第16話 胎動の兆し
翌朝、地下病院に置かれた古びたテレビから、ノイズ混じりの緊急ニュースが流れた。
『……昨夜未明、東京都刑務所が終末団体【ゾーク】の襲撃を受け、完全に崩壊しました。政府の発表によりますと、多くの職員が犠牲となり、収容されていた危険人物が脱走した模様です。近隣住民は最大限の警戒を――』
画面には、無惨にひしゃげた監視塔と、瓦礫の山と化した巨大な牢獄の跡が映し出されている。 「……そんな」 花が口元を抑え、震える声で呟いた。あの要塞のような刑務所を一晩で更地にする組織の凶悪さは、映像越しにも十分に伝わってきた。 「ペルセの仲間たちが動きやがったか……」 朔夜は包帯の巻かれた拳を強く握りしめ、苦々しくテレビを見つめた。 俊は無言のまま、画面の隅でくすぶる煙を見つめていた。自分たちが戦った相手は、国家の守りすら容易く踏みにじる「怪物」たちの集団なのだと、改めて突きつけられた。
報道当日の午後2時。首相執務室。 首相、百戸腹 己悟郎は、手元の報告書をデスクに叩きつけた。 「……最強の盾を、こうも容易く……」 眼鏡の奥にある瞳には、深い悔しさと、抑えきれない怒りが滲んでいた。政府の威信は地に落ちたと言っても過言ではない。 「連中、図に乗らせすぎたようだな。ゾーク……。これ以上の野放しは許されん」 己悟郎は執務室の窓から見える荒廃した首都を見つめ、次なる一手――政府直属の異能部隊の再編と、より強力な「排除」の検討を始めた。
一週間後。退院した三人は、廃墟の街の一角にある開けた広場にいた。 「行くぞ、俊! 」 「ああ、来い、朔夜!」 再出発を期した二人の特訓が始まっていた。 朔夜が凄まじい踏み込みで近接戦を仕掛ける。かつての力任せな攻撃ではなく、流れるような無駄のない動き。 それに対し、俊は集中力を極限まで高める。 (……視える。赤い線と、青い線) 俊は覚醒した力を使い、朔夜の鋭い攻撃を紙一重でかわすと、すぐさま最小限の動きで反撃を繰り出す。 この特訓の目的は、朔夜の近接格闘技術の向上と、俊が脳への負担を抑えつつ異能を維持できる時間を一秒でも長く延ばすこと。 「……っ、ぐあ!」 数分後、俊が激しい眩暈に襲われ、膝をつく。まだ長時間の発動は叶わないが、その持続時間は着実に伸びていた。
「…………」 少し離れた場所で二人を見ていた花は、そっと視線を落とした。 パーカーの袖を少し捲り上げ、スカートを風に靡かせながら、彼女は戦う二人を見つめる。朔夜も俊も、あの日負った傷を糧にして、強くなろうとしている。 (もし……私にも、二人の隣で戦える力があったなら……) 自分の無力さが胸を締め付ける。花はギュッとパーカーの裾を握りしめ、溢れそうになる悔しさを飲み込んだ。自分にできるのは、ボロボロになって戻ってくる二人の居場所を守ることだけなのだと、自分に言い聞かせた。
場所は変わり、千葉県某所。 潮風が吹く倉庫街の一室で、一人の男が数人の部下を前に書類を何枚か広げていた。 「いいかい? 世界は今、最高にひっくり返ろうとしている。オレたちはその波に、一番上手く乗らなきゃいけないんだ」 男は陽気に、まるで遊びの計画でも話すかのように語る。その場の空気は、どこかゾークのような狂気とは異なる、冷徹で合理的な野心に満ちていた。 「作戦開始は近い。オレたちの『時間』を、逃さないようにね」
さらに場所は変わり、ゾークのアジト。 東京都刑務所を更地にし、ペルセを救出した四人が帰還していた。 「あーあ、疲れた! でもペルセを連れ戻せて良かったよね!」 「ほっほっほっ、そうじゃな」 談笑する彼らの中心に、かつての威圧感を取り戻しつつあるペルセが座していた。
それから十数分後。 アジトを見下ろす高台に、一つの影が音もなく現れた。 その人物は、集結した異能者たちを見つめ、静かに、しかし地響きのような威厳を持って呟いた。
「……奴らが動き出す」
その言葉が誰を指すのか。影はただ、闇の中に佇んでいた。
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