第15話 アヌの裏切り
「さてね、セフダン嬢。なぜその刺青を消さずにアバンストに帰ろうとしていたの? 他国へ出る者は必ず刺青を消すことが義務付けられていたのでしょう?」
ロザリア公妃がわざとらしく小首を傾げて、ドルテに問いかけた。
ドルテは白い細面を上げた。
「消せば証拠がなくなりますわ。私、過去を忘れたくあり……」
「生意気な! 公家を貶めるつもりか」
ドルテのか細い声をフェリスが険しい口調で遮った。ドルテは目を伏せたが、そのまま続けた。
「私のこの家畜と同じ扱いの刺青、奴隷番号を見たら、故国の人々はどう思うでしょうか?」
ロザリア公妃が椅子から立ち上がり、ドルテの顔を覗きこんで言った。
「アバンストの人々がどう思うか……? 自分に影響力があるつもりなのね」
「私に話を聞きたいという人は多いはずです」
「確かに、凍土地帯のような所で奴隷として労働していた元伯爵家のご令嬢、なんてそうはいませんものね。でもその前に、そもそもなぜ奴隷になったのかをお忘れ? あなたは政治犯として処刑される可能性もあったと聞いているわ。女王陛下に減刑を懇請したソロー大主教に感謝なさいな」
「ソロー大主教……」
ドルテはゆっくりと呟くように言った。
そのドルテの声が勘に障ったかのように、ロザリア公妃は綺麗な弓なりの眉をぴくぴくと動かし、扇子を叩いて鳴らすと、突然「アヌ、ここへ!」と呼ばわった。
ドルテの顔色が変わった。
「アヌですって? アヌですって!?」
激しく動揺して、二度も口走った。
片脚を引きずりながら現れた老女には、モリヤも見覚えがあった。
何度か言葉を交わしたこともある。ロクライ王子の乳母だというアヌだ。
アヌは無表情だった。子猫でも捕えるかのように、オルレアの襟首を掴んでぶら下げていた。
首ねっこを服の衿に絞られ、オルレアは顔が真っ赤になっていた。
アヌはおもむろに口を開いた。
「――濤の宮国の王族の血を引く者は、水龍の尾のなごりを持ちます。背骨の付け根に必ず星状の青あざが出ます、それが証です。例外はなく、王族の端くれである私にも生まれた時からありますし、もちろん、ロクライ王子殿下は立派な青あざをお持ちでした」
何を言い出すのかと思いながら、モリヤはアヌを見つめた。
「ロクライ王子殿下は、濤の宮国の第三王子、紫文様と、アバンスト王国ナイマ王女様との間に産まれたお子様。当然です」
アヌは用心深い表情をひきつらせるようにして
「お二方は、アバンストの先王夫妻に仲を裂かれました。その為にアバンストを追放されることとなった紫文様から、私は命じられたのです。ナイマ王女様のもとに残って、ロクライ王子殿下を生涯守るように、と」
悲痛な調子でそう言った。
オルレアが脚をばたつかせて咳き込み出した。
アヌはオルレアを冷たく見下ろすと、襟首からぱっと指を放した。
床に落とされ、転がったオルレアは、苦しげに咳をしながら「かあさま」と何度も呼んだ。
ドルテは必死に手を伸ばそうとしていたが、拘束の術をかけられたらしき体は、思うように動かない様子だった。
オルレアに駆け寄ろうとしたモリヤは、老奥様に強く引き止められた。
老奥様に手を引っ張られながらも、怒りの方が強く、我を忘れて
「アヌさん、子供になんてことを!」
となじると、アヌはいっそう声を張り上げて
「この娘にはあざがありません」
「出産の際、ロクライ王子殿下は、私にだけは正直に落胆をお見せになったのです」
と続けざまに言った。
室内はしんと静まり返った。
オルレアがくすんくすんと鼻をすする。
ドルテは深くうなだれて、もう身じろぎもしなかった。
「あらまぁ。とっても興味深い話ね。そのあざというのを、私達も確認させてもらいましょう」
とロザリア公妃が微笑んで、扇子を口に当てて揺らした。
笑いをこらえている?
モリヤは愕然として、この修羅場を見回した。
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