第9話 善と悪

夜明け前の東京、霞が関。


厳重な警備に囲まれた政府の重要機関の建物前で、一人の警備員が緊張感を持って周囲を警戒していた。その背後の空間が、一瞬、微かに歪む。


次の瞬間、警備員の足元からわずか一メートルも離れていない場所に、茶色いローブを纏い、白いお面をつけた人物が、巨大な男性の体を静かに横たわらせた。彼は気絶したペルセを地面に置くと、音もなく闇の中へ消え去った。


警備員は背後のわずかな空気の揺れに気づき、反射的に振り返った。


「な、なんだ!?」


そこに倒れていたのは、見たことのない屈強な男だった。警備員はすぐに無線で応援を呼ぼうとしたが、男の胸元にある異様な紋様が目に飛び込むやいなや、目を見開いて絶句した。


「ま、まさか……」


数時間後、首相執務室。


日本の首相、百戸腹 己悟郎(もどはら みごろう)は、目の前の報告書を信じられないといった様子で読み上げていた。彼の表情は、一国の長としての冷静さの中に、長年の懸案が解決に向かう強い期待と驚きが浮かんでいた。


「間違いないのか? 私たちを数年来悩ませてきたゾークの幹部を、本当に拘束したというのか?」


「はい、百戸腹首相。現在、都内の極秘施設で厳重に拘束中です。意識は回復していません」報告を担当した警視庁の幹部が固い表情で答えた。


「これは、初めての成果だ。彼らの出現以来、私たちは対応に追われ、多くの実害が出てきた。この男から情報が得られれば、どれだけ多くの国民の被害を食い止められるか……」百戸腹首相は、国民の安全を願う強い使命感を滲ませながら言った。


「一体誰が、この男を捕らえた?」


首相は、この功績をあげた人物を知りたがったが、警視庁幹部は顔を曇らせた。


「それが……現場の警備員によれば、気づいたら背後に倒れていたとのことです。目撃情報も、接触した記録も一切ありません。協力者の特定は、今のところ不可能です」


百戸腹首相は驚きを隠せなかった。ゾークの幹部を、戦闘の痕跡もなく、政府の目の前に置いていった。その行為は、常識では考えられない超常的な力の介入を示唆していた。


「……すぐに大々的に報道しろ。国民に、私たちがゾークに反撃を開始したと示さねばならない。そして、この男から、全ての情報を引き出せ」


その日の夕方、ニュース速報は日本中を駆け巡った。


『政府、反体制組織【ゾーク】の幹部を拘束!』


ゾークのアジトでも、この情報は瞬時に広まった。


地下格納庫では、アテーナーが治療を受けながら、怒りを滲ませていた。


「……やはりそうだったのね。なんなのよ…あの白いお面をつけた奴」


先ほどまでアテーナーを笑っていたツインテールの少女は、今は口を真一文字に結び、テレビ画面に映るペルセの映像を睨みつけていた。そして、坊主頭の男は壁を拳で叩き、怒りを爆発させた。


「ふざけやがって! 俺たちの仲間を……!!」


一方、花たちのいる廃墟の街にも、そのニュースは届いていた。


朔夜はニュースを聴きながら、不思議そうに言った。「あの変な奴がやったのか?あいつ、本当に何者なんだ?」


俊は、ラジオに耳をすませながら、静かに、安堵したように言った。


「少なくとも、敵ではないようだよ、朔夜。彼の介入は、僕たちにとって、予想外の光をもたらしたかもしれない」


――東京都刑務所、地下特別拘束室


ペルセが横たわる拘束台に、一人の男が歩み寄ってきた。男は年齢の割に引き締まった体をしており、刑務官の制服を正確に着こなしている。


男はペルセの顔を覗き込み、静かに言った。


「ようこそ、ゾークの幹部殿。私は神野切哉(かみのせつや)だ」


神野は、拘束されたペルセの額に、静かに指先を触れる。


「さて、お前が誰かのために、全てを吐き出す喜びを、教えて差し上げよう」


異能によるものだろうか。彼の瞳の奥で、冷たい光が静かに輝いた。

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