Arcana-アルカナ

めが〜ね

第1話 枯れた花園

21XX年。世界は、異能という名の神託に染め上げられていた。人々に宿る特別な力は、生活、文化、そして国家のあり方そのものを変質させ、世界を未曾有の混沌へと導いていた。その中で囁かれ始めたのが「幻の花園」の伝説である。見つければどんな願いも叶うとされるそれは、この世界に降り立ってから十数年。様々な「正義」を掲げる者たち、そして国家までもがその力を欲して探索を試みたが、未だ誰もその実体を知らない。いや、それが何であるかを正しく理解できていないと表現する方が適切だった。


そして現在、その「幻の花園」が日本にあるという未確認の情報が世界中を駆け巡り、極東の島国である日本は世界の列強すべてを敵に回し、異能者たちによる泥沼の戦争へと突入していた。異能の行使は、従来の兵器の破壊力を遥かに凌駕し、都市は一夜にして形を変え、大地は凄惨に歪んでいった。


小埜沙菜花(おのざなはな)、16歳。女子高校生である彼女の日常は、常に戦禍の影と隣り合わせだった。自宅の窓から見える空には、敵味方の異能が激しく衝突する光が走り、遠方で響く轟音と地響きはもはや生活の背景音と化していた。時折、異能の余波で歪んだ建材が空から降ってくるのを目にするたび、戦争の現実を突きつけられた。


それでも、花は家族と過ごすささやかな幸せの中にいた。彼女には「栽培」の異能が宿っている。指先から生命力を注ぎ、土から芽吹かせ、瞬く間に植物を成長させる。自宅の庭には、花の異能で育てられた色とりどりの花々が咲き乱れ、異能の光が飛び交う街の喧騒の中で、そこだけが唯一、平和な花園だった。母の淹れる温かい紅茶、父が読み聞かせる昔話、幼い弟が花たちと遊ぶ姿。それが、花の全てだった。


しかし、そのささやかな花園も、戦争の猛威の前にはあまりにも脆かった。


ある夜、突如として警戒レベル最高の警報が鳴り響いた。それは、敵国による最大級の異能攻撃の予兆だった。家族と共に避難壕へ向かう途中、世界を切り裂くような轟音が耳をつんざいた。それは、遠方で発動された超大規模の異能による衝撃波だった。次の瞬間、空から降り注ぐ無数の異能の奔流が家屋を貫き、閃光と爆風が花たち家族を包み込んだ。


激しい痛みと耳鳴りの中、花は意識が遠のく前に、崩れ落ちる自宅と、瓦礫の下に倒れ伏す家族の姿を見た。


目覚めた時、花は病院のベッドにいた。体中の激痛が、あの夜の出来事が現実であったことを突きつける。そして、家族の姿がない。医師たちに問いかけても、誰もが重い沈黙で首を横に振るだけだった。数日後、両親と弟の遺体が確認されたと告げられた。


「…そんな、嘘でしょう…?」


花の目に映る世界は、瞬時に色を失い、モノクロの絶望に塗りつぶされた。大切な家族、温かい日々は、もう二度と戻らない。庭に咲き誇っていた花々も、無残に散り果て、心の中には荒涼とした砂漠だけが広がった。


だが、その絶望の底で、一つの噂が微かな光となって花を照らした。「幻の花園」。どんな願いでも叶えるというその伝説。


家族を生き返らせる。あの温かい日々を取り戻す。そのただ一つの願いのために、花は病院を抜け出した。変わり果てた自宅の瓦礫の山から、小さなリュックサックを背負い、花は旅立ちを決意する。


目指すは「幻の花園」。


「私は…必ず見つける。花園を、そして家族を…」


荒廃した街を一人、歩き始める花の姿は、世界の戦禍の中で、たった一つの希望を抱えた孤独な旅人のようだった。その小さな背中には、世界の運命を左右する旅が始まろうとしていることを、まだ誰も知らない。

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