第2話 失われた楽園の残響

小埜沙菜花の旅は、廃墟となった自宅から始まった。瓦礫と化した故郷を後にし、彼女はひたすら西へと歩を進めた。家族を取り戻すという願いだけが、彼女を動かす唯一の原動力だった。


荒廃した街並みは、異能戦争の凄まじさを如実に物語っていた。道路は寸断され、建物の残骸はまるで巨大な怪物の骨格のように空を突き刺している。道中、彼女は壊滅的な被害を受けたホームセンターの残骸を見つけた。そこは、強力な異能の直撃を免れたのか、棚の一部が辛うじて原型を留めていた。


花は慎重に瓦礫の中を進み、旅に必要な物資を調達し始めた。無事な缶詰や乾燥食品、錆びついていないサバイバルナイフ。そして、彼女の「栽培」の異能を使うのに欠かせない、少量の土。彼女の異能は、土さえあれば、種も水もなく一瞬にして植物を芽吹かせ、成長させることができる。食料は自力で生み出せるが、そのための土と、その他の道具は必要だった。全てをリュックに詰め込みながら、花は己の異能が戦場ではあまりにも非力であることを痛感していた。彼女の異能は、花を咲かせ、食料を生み出すためのもの。人を殺めるための力ではない。


「…私にできるのは、ただ、生き延びることだけ」


その時、花がいた場所から数百メートル先、広場の方角から地を揺るがす轟音と、何かが砕ける激しい音が響いた。


「また、始まった…」


花はすぐに身を隠した。息を潜め、瓦礫の隙間から戦場の様子を覗き見る。


広場では、日本の自衛部隊と思われる数名の兵士が、一人の巨漢の男によって圧倒されていた。男は黒い軍服に身を包み、腕には異能によるものか、鋼鉄のような光沢を放つプロテクターを装着している。


「剛拳!」


男が叫ぶと同時に、彼の右拳が鈍い赤色に輝いた。拳に異能を凝縮させ、一瞬にして放たれた一撃は、大地を砕き、近くにいた日本の兵士数名を遥か後方へと吹き飛ばした。兵士たちは、瓦礫に叩きつけられ、ピクリとも動かない。


「ハッ、日本の雑魚どもが!『幻の花園』とやらも、結局はオレたちに奪われる運命だ!」


男は傲慢に笑いながら、新たな獲物を探すように周囲を見渡した。そして、瓦礫の影に潜む花に、その異様な視線を向けた。


花は全身が凍り付くのを感じた。息を殺しても、心臓の鼓動がうるさく響く。


「ん?……なんだ、こんなところに小娘が一人か」


男は鼻で笑い、そのまま花に向かってゆっくりと歩み寄ってきた。男の顔は、戦いの高揚と、獲物を見つけた残忍さで歪んでいた。


「お前も、日本兵の残党か?まあいい、ここで消えてもらおうか!」


男は再び右拳に異能を集中させ始めた。拳の周囲の空気が熱で歪み、赤黒い光が脈動する。


花は逃げようと足に力を込めるが、恐怖で体が硬直して動かない。絶望が彼女の心を支配する。


男の「剛拳」が、花をめがけて振り上げられた、その瞬間――


バシッ!


花が隠れている瓦礫の山を越え、彼女の背後から飛来した、人の頭ほどのサイズの瓦礫が、男の肩を直撃した。


「ぐっ!」


男の動きが一瞬止まり、剛拳の集中が途切れる。彼は痛みに顔を歪ませ、花を睨んだ。攻撃がどこから来たのか、彼には理解できなかった。花はただ震えているだけだ。


「何だ、今の攻撃は…!どこからだ!?」


男が困惑の声を上げ、周囲を警戒する間もなく、間髪入れずに二発目の瓦礫が、同じく花の背後から飛来した。


ドスッ!


二発目は、男の顔面を正確に捉えた。男は呻き声を上げることもできず、その巨体が轟音と共に地面に崩れ落ちた。異能の光は消え去り、男はピクリとも動かない。


花は呆然と立ち尽くした。


何が起こったのか、理解が追いつかない。瓦礫はどこから飛んできたのか?誰が、なぜ自分を助けたのか?周囲を見渡しても、人影はどこにも見当たらない。


広場には、倒れた巨漢の兵士と、動かなくなった日本の兵士たち、そして震えながら立ち尽くす花だけが残されていた。


その時、花が隠れていたホームセンターの残骸の奥、瓦礫の影から、二つの声が響いた。


一つの声が、弾むような調子で響いた。


「やりぃ!」


それに続き、もう一つの声が低く静かに応じた。


「…うるさい…大きな声出すな」


声の主は、まだ見えない。花は緊張で息をのんだ。自分を助けたのか、それとも次の敵なのか。リュックを強く握りしめ、その声のする方へと、ゆっくりと顔を向けた。


瓦礫の陰から現れたのは、二人の男だった。一人は色素の薄い髪を持ち、端正な顔立ちをした青年。もう一人は、黒髪で少し鋭い目つきの青年だった。


先に口を開いたのは、鋭い目つきの方の青年だった。


「よう、そこで突っ立ってるお嬢ちゃん。怪我はないか?」


花は警戒心を解けず、ただ彼らを見つめ返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る