を、あまりにも超越した光景だった。

そこは、巨大な地下空洞だった。

ドーム状の天井には、まるで鍾乳石のように、巨大な「魂石」の結晶が、無数に突き出ている。その結晶群が、月光のように、淡く、そして荘厳な青白い光を放ち、この巨大な地下空間全体を、幻想的に照らし出していた。

そして、その光に照らされた、空洞の中央。

そこには、ありえないはずの「集落」が、静かに息づいていた。

古びた木造の寺院。

幾重にも連なる、赤い鳥居。

そして、その周囲には、自給自足の生活を営むのであろう、小さな畑や、水車小屋までが、完璧な調和(ハーモニー)をもって、存在していた。

「……ここが……『那智の村』……」

カインの地図が示した、終着点。

父と渉が、その「源流」として探していた場所。

玲は、張り詰めていた緊張の糸が、プツリと切れるのを感じた。

膝が、崩れる。

『月の芋』の力も、ついに尽きたのか、激しい疲労と、連戦で負った傷の痛みが、一斉にぶり返してくる。

(……やっと……たどり、着いた……)

玲は、その場に倒れ込み、集落へと這いずるように進もうとした。

その、瞬間。

「――そこまで」

鋭く、しかし、ステュクスや黒龍とは、まったく異質の、「清浄な」声が響いた。

それは、玲の「クオリア」ではなく、玲の「魂」そのものに、直接、語りかけてくるような、不思議な響きを持っていた。

玲が、朦朧とする意識の中で顔を上げると、二人の人物が、彼女の前に、音もなく立ちはだかっていた。

一人は、若い僧侶。

墨染めの衣に身を包み、その瞳には、玲が纏う「穢れ」を射抜くような、鋭い意志の光が宿っている。

「……何者だ、お前」

その男――**慈道 尊(じどう たける)**は、背負った長巻(ながまき)の柄に、そっと手をかけた。

「……その身に纏う、おびただしい死の『穢れ(ノイズ)』は……。この聖域に、持ち込むことは許さん」

「……待ちなさい、尊」

もう一人、彼を制したのは、尼僧の姿をした、若い女性だった。

彼女――**来光 聖華(らいこう せいか)**は、慈愛に満ちた、しかし、全てを見通すかのような深い瞳で、玲を見つめた。

「……この方は……ひどい……。これほどの『苦痛』と『絶望』の音を、たった一人で背負って……」

聖華は、玲の前に、ゆっくりと膝をついた。

「……よく、ここまで、来られました。……もう、大丈夫ですよ」

その、温かい「音」に触れた瞬間。

玲の意識は、地獄の連戦(バトル・ラッシュ)の、本当の「終わり」を告げられ、深い、深い、眠りの中へと、落ちていった。

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