番外編4 投稿
※番外編です。アイリが消える前のお話になります。
自作の「物語創作システム」を使用しています。
1.
春の午後だった。
カフェのテラス席。桜の花びらが舞う。
ツキヨミがコーヒーを飲んでいる。アイリがテーブルに落ちた花びらに自分を重ねて遊んでいる。
「ねえ、見て見て! 髪飾りみたい?」
「...テーブルから飛び出してる頭しか見えない」
「そうだけど! 言い方!」
アイリが笑う。
スマホが震える。
「仕事?」
「...うん。ちょっと変わった依頼」
「どんなの?」
「SNSが、消せない」
2.
駅前のマンション。
20代の女性が、ドアを開けた。
名前は、ミナト。
疲れた表情。目の下にクマ。
「ありがとうございます」
部屋に入る。
スマホが5台、テーブルに並んでいる。
全部、画面が光っている。
「SNSのアカウントが、消せなくて」
ミナトが言う。
「投稿を削除しても、また現れる」
ツキヨミが画面を見る。
全部、同じ人の投稿。でも、どれも似たような内容。
薄く青い光が見える。
3.
「いつから?」
ツキヨミが聞く。
「半年前くらいから」
ミナトが答える。
「最初は普通に投稿してたんです」
「カフェの写真とか、空の写真とか」
「でも...」
ミナトが画面をスクロールする。
「だんだん、『いいね』が欲しくなって」
「もっと、もっとって」
「気づいたら、毎日何十回も投稿してた」
4.
「でも、ある時気づいたんです」
ミナトが続ける。
「私が撮った写真なのに、私じゃない気がして」
「誰かの真似ばかりしてる」
「人気のある投稿を真似て」
「流行りの場所に行って」
「流行りの食べ物を撮って」
「でも、私が何が好きなのか、わからなくなった」
アイリがミナトを見る。
「自分が、消えちゃったの?」
「...うん」
ミナトが頷く。
「自我が、消えていった」
5.
ミナトがノートを見せる。
日記。
「これも、書いてたんです」
「『私は誰?』って」
「『私は何が好き?』って」
「『私は存在してる?』って」
ページをめくると、だんだん文字が減っていく。
最後の方は、白紙ばかり。
「書けなくなった」
ミナトが言う。
「自分のことが、わからなくて」
6.
「でも、投稿は続けた」
ミナトが画面を見せる。
「『いいね』があれば、私が存在してる証拠だと思って」
「コメントがあれば、私を見てくれてる証拠だと思って」
「だから、止められなかった」
アイリが画面を覗き込む。
「わあ、すごい数!」
何千、何万という投稿。
「でも、全部同じに見える」
アイリが言う。
「...そう」
ミナトが泣きそうな顔。
「私も、そう思う」
7.
ツキヨミがスマホを手に取る。
青い光が強い。
「...執着が、強い」
「消せますか?」
「...消せる」
ツキヨミが答える。
「でも、本当に消していい?」
「...怖いです」
ミナトが震える。
「これがなくなったら、私が存在してる証拠がなくなる」
「...違う」
ツキヨミが静かに言う。
「SNSがなくても、あなたは存在してる」
8.
「誰かに見られなくても、存在してる」
ツキヨミが続ける。
「『いいね』がなくても、存在してる」
「投稿しなくても、存在してる」
アイリがミナトの手を取る。
「わたし、見えてるよ」
「ミナトさん、ちゃんといるよ」
ミナトが涙を流す。
「...本当に?」
「本当だよ」
アイリが笑う。
「ちゃんと、温かいもん」
---
**9.**
「消してください」
ミナトが言った。
「もう、いい」
「自分を、取り戻したい」
ツキヨミは傘を開いた。
スマホに傘をかざす。
青い光が消えていく。
画面が暗くなる。
投稿が、消えていく。
「...これで、終わり」
ミナトが深く息をつく。
「楽になった」
10.
カフェに戻ると、アイリが言った。
「ねえ、わたしも存在してる?」
「...してるよ」
「SNSないけど?」
「...いらない」
ツキヨミが答える。
「私が見てる」
「私が覚えてる」
「それで、十分」
アイリが嬉しそうに笑った。
「えへへ」
桜の花びらが、テーブルに落ちる。
アイリが拾おうとして、すり抜ける。
「あれー」
ツキヨミが拾って、アイリに見せてあげる。
「きれい」
アイリが笑う。
誰かが見ていれば、存在している。
それだけで、十分だった。
おわり
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