第58話 女武者といえば『巴御前』!

 収入の次は支出――と思っていたのだが、


「ねぇねぇ! そろそろカズのこともかまってほしいんだけど?

 ていうか巻物? ってやつを早く! 早くちょうだい!

 なぜなら今宵のカズは強さと血に飢えた獣だから!!」


「あんたは狼男(ライカンスロープ)か」


 まあ、カズラさんが持ってきてくれたお金で貨物馬車も買わないといけないし、支出の話は後回しでもいいか。



 ということで、先程から騒がしい部外者――鷹司葛嬢がここにいる理由であるが。

 すでに本人が叫んでいた通り、彼女にお買い上げいただいた『クラス・スクロール』を使うためである。

 巻物を開けばジョブが増えはするけど、それをクラス欄にセットしないと経験値が稼げないからな?


「ではさっそくですが。

 これからカズラさんの現在の能力を調べますので。

 そちらのソファに寝転んでいただいて……ええ、それでいいです。

 そのまま軽く服をまくりあげてお腹を――」


「なんか怖いっていうか気持ち悪いんだけど!?」


 まるで触手のように、両手の指を高速で動かしながらカズラさんに近づく俺。


「大丈夫、痛いとかはありませんから! 優しく、ソフトに、フェザーに」


「柏木さん。そのような必要はありませんでしたよね?」


「いやいや、中務さんには言ってませんでしたが。

 実は、その人の能力を詳細に調べるためには直接肌に触れるたほうが」


「柏木さん。そのような! 必要! ありませんでしたよね!?」


「……はい」


 グイッと迫ってくる中務さんの圧に負け、思わず引き下がってしまう。

 うう……。

 本屋で見た、あの鍛え抜かれた。

 それでいて柔らかそうなお腹に触りたいだけの人生だった……。


「そもそも葛の写真集なんて、加工だらけですからね?

 お腹だって、実はブヨブヨの三段腹なんですよ?」


「マジで!?」


「どうしてそんな嘘をつくのかな!? かな!?

 違うからね? あれは正真正銘、そのままのお腹だからね?

 ていうかショウコ、たしかあなた『人を鑑定する魔道具は存在しない』って言ってたよね?」


「ええ、その通りですよ? 今のところ『そのような魔道具は』存在しませんね」


「つまり、道具を使うわけじゃなく、彼にそのような能力があると。

 うう……いつの間にそんな腹芸を覚えて……。

 ショウコのあまりに荒んだ変わりよう、お姉ちゃんはとても悲しいです」


 『よよよ……』と、しなを作りながらこちらに流し目をするカズラさん。


「うわぁ……心の底からうさんくせぇ」


「ショウコ!?

 初対面の時から思ってたけど、この子、カズへの当たりがキツくないかな!? かな!? かな!?」


「ふふっ。鷹司の家柄にも、探索者としての名声にも流されない。

 それが柏木さん魅力であり、可愛いところでもありますから」


「それって言い方を変えれば『空気の読めない男』ってことじゃないかな!?」


「そもそもカズラさんって美人なのに、まったく性的魅力を感じないですし」


「あなたさっきはカズのこと脱がそうと、あまつさえ乙女の柔肌(おなか)に触れようとしてたよね!?」


 そんな彼女の戯言を無視、カズラさんを鑑定する。



【鷹司(たかつかさ) 葛(かずら)】

 年齢:26歳 性別:♀

 所属:日本人

 レベル:50/50 クラス:【女武者】(マスター)

 総合戦闘力:538 装備補正:微々たるもの

 祝福:甲斐姫

 → スキル一覧を見るには【ここ】をタップ



「おお、まさかのレベルカンスト!

 クラスはひとつだけですけど【女武者】ってクラスが選択されてますね。

 戦闘力も『538』で、今まで見た中でもずば抜けてますし」


 まぁ俺が鑑定したのはカズラさんで3人目なんだけどさ。


「そしてまたまた祝福持ちっていうか『甲斐姫』」


 クラスが『女武者』なのも頷ける祝福である。

 それを言うなら中務さん(ラ・ピュセル)にも『女騎士』が付いてていい気がするけど。


「女武者といえば『巴御前』! っていう思い込みを『あえて外してるいやらしさ』みたいなものを感じるさせるところがさすがカズラさんですよね!」


「カズの預かり知らぬところでいいたい放題の罵倒!?」


「むしろ褒め言葉(褒めてはいない)だと思って欲しいんですけど?」


 そんな俺の返事にぷっくりと頬をふくらませるカズラさん。


「ババァ無理すんな」


「そろそろ全力でどつくよ?」


 ……うん、これ以上からかうのは命に危険が及びそうなのでこれくらいにして。


「てことで、今回お買い上げ頂いた商品ですが。

 まずこちらが【牧師】で、こちらが【助祭】のクラス・スクロール。

 これは【小回復】のスペル・スクロールとなります」


「いきなりプライベートからビジネスモードに切り替えた!?

 ここまで性格の読めない相手とかこれまでいなかったんだけど……。

 あなた、本当に私のこと知ってるんだよね?

 我鷹司ぞ? ええとこのお嬢ぞ? 結婚したい探索者1位ぞ?」


「しらんけど。

 ああ、使い方は封蝋を外して開くだけですのでとっととヤッちゃってください」


「なんだろうこの、完全に眼中に無いというか、まったく相手にされていない感覚……。ちょっと興奮してきたからショウコのベッド貸りてもいいかな?」


「あなたはそこで何をするつもりですか……。

  馬鹿なこといってないで、言われたことをとっととやりなさい」


「へいへい」


 スクロールを開いた彼女の体が光る。

 もちろんそれに驚き騒ぐ彼女だが……まぁ3人目なのでスルー。


「さすがに投げやりが過ぎないかな!? かな!?」


 てかこの人、レベル50だからクラスを最大11個まで設定できるんだよな……。


「コモンでも10個つければ戦闘力が+300。

 それがアンコモンなら+600も増えるのか……」


「えっ? それってカズの強さが今の2倍以上になるってこと?」


「そうですね。しかもこれはさっき渡した【助祭】と同じアンコモンの話ですからね?

 もしレア以上のジョブなら、もっと上がる可能性だってありますよ」


「何それ怖い。ていうか、もしそれが本当ならこの数年の足踏み状態は一体何だったのよ……」


「まあ、スクロール使っただけじゃ意味は無いんですけどね?

 それをちゃんとセットして、あらためて大量の魔物――今回はコモンが一つとアンコモンが一つですので、数にして四千匹の魔物を倒す必要があります」


「四千って……休みなしでも一ヶ月はかかるじゃない」


 確かに、他の探索者に混じって狩りをするならそれくらいの期間は見積もる必要があるか。

 でも、俺と明石さんの二人なら四日。

 そこにカズラさんが加われば二日で終わると思うんだけど……これ、交渉材料にならないかな?


「えっと、各階層のポータ……標識板を全部経由するとして。

 カズラさんなら20層まで、どれくらいで到着できます?

 なお、帰りの時間は考えないものとする」


「何よそのおかしな条件指定は……。

 そうね、1〜5層なら1日。そこから10層まで行くならプラス2日。

 なんにせよ、20層までとなると最低でも10日は必要ね」


「思ったより移動に時間がかかるんですね。

 ……ちなみに、一層のスライムみたいに『不人気な狩り場』って他にもあります?」


「ええ。あそこまでガラガラなのは珍しいけど。

 階層ごとに人気のない区画は存在するわよ?」


 なるほど。

 それなら、あまり人が来ない区画を選び、他人が寝てるような時間帯に動けば、ポータル転移もそこまで目立たないかもしれない。


「……てことでこちらからの提案です。

 もし10層まで俺を案内してもらえるなら、その後2〜3日で『魔物4千匹討伐』のお手伝いをしますけど、どうですかね?」

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