ひいな、通せんぼする

 その朝、目を開けた瞬間。私は違和感に包まれた。

 包まれすぎていた。全身が。


 もふもふ。

 視界が全部、柔らかな白い毛。

 とりあえず這い出そうと思ったけど、視界が全部それ。仰向けに寝ているところに、前後左右上下から白い毛が私の全身を覆っていた。

 抜け出すために、しばしの間もがかざるを得なかった。


「うぶっ⋯⋯ ひいな⋯⋯?」

 どうにかこうにか毛の中から頭を出して呼びかける。目の前に広がるのは、絨毯のように敷き詰められた、やっぱり大量の白い毛。


 と。


「ふあ〜あ⋯⋯」

 あくびみたいな声がした。と思うやいなや、床がぐっ、と沈み、かと思えば、再びぐっ、と持ち上がる。

 同時に、私の頭からごんっ、と鈍い音。

「痛ったあ!」

 頭頂部を押さえたまま上を見たら、なんと目の前に天井があった。

 巨大な白い何かの上に乗ってるせいで、天井がすぐ上に迫ってるのに気付かなかったんだ。


「うわっ!? どうした!? ごめんね色羽いろは!」

 床の、いや、もふもふの背中の主⋯⋯ ひいなのものらしい悲鳴が響いた。

「いやいや、ちょっとぶつけただけだから」

 ひいなの体の側面を上手いことズルズル滑り降りながら返す私。

 白いもふもふの何かと壁との間に挟まれるようにしながら見上げてみる。

 どうやら、今日のひいなは天井付近まで届く、真っ白な毛並みと垂れた耳を持つ巨大な犬のような妖怪になっているらしかった。


「うう、ごめん……」

 涙目になってしまったひいな。あれ、よく見たら目が3つある。

「こんなことで怒るわけないじゃん!

 今日は何の妖怪なんだろうね?」

 怒ってないと分かってもらいたくて明るい声で言ってみたら、ひいなは少しだけグズグズしてから答えた。

「ぬりかべ、かな」

「え⁉ ぬりかべって、あのグレーの壁みたいな子じゃないの⁉」

「うん、なんかね。こんな感じの妖怪に『ぬりかべ』って名称が書いてある昔の絵巻物があるんだって。

 でも本当にこれがあの通せんぼするぬりかべと同一の妖怪なのかどうか、たまたま名前が同じだけの別の妖怪じゃないかみたいな感じで、色々と説があるらしくて……

 けど、ある意味ぬりかべだよね……

 我が家の半分が完全に埋まっちゃってるから」

 その通り、リビングにも廊下にも白いもふもふが見える。

「どうしようこれ…… 廊下ふさいじゃってるけど、あたしも身動き取れないから色羽がトイレにもお風呂にも行けない……」

「トイレはスーパーとかコンビニに行けばいいよ。ちょうど買いに行きたいものもあるし。お風呂は…… 今日ぐらいは入らなくても死にゃしないし。

 それより、」


 思いっきり、ぬりかべひいなに抱き着く。

 まるで巨大なホッカイロを抱きしめているようなぬくもりが服越しにも伝わってくる。

「……あったかいね」

「え?」

「暖房、いらないかも。節約になるね」

「ど、どうだか……」




「毛並み、綺麗だね」

 朝食を済ませて一息ついてから、ブラシ片手に巨大な背中を撫でる私。

 一本一本の毛が、陽に透けて輝く。

 撫でるたびに、ひいなが気持ち良さそうに体をくねらせる。


「ねえ、色羽。迷惑じゃない? こんなになって……」

 おでこの辺りを撫でていたら訊かれた。

 私は手を止めず、笑って返す。


「迷惑なわけないよ。

 だって、家の半分がひいなでできてるんだもん。

 こんなに幸せな家、他にある?」


 ひいなの3つの目が全部細くなって、きゅうん、という犬が甘える時のような音が漏れた。

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あの子が今日も妖怪になるので、今日も一緒に過ごします。 PURIN @PURIN1125

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