婚前旅行カジノハプニング編

第1話 恋が重なる愛模様


「ん~ピザ美味し~!外国のピザは量も多くて美味しいねぇ~!」


「……」


「どうしたの?シェリルちゃん?」


 デリバリーで頼んだハワイアンピザを頬張っている僕の前には、シャツ一枚を着てマグカップに入ったココアを飲んでいる君が、ブスッとした顔で僕を睨んでいた。


 椅子に足を上げて、体育座りをしながら、もじもじと足の指先が動いている。


「…お前、ほんっっっとに、元気な奴だな」


「元気だけど、どうして?」


「今更ながら…お前の体は、食欲と性欲で出来ていると言うことがよく分かった」


 彼女は髪の毛が静電気を帯びて逆立ち、ピリピリ悶々もんもんとしながらそう言ったことで、どうして機嫌が悪いのかがよく分かった。


 あー…うん、これは。


 2年前、僕が大怪我して意識を失った隙に、僕の記憶を消していなくなった君を追いかけて、色々危ない目に遭いつつも、何とかよりを戻してプロポーズを受けて貰い、シェラミアのお母さんの勧めもあって、こっちに帰ってきての婚前旅行!そして、今に至るってわけだけど…。


 グアムのホテルに着いてから2日間、缶詰状態でただ………イチャイチャしてただけなんだよね……。


 もうぶっ通しで。


 今まで滞ってた分を爆発させるかのように。


 厳密に言えば、今さっきを入れて2日半ぐらい。


 「あーそのー……うん………なんか……嫌だった……?」


 「腰が痛い。股がヒリヒリする」


 直球に不満を訴えてきた彼女に、もはや平謝りするしかない。


 「ごめん、つい、色々良すぎてって言ったらアレだけど…」


 「…フンッ」


 「怒ってる、よね?」


 「別に…」


 艶やかに顔を赤らめているシェリルはマグカップを手にもてあそびながら、ムスッとしたまま。怒ってないと明確にも答えないところを見ると、やっぱり、怒ってるんだな。


 「今日はもう何もしない!約束する!約束するから!」


 「……」


 「もう怒らないで。折角ほら、グアムに来てるんだし、ね?」


 「うちの金でグアムに来てるのに、ホテルに着いた途端エッチ、疲れて寝て少し起きてからもエッチ、トイレに行こうとする時も、シャワーを浴びる時も、吸血してる時でさえ……」


 「分かった!分かったから!!ごめんなさい!!」


 あまりにもうんざりさせてしまった。もはや、そういう貞操のない生き物に見えてしまってるんだろう。シェリルの僕を見る目が、珍獣を見て警戒してるような感じになっている。


 「どうしたらそんなに持続するのか不思議でしょうがない…。しかも、同じ人物相手に…」


 「そりゃあ…君だからそうなっちゃうって言うか...この前のデートのときよりも積極的で、今までより違う一面がいっぱい見れたから興奮しちゃって…」


 「変態っ…」


 「とにかく、ほんと、しばらくなしにするって。そうだ!なんかして遊ぼう!全然外にも出てないしさ!」


 「誰のせいで?」


 「僕のせいです…」


 シェリル、疲れてるからいつもの調子で怒鳴ったりとかしてこないけど、静かに怒っている時は、それより何倍か怖さが増す。


 「そもそも…なんでこんな海の近くのホテルにしたのだ。海が目の前にあると、なんか落ち着かなくて仕方ない」


 「そんなに不満?」


 「不満というか…私は、別にグアムじゃなくたって…もっと内地にある、知り合いの吸血鬼が経営してる所でも良かった。あそこだって良いホテルで、静かに過ごせるし、麓には観光地もあることだし…」


 「ここもすごく良いホテルじゃん。僕、こういうリゾートに泊まったの初めてで…あ、そうか。シェリル、泳げないから水辺嫌いなんだったよね。忘れてたぁ…」


 「なっ、なんで知ってる!?」


体を大袈裟にびくつかせて、驚くシェリルに、油でベタベタの手を拭きながら答えた。


 「ベルカさんに聞いたよ。プールとか行きたがらないから変だなーって思ってたんだけど」


 「あんのっ…!!」


 「そんな恥ずかしいことじゃないよ~泳げないことぐらい」


 「っ…」


 シェリルとしては、弱点を知られるのが嫌いなんだろう。プライドがあるのは分かるけど、僕の前でくらい、ラクになっても良いのに。


 「そうだ、折角近くに海があるんだし、教えてあげるよ。泳ぎ方」


 「うっ、ううう海っ!?川より深いじゃないか!!絶対嫌だぞ!!フリじゃないぞ!!」


 ビョッと椅子から飛び上がり、天井にベタッと張り付いて本気で嫌がってる。嫌な事を無理とは言わないけど…折角グアムなんて素晴らしい海がある所にいるのに、足も浸けられないなんて、もったいないしなぁ。


 椅子から立ち上がってまだ残ってるピザの箱を閉じながら、彼女の方を見上げる。


 「じゃあ、足浸けに行くだけ。それでどう?この辺浅いし、今日の波は緩やかだから、心配ないよ」


 「ぅ…」


 「僕がいるから大丈夫だって!ねっ?行こうよ」


 じろっとピンクの瞳を妖しく輝かせている君を宥めるようにそう言うと、しばらくしてストンッと降りてくる。いじらしく僕をチラチラと見ながら、君はおずおずと答えた。


 「…分かった…。足だけ…」


 「OK!おいで!」


 シャツからいつものワンピースに着替えたシェリルの手を取り、部屋から出る。夜中だけあってホテルの中は静かで、気を遣いながら外へ出ると、12月の後半だって言うのに、あまり寒くない気候。ちょっと風があるかなっていう程度で過ごしやすい。


 二人で出てすぐの近くのビーチまで行くと、穏やかな波にさらうサラサラの砂浜の上を、海に向かって歩いた。


 「うわー!空広い~!海も澄んでる~!案外星も見えるねー!」


 「…聖也は、いつも何でも感動してるな…」


 「だって、こんな綺麗な海初めて見た!!やっぱ綺麗だね~グアムに皆行きたがる理由が分かるなぁー。シェリルは、来たことあるの?」


 「何度か。とはいえ、随分前だけど。ここまで都会になっているとは思わなかったほど、昔に」


 シェリルはそう言って、僕らの背後に見えるグアムの都心部の方を見る。いつぶりぐらいなんだろう。あぁいう観光地になる前にここに来たことがあるって事だよね。こうして思うと、ほんとに僕と歳の変わらない普通の女の子だけど、中身はやっぱり、500年は生きてる吸血鬼なんだよね。


今では見られない景色を見てきたんだろうな。今更、こういう自然本来の姿をみても、何とも思わないほどのものも。


 「うわっ冷たぁ~!ほら、シェリルもおいで!」


 波が迫ってきて、そのまま足を付ける。冷たくて、勢いが案外強くて転びそうになったけど、やっぱり自然の水は気持ちがいい。

キャンプで川に足をよく入れてたけど、その時とはまた違った気持ちよさ。


 シェリルは顔に嫌って言葉が書いてあったものの、僕の手をぎゅっと握りながら同じようにほっそりした素足を水の中に入れた。


 「ひゃっ…」


 「気持ちいいでしょ?ちょっと冷たいけど」


 「…砂の感じが、気持ち悪い…波が強い…」


 「自然って、力強いよね。流れるプールとか人工的な力とは違うっていうかさ。こんなに広い海が地球を覆ってて、ここはまだほんの一部に過ぎないっていうのが、信じられないよね」


 「だ、だから、津波とか急に波が大きくなったりしたら…。お前は、溺れたことがないから、そんなぽやっとした感想で入られるんだ!」


 繋いだ手に伝わる震え。本当に怖がっている。口では強がっていても、体は全く抑えられていない君を、そのまま引き寄せて、水に足を浸からせたまま安心させるように背中を撫でてあげた。


 「落ち着いて、これ以上は入らないから。大丈夫」


 「っうぅ…」


 いやあ、本当に怖いんだなぁ…まだ全然、膝までいかないのに。


 「僕に掴まってれば溺れないから。僕、泳ぎは結構得意なんだよ?」


 「信用なるものか…。お前たち人間は、脆くて、すぐ死ぬくせに…」


 「これぐらいじゃ死なないよ」


 ヘラっと笑ってそう答えて、背中を擦り続けていると、彼女の手が背中に回ってきて、力強く僕を締め付けた。彼女の体は、この海の水と同じくらい冷たい。


 それでも、ぎゅっとされたら、抱き締めてスリスリしたくなるほど、愛おしい。


 「…相変わらず、可愛いね。君は」


 「……」


 いい匂いのする髪、白くて綺麗な肌。君は上目遣いで僕の顔を見る。たった2年しか経ってないのに、君は何も変わっていなくて。僕だけが、一気に成長してしまったみたい。


 もう少しだけ近くに見えた顔が、背が伸びたことで遠くなった。君に触れる手も、血管が前より浮き出てきた。前よりも少しだけ、疲れやすくなった。ほんの小さな変化だけど、緩やかに老いに向かっている事を実感する。


 「2年前と、全然変わんないね…。君が黙って出ていちゃったことに気がついた時は、ほんとに、生きた心地がしなかったよ」


 「仕方…ないだろう…。だって…そうしなきゃ、お前は…」


 「寂しかった。本当に、焦った」


 「…謝れって言ってるのか?」


 「そうじゃないよ。ただ、それぐらい僕は君の事、愛してたんだなって。飽き性の僕がだよ??」


 「変人の変態と言うべきか」


 「シェリル~意地悪なこと言わないでよ~」



 君はあの頃と全く変わらない。意地らしく僕を横目に見て、顔をほんのり赤くして違うところに目線をずらすけど、またじっと僕を上目遣いで見つめてくる。


 君には僕が、どう見えているんだろう。少し恥ずかしくなってくる。


 「そんなに見つめられると、ちょっと不安になるなぁ…」


 「なんでだ」


 「だって…。ほら、ちょっと顔変わったでしょ?どんどん30代に近づいてるっていうか、そばかすとかシミ増えて、ショックなんだよね」


 「…?」


 ペタッと冷たい手が僕の両頬に触れて、君は顔を近づけて来た。


 「別に気にならないぞ。変とも思わない。いつものお前だ」


 「そうかな?最近、なんか、気になるんだよね。年齢の変化に。気にしたって止められるものじゃないことは分かってるんだけど」


 「……だから、吸血鬼になりたいのか?」


 そう聞かれて、すぐにうんとは返せなかった。僕が将来、彼女と同じものになることは、結婚の条件として、彼女のお母さんと決めた事だ。でも、シェリルはまだ反対してる。なっても、良いものじゃないからって。


 「私はまだ、反対だから」


 「…でも、このままだと、おじいちゃんと若い女の子夫婦になっちゃうよ?」


 「構わない。聖也は、聖也なんだ」


 「…」


 君はプンっと意地張ったようにそう答えてくれる。そう言う時の君の言葉に、嘘はない。


 このまま、人間の僕と夫婦になって、僕が老いて死ぬまでずっと、傍に居てくれるつもりなんだ。


素直じゃないけど、一途な気持ちを隠せてない優しい君。そんな君を残して死んでしまう事が、僕は、一番辛いのに。


頑張ったって、今からじゃ60年か70年ぐらいしか一緒にいてあげられない。君にとっては、ほんの、些細な時間だけしか…。



 _____**



波の音、足の水の凍るような冷たさ、恐怖、聖也の悲しげな笑顔と、暖かさ。


お前は本当に分かりやすい。私との時間を、老いを、今から気にしている。…ほら、だから言ったんだ。私と一緒になるのは、大変なことなんだって。それでも言うことを聞かずに、私にプロポーズして、婚約にこぎ着けてきたのは、何処のどいつだ。全く。


   ………………嬉しかった。


   本当に………嬉しかった。


お前と、これから一緒になれることが分かって。一緒に、居ても良いんだって思えて。


でも、お前が永遠を手に入れたとして、この早い鼓動が、体から失われて行ってしまうのを見るのも、心が変わってしまうかもしれないのも、想像すると、辛くなる。


この先、最後の別れがあったとしても…お前は、お前のままでいてほしいんだ。やっぱり。



こんなことは、口には出せない。余計にお前は、こっち側にまで走って来るだろうから。



 「老いても、お前は変わらなさそうだな。ぽやっとして、流行りものには目が無さそうだ」


 「…そう思う??」


 ペタッと、冷たくも体温を感じる顔を手で包み込むと、悲しげな表情が少し和らいで、ヘラっと聖也は聞き返してきた。


 「とんだスケベじじいになりそう」


 「えー…酷いなぁ。スケベ見せるのはシェリルだけだよ~…」


 「見せられても困るのだが。さすがに、その時は落ち着いて欲しいものだ」


 じゃなきゃ、毎日体が持たない…。最早、妻と言うより性処理道具にされてるのは、気のせいだと思いたいが。


 「………」


 「……黙ってないで、なんか言え」


 「君は、たとえお婆ちゃんになっても、変わらず、可愛いだろうな。可愛くて、綺麗で、気が強い」


 そう言われて何も返す言葉が出ないまま、聖也と見つめ合う。


 私が…老婆に?………そんなの、想像したこともなかった。私達は基本的に老けることはない。ある一定の年齢まで成長し、個人差はあるが、そこで止まってしまうものだから。


 でも、老婆になった自分と言うのは、言われてみると確かに、あまり想像はしたくないものだな。


 「…私が老いたら、お前は、愛想を尽かしてしまうだろうな」


 「んなわけないじゃん。シェリルは、シェリルだもん」


 「…この姿のままじゃないんだぞ。私とエッチ出来なくなるぞ」


 「出来なくなっても良いもん」


 そう言って聖也は私を抱えて、陸の方に戻る。濡れたままの私の足を砂浜の上に降ろすと、広々とした海の方を眺めながら言った。


 「一緒にいるだけで幸せだからね。君が幸せなら、僕ももっと幸せ」


 「…なんだ…それ」


 「だからさ、安心して。僕がいる間、君はもう、寂しくないから。僕が、どんな時でも、傍にいるからね」


 振り向いた聖也は、私の手に手を重ねて、指を絡めてきた。その言葉で、どれだけ私は救われてきただろう。


 2年もの間ずっと、もう聖也のように言ってくれる相手とは巡り会えないものと思ってた。全てを諦めて、彼の幸せだけを願っていた。


 こんな血濡れた化け物を選んで、普通の人生から外れないように。彼が本来得るべき幸せを得られるように。


   だけど、お前は私を選んでくれた。


   闇の先まで、迎えに来てくれた。


 絡ませてきた指を、小さく絡み返す。それに反応する聖也の手はまた、私に熱を与えてくれた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

甘い下僕と辛い吸血鬼 Another 作者不肖 @humei-9g30

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ