第4話 少年
1.
月のきれいな夜だった。
公園のベンチに、ツキヨミとアイリが座っている。もう夜は寒い。
アイリが足をぶらぶらさせている。でも、いつもより元気がない。
「ねえ、わたし、消えちゃうのかな」
小さな声。
「…わからない」
ツキヨミが正直に答える。
「アイリがどうなるのがいいのかも、僕にはまだわからないんだ」
ツキヨミが珍しく、正直に答えた。
アイリがツキヨミを見る。
「ふぅん。じゃあまだ一緒にいてもいいよね?」
ツキヨミのスマホが震えた。
「 …仕事?」
アイリが聞く。
「 …うん。この公園」
「ここ?」
ツキヨミが頷いた。
2.
公園の隅、古いブランコがある。
そこに、小さな男の子が立っていた。
7歳くらい。半透明。アイリと同じように、幽霊。
「あ、見える!」
アイリが目を輝かせた。
「君も、消えないの?」
男の子が聞く。
「うん! わたしも!」
アイリが嬉しそうに駆け寄る。
初めて会った、同じ幽霊。
「ねえねえ、一緒に遊ぼ!」
「ほんと!?」
男の子の顔がぱあっと明るくなった。
「かくれんぼしよ!」
「いいよ!」
「もーいいかーい!」
「まーだだよー!」
男の子が木の陰に隠れる。でも、身体がぼんやり光って見える。
「見えてるよー!」
アイリが笑う。
「あははー!そっか!」
男の子も笑う。
「じゃあ鬼ごっこ!」
「オッケー!」
二人が走り出す。でも、お互いすり抜けてしまう。
「タッチできない!」
「あはは!」
「じゃあ影踏みは?」
夜の公園で、白いライトが地面を照らしている。二人が地面を見る。影がない。
「影ないね!」
「そっか!あははー!」
二人で笑い転げる。
ツキヨミが少し離れたところから見ている。
珍しく、小さく笑った。
3.
ツキヨミがベンチに座って、スマホで検索する。
「15年前 公園 事故」
古い新聞記事が出てくる。男の子の名前。写真。
ツキヨミが男の子に近づく。
「 …お母さんは?」
男の子が顔を上げる。
「元気だよ! 時々ここに来るんだ」
明るい声。
「この前やっと、笑ってるところを見たよ。嬉しかったな」
「…そう」
ツキヨミが小さく頷く。
前を向いて生きている。良かった。
4.
ベンチに、学生服の少年が座った。
黒いリュック。小さな花束を膝に置いている。
リョウタ。
ツキヨミが近づく。
「 …よく来るね」
リョウタが驚いて顔を上げる。
「あ、はい」
「花束、誰に?」
リョウタが花束を見る。
「姉です。これから、供えに行くところで」
「 …そう」
ツキヨミが隣に座る。
「12年前に、事故で」
リョウタが小さく言う。
「僕のせいで」
うつむく。
ツキヨミは何も言わなかった。
ただ、月に照らされる雲を見ていた。
5.
アイリが遊びながら、リョウタを見た。
何度も振り返る。
「 …なんか」
立ち止まる。
「どうしたの?」
男の子が聞く。
「あの人、どこかで …」
でも思い出せない。
頭が少し痛くなる。
「 …気のせいかな」
「知ってる人?」
「わかんない。でも、なんか …」
アイリがじっとリョウタを見ている。
リボンが風に揺れる。
6.
ツキヨミの頭の中で、パズルが組み上がっていく。
リョウタの年齢。15歳。
事故の時期。12年前。
アイリの外見。5歳。
アイリが消えかける現象。
傘を強く握る。
アイリを見る。
リョウタを見る。
姉弟。
何も言わない。
7.
男の子がツキヨミの前に来た。
「あのね」
明るい声。
「もういいかも」
「…そう」
「アイリちゃんと遊べて、すごく楽しかった」
男の子が笑顔。
「寂しかっただけだから」
「…お母さんは、前を向いて生きてる」
ツキヨミが静かに言う。
「うん! だから、もう大丈夫」
男の子が頷く。
ツキヨミは傘を開いた。
男の子に傘をかぶせる。
「バイバイ!」
男の子が手を振る。
光が消えて、男の子も消えた。
「…バイバイ」
アイリが手を振る。
少し寂しそう。でも笑顔。
8.
リョウタが立ち上がった。
「あの、変なこと聞いてもいいですか?」
「 …なに?」
「姉は、どこにいるんでしょうか」
リョウタが花束を握る。
「まだ、どこかにいるような気がして」
ツキヨミは長い沈黙の後、
「…近くにいるかもしれない」
「え?」
「気づかないだけで」
リョウタが周りを見回す。
アイリの方を見る。
でも、見えない。
アイリもリョウタを見ている。
また頭が痛くなる。
「…あの人」
9.
月が雲から出たり入ったりする下で、二人は歩いていた。
「ねえ、あの少年」
「 …うん」
「なんか、知ってる気がする」
「 …そうかもね」
アイリが黙り込む。
「わたし、誰かの妹だったのかな」
ツキヨミは答えない。
ただコートのすそを開いて、アイリにふわりとかけた。
二人の後ろ姿。
物語が、動き始めた。
第4話 終わり
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