第10話 痛みと怒りと

東京都刑務所、地下特別拘束室。


拘束されたペルセの額に静かに神野切哉の指先が触れた。その瞬間、ペルセの閉じていた瞼が、カッと見開かれた。 意識を取り戻したというよりも、あまりの激痛に、無理やり引き戻されたかのようだった。


「ぐっ……がああああああ!」


ペルセは、全身の筋肉を痙攣させ、拘束台に固定された四肢を激しく暴れさせた。彼の口からは、人間とは思えないような断末魔の叫びが漏れ、拘束室全体に響き渡った。


ペルセは、この状況を打破するために、本能的に異能を発動させようと、拳に力を込めた。しかし、拳は光を帯びることもなく、ただ硬く握りしめられているだけだった。


「な、なぜだ……!」ペルセは激痛の合間に、異能が発動しないことに驚愕した。


神野は、その様子を冷たい目で眺めながら、淡々と説明する。


「無駄だ。ここはただの拘束室ではない。お前が拘束されているこの台には、政府の異能者が三年もの歳月をかけて、特殊な合金と組み合わせて編み込んだ異能無効化の力が込められている」


神野は静かに続けた。


「これにより、拘束具に触れている限り、お前の能力は完全にロックされ、異能を発動させることは不可能だ。お前は今、単なる人間として、私の前にいる」


「私の異能『拷問(トーチャー)』は、対象者が最も苦しいと感じる拷問の光景を、直接脳内に見せる。それだけではない。その拷問を実際に食らった時と同じ痛みを、肉体に再現する能力だ。お前が見ているのは、お前自身が最も恐れる、そして最も憎む、最高の拷問だ。そして、お前の体はその全てを現実として感じている」


ペルセの表情は、激痛と異能が使えない絶望に歪みきっていた。彼は、自分の最大の武器も、抵抗する力も、全て奪われたことを理解した。


「さあ、始めようか。お前の知っていること、全てを吐き出せば、この痛みから解放してやってもいい」


神野は、ペルセの苦痛を嘲笑うかのように、再び指先に意識を集中させた。ペルセの意識が再び朦朧とし始める。


「やめろぉぉぉお……!」


その悲鳴は、絶望の淵から這い上がってきたばかりの獣のようだった。神野の指先から放たれる異能が、再びペルセの脳と肉体を灼き尽くす。ペルセは拘束台の上で、痛みで悶え苦しんだ。


神野の表情は変わらない。彼の目的は、ゾークから情報を引き出すこと。ペルセの悲鳴は、地下の深い拘束室に、空しく響き渡るだけだった。


一方、花たちの旅は続いていた。三人は、政府がゾークの幹部を捕らえたというニュースを知り、ゾーク側の動向に警戒を強めていた。


「おい、あいつが捕まったってことは、仲間が逆上して、無茶な行動に出るかもしれねぇな」朔夜は、警戒しながら周囲を見回す。瓦礫の山を飛び越え、廃ビルの中を移動していた。


「そうだね。ペルセの仲間たちがどう動くかによっては、今の僕たちにとって最悪の事態を招くかもしれない。」俊は冷静に分析した。


花は、地面に咲く小さな花を見つけると、足を止めて優しく触れた。


「でも、あの白いお面の人、やっぱりすごい人だったんですね。ゾークの人たちを動揺させて、政府に捕まえさせて……一体、何が目的だったんでしょう?」


「僕も、まだ彼のことは何も分からない」俊は首を横に振った。「でも、少なくとも僕たちに敵意はなかった。そのおかげで、僕たちは先に進める」


花は、そっとその花を摘み取ると、そっと朔夜のポケットに忍ばせた。朔夜は一瞬驚いたが、特に何も言わず、少しだけ口角を上げた。


「次は、あの大きな川を越えれば、少しはましな街があるはずだ。一刻も早く、あの場所を目指すぞ」朔夜は、決意を新たにしたように空を見上げた。


三人は、変わり映えのしない荒廃した風景の中を、淡々と進んでいく。彼らの目的地は、まだ遠い。


その頃、彼らが歩く廃墟の街から、数キロ離れた場所にある最も高い廃ビルの屋上に、一つの人影が立っていた。


風に靡く長い黒髪が、月明かりにわずかに煌めく。その人物は、双眼鏡のような装置を手に、遠く小さくなった花たちの姿を、じっと見つめていた。


顔の半分ほどを覆うマスクの下で、その人物の口元が、わずかに吊り上がる。その表情からは、熱狂や歓喜ではなく、常に内側に抱える怒りのような、冷たい感情が感じられた。

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