第11話 郷愁を誘うしらべ

 通りの木立ちの隙間から下を見れば、川べりの道いっぱいに網が張り出してある。

 女達が網に魚を干しながら、声を合わせて唄い、賑やかだ。


「温暖な地方の民は陽気だな。ノルトケンであんな真似をしてみろ、気難しい警ら兵につめられてしまう」

 トビアスは冗談っぽく言った。


「お国柄というだろう? 新しい国というのは、特に支配者の気質が色濃く映し出されるらしい。だから、今のペダサル公国の雰囲気が、何かと堅苦しくてきっちりしているのは、亡くなったおじいさまと父上の影響なんだな」


「さっき『温暖』ってトビーも言ってたけど、風土も関係あるんじゃない? 北部領域のような厳しい気候の土地では、人は能天気じゃいられないし」


 そんな話をしていると、ふと、どこからか不思議な音色が聴こえてくるのに気がついた。


 何か楽器を爪弾く音。

 低い濁音が小気味よく弾んでいる。


「風変わりな音だ」

 とトビアスが言うと、ジルも振り返って首を傾げた。

「僕が知っている楽器ではないな」


 音を追うように歩いていたせいで、知らず知らずのうちに、狭い小路へと入り込んでしまっていた。


 立ち止まって、トビアスは少し不安げに周囲を見回した。

 漆喰壁の建物が密集する薄暗い裏町だ。


 ジルは黙ってトビアスについてきながらも、道を迷わないように気をつけていたのか

「フェリス様とは山手の大聖堂で待ち合わせだったね? 方角はこっちでいいけど、石段を上った方が早そうだよ」

 と言った。


 北東正面の長い石段の先には、門塔とアーチが連なっている。


「確かに。延々と川沿いを歩いていてもな」


 石段沿いの建物は、戸や窓も閉め切られて、人の気配はなかった。

 石壁に響くのは、互いの靴音と、聴き慣れない楽器の音だけだ。


 音色は次第に大きくなってくる。

 やがてそれは限界まで張り詰めたようにビンッと鋭く鳴って、止んだ。


 石段を進む途中、右手に細い道が出てきた。

 トビアスが角を曲がりその道を行くと、小さな噴水広場に突き当たった。


 弱い飛沫を立てる噴水の周囲に人が集まっていた。拍手や歓声も聞こえる。


 トビアスは好奇心に駆られ、近付いていった。


 椅子代わりの平たい石の上で胡坐をかき、胸に楽器を抱えているのは、細っこい少女だった。


「あの者が弾いているみたいだね。まだ子供かな」

 追いついたジルが耳元で言った。


 その直後、ビビン、ビビンと鈍い音が猛り、今度は物悲しい調べが流れてきた。

 さっきまで音に合いの手を入れていた聴衆が、しんと静まり返る。


 トビアスも音楽には疎いから、その変わった楽器の名は判らなかった。

 ただその場を去り難く、ジルと並んで、じっと耳を澄まして調べに聴き入っていた。


 同じ絃の楽器でも、例えば、耳馴染みのあるバイオリンのような華やかな旋律はないようだ。

 ひたすらに淡々と絃が鳴っているだけだが、巧みな音の緩急が心地好く、単調さを感じさせない。

 なんといっても、一音一音に、しみじみとした余韻があるのが良い。


 深いため息を吐き、トビアスは頭上の太陽を見上げた。


「ノルトケンの曇り空が懐かしい」

 陽光の眩しさに顔をしかめながら呟くと、ジルも小声で返した。


「あぁ。なぜだか、僕も北の最果ての空を思い出したよ」


 トビアスは投げ銭でも、と思ったが、奏者は見物していた老婆数人に取り囲まれて、話し込んでいる様子だった。

 老婆達の笑顔を横から見てしまうと、そこに割って入って邪魔するような無粋な真似はできなかった。


 トビアスとジルは頷き合って、踵をめぐらした。


 門塔まで一気に上り着くと、混み入った家並みの向こうに大聖堂の尖塔が見えていた。


「川沿い一帯は、土地がかなり低いんだな」

「水害が心配な地形だね」

 そんな言葉を交わしてから、トビアスは「このまま行こう」と伝え、尖塔を目指して目前の道を直進することにした。


 道は土もむき出しで荒れていた。

 端々には、汚水溜まりがあり、どろりと筋を引いて悪臭を放っている。

 通行人は皆、それを踏み散らすのも平気らしかった。


 トビアスとジルはなるべく乾いた所を選んで歩いた。が、磨き上げた短靴はもうだいぶ汚れてしまっていた。


「ひどいぬかるみだ」

 ジルがぼやいた。


「早く通り抜けたいな」

 そう返したトビアスは、おっと危ない、と両手を上げ、立ち止まった。


 向こうの路地から飛び出してきた子供達とぶつかりそうになったのだ。

「喧嘩だ」「バッジ達がよそ者をいじめてるんだ」などと喧しく騒ぎながら、子供達は道を横切っていき、建物の陰に消えた。


 トビアスは子供らが去った方を見やった。ジルも後ろから首を伸ばして目線を合わせた。


「何かあったのかな?」

「喧嘩と聞こえたんだが……」

「あぁトビー、気になってうずうずしてるんだろ」

 ジルはそう言い、トビアスの横腹を優しく小突くふりをした。


「ジル、少しだけ回り道だ」

 トビアスは道向こうへ顎をしゃくってみせた。

「了解」


 ほとんど同時に二人は走り出した。

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