第15話 崩壊の鉄槌
俊たちが地下病院で休養生活を送っていた、ある日の夜。 東京・府中にある東京都刑務所の静寂は、天から降り注いだ圧倒的な「重圧」によって打ち砕かれた。
「ほっほっほっ、重いのはお好きかな?」
白い長髭を蓄え、サンタクロースのような陽気な笑みを浮かべる老人、ディアス。彼の異能『重力操作』により、監視塔の重力が数百倍へと跳ね上がった。巨大なコンクリートの塔は自重に耐えきれず、飴細工のようにひしゃげ、崩壊した。
それを合図に、三人の影が刑務所の壁を越える。 「どけよ、公務員ども!」 バンダナを巻き、瞳に野性的な熱を宿した男、シズモスが地面に深く手を突き立てる。彼の異能はアスファルトの層を貫き、その下の強固な地盤に到達した。流動化した土砂と岩石が巨大な槍となって突き上げ、応戦しようとした警備車両を次々と串刺しにしていった。
「あはは! こっちだよ!」 やんちゃな笑みを浮かべ、身軽に跳ね回る少年、アデルフが異能を発動する。瞬時に生成された5体の実体を持つ分身。本体を含めた計6人のアデルフが、混乱する職員たちを翻弄し、その高い身体能力で次々と防衛線を食い破っていく。
阿鼻叫喚の地獄絵図の中、中央通路を優雅に歩く女がいた。アテーナーだ。 「あら、弾丸がもったいないわよ?」 微笑む彼女の周囲には、見えない壁が展開され、職員たちの銃弾をすべて無力に弾き飛ばしていた。
職員が瞬く間に命を落としていく中、地下特別拘束室へと続く重厚な回廊の前で、一人の男が静かに立ち塞がった。刑務官、神野切哉だ。
「……ゾークか。害虫が、巣から這い出てくるとはな」
神野は乱れた衣服一つなく、冷徹な眼差しで迫りくる四人を見据える。その手には武器すらなく、ただ白手袋に包まれた指先が静かに揺れていた。
「あら、あなたがペルセをいじめた刑務官さん? 報いを受けてもらうわ」 アテーナーが冷ややかに合図を送る。
「死ねよ、おっさん!」 先陣を切ったのはアデルフだった。異能で生成された5体の分身が、同時に神野へ襲いかかる。回避不能の同時攻撃。しかし、神野は瞬き一つせず、真っ先に間合いに入った分身の額に、吸い込まれるような速さで指先を触れた。
「……『拷問(トーチャー)』」
瞬間、分身が絶叫と共に霧散する。その直後、後方で余裕を見せていたアデルフの本体が、突如として天を仰ぎ、喉を掻きむしりながら崩れ落ちた。 「ぎあああああああっ!? な、なんだこれ……分身の痛みはフィードバックされないはずなのに……脳が、神経が灼かれる……ッ!!」 神野の異能は物理的なダメージではない。魂と脳に直接「拷問」を叩き込む。アデルフは未体験の激痛に、白目を剥いて地面をのたうち回った。
「あ、アデルフ!? てめぇ、よくも……!」 シズモスが吠え、地面に両手を突き立てた。神野の足元の地盤が猛烈に波打ち、鋭利な岩石の杭が神野を貫こうと四方から突き上がる。 しかし、神野はまるでそれらの軌道が事前に視えているかのように、紙一重の演武のような動きで翻弄。岩の隙間をすり抜け、弾丸のような速度でシズモスの懐へと滑り込んだ。
「しまっ……!」 「お前には、より深い絶望が必要だ」 神野の手のひらが、シズモスの胸元にピタリと吸い付く。 「が……あ、あああああああ!!」 シズモスの瞳から光が消え、全身が弓なりに反り返る。脳内に直接流し込まれる「生きたまま解体される」最悪の幻痛。最強クラスの異能者であるシズモスが、ただの肉の塊のようにその場に力なく膝をついた。
「……あら。刑務官さん、本当に恐ろしい人ね。一人でうちの幹部二人を無力化するなんて」 アテーナーが感心したように呟くが、その瞳に焦りはない。神野の指が、次なる標的である彼女へ向けられた――。
その瞬間だった。
ドォォォォォンッ!!
神野の肩に、東京の地塊そのものが乗ったかのような、凄まじい「質量」が襲いかかった。 「ぐっ……お、おぉ……!」 先ほどの監視塔を潰した時とは比較にならない、ディアスが全神経を注いだ最大出力の『重力操作』。神野の足元の床が円形に陥没し、ミシミシと全身の骨が悲鳴を上げる。神野は一歩も動けず、地面に縫い付けられた。
「ほっほっほっ。流石にこれは耐えられまい? お主の異能は強力だが、触れられねば無意味よ」 ディアスが顔を真っ赤に染め、神野を圧殺しにかかる。
身動きの取れない神野の首の周囲に、アテーナーが極めて薄く、剃刀のように鋭い「立方体の見えない壁」を生成した。 「……さようなら、刑務官さん。地獄で後悔しなさい」
アテーナーが、開いていた指を、無慈悲に強く握り込んだ。 神野の首を囲んでいた壁が、内側へと急激に収縮する。
「が……はっ……」 神野が何かを言いかける前に、強固な透明の圧力が、彼の頸椎と気道を塵一つ残さず粉砕した。 ゴキリ、という嫌な音が回廊に響き、神野切哉の体から力が抜ける。 最強の刑務官として囚人たちに君臨した男は、最後は自らの喉を潰され、一言の呪詛すら残せずに冷たい泥の中に沈んだ。
神野の死と共に、その異能による拘束が解ける。
「ふん……死ぬかと思ったぜ……」 シズモスが脂汗を流し、朦朧とした意識で立ち上がる。その横では、あまりの激痛に失神しかけていたアデルフも、ガクガクと膝を震わせながら、ようやく身を起こした。
「なんなんだよコイツ! あんなに痛いの、ボクもう絶対やだ……っ!」 アデルフは目に涙を浮かべ、恐怖と苛立ちが混じった声で叫んだ。分身から伝わってきた「死よりも酷い苦痛」に、少年らしい強気な態度は完全に剥ぎ取られていた。
アテーナーが肩をすくめる中、彼らはシズモスの地盤操作で拘束室の扉を破壊し、憔悴しきったペルセを救出した。
自由を得たペルセは、力なく立ち上がると、足元に転がる神野の死体を憎しみを込めて強く踏みにじった。 「……借りは、必ず返すぞ。あいつらにも、この国にもな」
瓦礫の山と化した刑務所を背に、五人の影は闇夜へと溶け込むように消えていった。 後に残されたのは、七割の職員が殉職し、物理的に完全に崩壊した巨大な牢獄の跡だけだった。
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