【ら行】

【ら】


落雷が落ちた。僕の頭に。

つい先日交通事故で緊急搬送され一命をとりとめ退院し、久し振りの外出に浮足立って駆け出した時だった。なんて不運だ。この先含め、自分史上不運ベスト一位の出来事じゃないだろうか。

いや、僕の中だけではなく世界中でみてもこんなことはないんじゃないか?重大ニュースやバラエティの衝撃ビックリ映像として紹介されてもおかしくないだろう、これは。そう思いながら横たわって空を仰いでいた。立ち上がることは難しそうだ。あぁ、このまま今度こそ死ぬのだろうか。目をゆっくり閉じる。なんだか眠くなってきた気もする。

「大丈夫ですかぁ」顔に影がかかる。なんともこの状況を見て出す声としては拍子抜けする声だ。僕は薄っすらと目を開ける。そこには全身黒い服で覆われた今流行りなのだろう、ゴシック?ロリータ?そんな感じだったような……。そんな女の子が顔にかかった髪を耳にかけて覗き込んでいた。


「手をかしますよぅ」

そう言って僕に手を伸ばす。僕は起き上がるのが少し辛かったが、手を伸ばすと思いのほか簡単に立ち上がれた。

「あらぁ。お上手ですねぇ」そう言って女の子は起こした僕の手を放してパチパチと拍手をした。なんだよ、こいつ。僕は少しくらい心配してくれてもいいんじゃないかと思った。

「あぁ。そうですよねぇ、お前誰だって感じですよねぇ。私、死に神なんですぅ」

「……は?」僕は思わず声に出してしまった。「は?」は助けてもらった人間に対して失礼だったか。だがそれよりもなんだ?死に神?もう情報過多で意味が分からない。

「死に神って知ってますぅ?」女の子はそう言ってまた顔を覗き込む。僕は度重なる不運に見舞われ苛立っていた。

「あのねぇ、雷に打たれて倒れているやつに対して心配どころか冗談を言うなんて君、思いやりのかけらもないんじゃないの?病院に行きましょう、とかさ。なんかあるでしょかける言葉」僕が頭をさすりながら言うと女の子は目をぱちくりしながら言った。

「でもぉ。見てくださいよぉ。ほら、下」女の子は地面を指差す。遊びに付き合ってる暇はないんだよなと思いつつ指差す方を見る。

「……は?」そこに横たわっていたのは僕だった。ピクリとも動かない、まるで死んでいるようだ。

「ね?あれ、あなたですぅ」気の抜けた声。それよりも自分を見ている僕は何者なんだ?死んだのか僕は?それとも幽体離脱ってやつか?いや、頭を打ったから夢を見てるんだな。そうだ、違いない。きっと今頃病院のベッドにいるはず。

「残念ながらそれはないですぅ。あれはあなたですぅ。ちなみにこれからあなたが発見されるのは一週間後。雨が降ってぇ、ドロドロになってぇ。あ、あまり聞きたくないですよね、自分の最期なんてぇ。とにかくあなたは今ここで死んでしまいましたぁ。なので私が迎えにきたのですぅ。さぁ行きましょうねぇ」僕の考えがすべて読めているように女の子は言う。

「あぁ、ちなみにぃ。私女の子って歳ではないですしぃ、年齢や性別もないんですよぉ。まぁそんなこと気にすることなくあなたは私と来るのは決まっているので行きましょうねぇ」

いやいやいや!そんな漫画みたいなこと言われても信じられるわけないって!死にたくない!せっかく事故から奇跡の生還をしたんだ!

これからやりたいこともいっぱいあるしなによりまだ若い!僕は首を思い切り振り、抵抗した。

「はぁ。そうですかぁ。確かにそうですよねぇ。じゃあこれならどうでしょうかぁ。寿命を全うした後は私の眷属になって一生、と言うのはおかしいかなぁ。死はないから。まぁ、そんな感じになってくれますかぁ」意味はよくわからないが僕は生き返れるのならなんでもすると言った気持ちで、何度も首を縦に振った。

「わかりましたぁ。その時は必ず迎えにきますからねぇ」そう言って死に神は消え、気が付くとまた僕は病院で目を覚ました。


「ペロ!目を覚ましたのね!」そう言って飼い主のみぃちゃんが抱きつく。涙をポロポロ流して僕を強く抱きしめた。その顔を見てどこか見覚えのある顔と気の抜けた話し方をするナニカを思い出したが、みぃちゃんの笑顔を見たらそんなことはどうでもよくなり、みぃちゃんの頬を舐めてまた眠りについた。


【り】


「両親を早くに亡くしておばあ様が亡くなって。事故だったのでしょう?お気の毒に」

「ご両親を亡くしたのもまだ小さい年頃だったのでしょう?何か困ったことがあればいつでも相談してね」

「はい、ありがとうございます。ちょっと失礼しますね」組んでいた手の甲を見ると爪の跡がくっきりとついていた。血が少し滲んでいる。洗わなきゃ。

こんな時代だから片親や両親がいないことなんて大しためずらしくもないが、そんな人間を見下す奴はいる。それで自分は幸せと小さな優越に浸っているのだ。馬鹿らしいがこれが現実。ゴミみたいな奴らばかり。

「人類なんてみんな滅んじゃえばいいのに。その方が地球も汚染されなくなってみんな幸せになるだろうな。僕も含めて」だけど今日も人類が一掃されることはない。僕が生きている間、その時はこないだろう。

《一掃、しましょうか》声が聞こえた次の瞬間、目の前が光でいっぱいになり僕は目を覚ました。どれくらい倒れていた?ここはどこだ?辺り一面何もない焼け野が原。さっきまでいた人間達は?

《幸せになれるようにしたのですよ、人類を一掃して。一掃すれば幸せになるだろうと言っていたでしょう?僕も含めて……と》


【る】


留守番電話が怖い。

僕も今はいい大人で結婚して子供もいるが今でも留守番電話は怖い。相手の声が聞こえて会話ができるのなら怖くはない。受け答えができる相手がいると言うのは逆に安心する。だが留守番電話は駄目だ。一方的に話を聞かされて返すこともできない。自分が今いる時間ともっと遡った過去からの声だから尚更気味が悪い。

一度妻にその話をしたが大声で笑われたのでそれ以来この話はしていない。


そもそもなにもないから怖いわけではなくちゃんと理由がある。子供の頃の話だが今も鮮明に頭に残り忘れられない。

あの日、黒電話から買い替えをしてファックスと留守番電話機能がついた最新の電話機がうちにやってきた。小学校高学年の時だったと思う。

新しい家電というものはどんなものでもワクワクするもので、それは家族みんながそうだったと思う。父が一番に弟に電話をかけ、新しい電話を買ったからかけてみたと受話器越しに話しているのをみんなで電話の近くに集まり聞いていた。

次に母が祖母に電話をかける。

「お母さん私よ、新しい電話をお父さんが買ってくださったの」と両手で受話器を持ち、ちょっと緊張した様子だ。

「お前も誰かにかけてみるか?」父が僕に聞いたのでおじいちゃんと話したいと言うと父に笑顔で受話器を渡された。

「前の電話とは違うがやり方はわかるな?ボタンを押せばかかるから。じいさんの番号はえっと……あった、これだ。ほらやってみろ」そう言って電話帳の祖父の番号を押す。

トゥルルルル……と耳元で呼び出し音が鳴るが祖父は出ない。

番号を間違えたのだろうか。電話を切りもう一度かけ直す。やはり祖父は電話に出なかった。もう夜も遅くなってきているから寝てしまったのかもしれないわね、明日かけましょうと母が言いその日は眠りについた。

夜中。何時頃だろうか。電話の着信音が下から聞こえる。僕の部屋は二階だったから遠くから少し聞こえる音といった感じだ。眠気に負けてまたウトウトと眠りにつきそうな時にまた電話の着信音が鳴った。お父さんとお母さん、気付いていないのかな。僕は下の階に降り鳴り続ける電話の受話器をとった。

「もしもし」

「おぉ、やっと出たか。随分長いこと呼んでいたんだがな」おじいちゃんだ。

「どうしたの?こんな遅い時間に」

「あぁ。まぁ最後に声を聞きたくてな。本当はみんなの声を聞きたかったんだが。寝てるか」

「うん。みんな寝てるよ」

「そうかそうか。まぁお前の声を聞けただけでも十分ってやつだな。達者でな」

「おじいちゃん?」こんな夜中になにを伝えたいのだろう。

「あぁ、そうだ。もし何かあったらわしを呼べ。すぐには助けられないかもしれん。だからといって諦めてはいかん。必ずお前を助ける。じいちゃんを信じて生きるんだ」そう祖父が言うと電話は切れた。


「昨日の夜中におじいちゃんから電話が来たよ。何度も鳴ってたけどみんな寝てたから僕が出たの」翌朝起きて夜中の出来事を父と母に話すと二人は驚いた顔で僕を見る。

「そんなわけないわよ。だっておじいちゃんは二日前に亡くなっていたのよ、自宅で。さっき連絡がきて驚いちゃったんだから。昨日電話をかけた時にはもう……。もっと早くに連絡していれば……」母はそう言って今からおじいちゃんのところに行くから準備しなさいと僕に言った。

おじいちゃんのお葬式が終わって家に帰る。父と母はこれからのことを話しながら荷物を車から降ろしたりしていた。電話の方を見るとチカチカと光っている。

「ねぇ。電話光ってるよ」父と母に向かって言うと留守番電話だろうと言う。説明書を見て再生できそうならやってみろと言われ留守ボタンを押した。

「メッセージは一件です」無機質な女の人の声が聞こえ、その後にメッセージが再生される。無事に家に着いたかというおばからの連絡だった。それを母に伝えると折り返し電話をするからと言い、その夜は出前をとり就寝した。

次の日。どれくらい葬儀が長引くかわからなかったので多めに休みをとっていた僕は留守番をしていた。みんなは学校だから遊ぶ相手もいない。家に誰もいないから、電話も留守番電話設定だ。


トゥルルルル……

あ、電話だ。

部屋でゲームをしていた僕はその音に気付いたが、学校を休んでゲームをしているし留守番電話だから放っておけばメッセージが入るだろう。

トゥルルルル……

「只今、留守にしています。ご用件のある方は―」無機質な声が聞こえる。

トゥルルルル……

トゥルルルル……

トゥルルルル……

何なんだ、いったい!誰がこんな何度も電話してきているんだ?それに留守番電話になっているんだからメッセージだって残せるのに。僕は電話へ向かう。留守ボタンは光っているからちゃんと機能はしているだろう。僕はボタンを押した。


少しの静寂。その後に音割れした機械音のようなものが入り乱れて聞こえ、鼓膜が破れそうになり立っていられずその場に座り込み両耳をふさぐ。だが音はやまない。時折声のようなものが混じって聞こえる。

《殺された》

《お前も道連れだ》

《不幸になれ》

恐ろしい言葉と機械音に僕はより一層強く耳を手で押さえつけた。

「誰か!助けて!助けて!」そう叫んでも音にかき消される。僕はそのまま意識を失った。

目が覚めるとそこは病院だった。父と母が目を覚ました僕を見て安堵している。母は涙を流し僕の手を握り何かを喋っているようだ。だがなにも聞こえない。両耳をおさえると包帯が巻いてある。母は僕に何かを話しかけているが何を言っているのかわからず首を振る。母は父にすがりつき泣いていた。父も険しい顔をしていた。

退院した後も僕の耳は聞こえないままだった。病院で紙になぜ耳が聞こえなくなったか理由を書いたが、電話の故障という事で片付けられた。機械音は確かにそうなのかもしれない。でも再生した留守ボタンの話をしても履歴を見てもそこにはなにもなかったと両親は言う。こんなことで嘘はつかない。あんな奇妙で恐ろしい体験をしたんだ。何度もあの日にあったことを伝えようとしたが精神的疲労が重なっていて混乱している、このままだと心の病院へ連れて行くしかないと言われ、それ以来僕はあの日のことは気のせいだったとみんなに言い口を閉ざした。


僕の耳は回復しないまま時間だけが過ぎていく。電話は必要だし黒電話に戻すのもなぁと両親は悩んでいたが、機械音の故障というのであれば買い替えれば問題ないんじゃないと僕は言い、新しい電話機を買った。耳が聞こえないままみんなと授業などついていけるはずもなく、僕は聴覚が回復するまで自宅学習となった。

どこにいてもなにをしていても無音の世界。僕は独りぼっちだという悲しい気持ちになってふさぎ込むことが多くなった。

おじいちゃんが亡くなってから一年。まだ僕の耳は聞こえない。いつ回復するかわからないのに生きていてもしょうがない。あの日の出来事だって僕の妄想なのだとまわりは思っているだろう。それはそうだとも思う。いきなりわけのわからないことを言って耳が聞こえなくなったら誰でもおかしくなったと思うだろう。

だけどそれでも信じてほしかった。僕は嘘なんてついていないということを。

本当にすごくすごく恐ろしい思いをしたということを。

「おじいちゃんのところに行くわよ」母が手話で僕に話しかける。僕の耳が聞こえなくなったあの日から両親は手話を勉強したり家の中にも来客や電話が鳴るとランプが光るように改装したり、僕が不自由なく生活できるようにしてくれた。だがそんなところも僕を苛つかせたのだ。

あの日、側にいてくれたら。僕が助けを求めた時すぐに留守番電話を止めてくれていれば。そんなことばかりが頭をよぎってしまい、両親の好意を素直に喜べない自分のことが大嫌いだ。


おじいちゃんの家に行く準備をする為部屋で荷物をまとめる。その時頭と耳が急に痛くなった。耳鳴りが酷い。準備はできたかと母が部屋に入ってくる。

頭を抱え座り込んでいる僕を見て母は驚き、ベッドに寝かせてくれた。

両親はひどく心配していたが、休んでいれば良くなるからおじいちゃんのところへ行ってと言うとなにかあればすぐ連絡してと部屋を出ていった。僕は睡魔に襲われすぐに眠りについた。

ぼんやりとした眠気の中で目が覚める。父と母はおじいちゃんのところへ着いたのだろうか。

あの日、おじいちゃんからかかってきた電話で話せたのはなんでだろう。もうおじいちゃんは死んじゃってたはずなのに。それにお前の力になるって言うのもどういうことだったのだろうか。


トゥルルルル……

また電話が鳴っているみたいだ。ランプが光る。もちろん電話にはでない。聞こえないのだから出ても話せない。

トゥルルルル……

またかかってきた。留守番電話にメッセージを残せばいいのに。そう思いながら電話のある下の階へ行きソファに横たわる。電話の方を見ると受話器が外れコードでぶら下がっていた。

おかしいな。階段から降りてきた時にはちゃんと置いてあったのに。

なにもないのに受話器ってそんな簡単に落ちるか?僕は電話機の方へ行き受話器を戻す。留守ボタンが光っている。どうせ聞こえないがなんとなくボタンを押してみた。

「メッセージは一件です」また無機質な声でそう言っているのだろう。無音の時間。その時また受話器が落ちた。なんだ?!触ってないぞ?驚き受話器をとる。何気なく耳元に受話器を当てる。

「やっと繋がったな!」声がする。声がする!僕は驚き言葉を発そうとするがずっと喋っていなかったから急に声は出ない。

「じいちゃんだ!わかるか?」あぁ、おじいちゃん。おじいちゃんの声だ……。懐かしくて僕は涙がこぼれた。

「聞こえているみたいだな。遅くなってすまなかった。もう大丈夫だ。大丈夫だからな」そう言って電話が切れた。受話器を持ったまま立ち尽くす。

きゃははははっ!ブーン。チチチチチッ!なんだ?音がする。子供の笑い声。車の音。鳥の鳴き声。

「聞こえる……」僕は留守ボタンを押した。

「メッセージは0件です」無機質な声が聞こえる。テレビをつける。ラジオもつけてみたがちゃんと音がする。


僕の世界に音が戻った。


夜遅く。父と母が帰ってきた。

「ただいま」母は僕に向かい手話でそう言う。

「お……かえ……り」うまく話せないが声は出た。いつもは手話で返す僕に母は驚いている。

「あなた、聞こえてるの?!」僕は頷く。母は僕に駆け寄り強く体を抱きしめて泣いた。それから僕は音が聞こえる世界に戻った。医者もなにがあったのか医学的には説明ができない奇跡だと言っていたが本当にそうだと思う。おじいちゃんが助けてくれた奇跡。留守番電話が怖い理由はこの出来事。

誰に言っても信じてもらえないから僕とおじいちゃんだけの秘密の話。

でもまぁ、またおじいちゃんと話せるなら留守番電話機能も悪くないかな。


【れ】


「零時……をお……知らせ……します。〇〇国テレビより……零……時」

「こちら△△国!聞こえますか!応答せよ!応答せよ!」答えは帰ってこない。

「なんだよ!また駄目だ!」無線を投げる。双眼鏡で外を見る。なにもない。焼け野原が広がる大地。


「どうすればここから戻れるんだよ……」今更になってあの世界が懐かしい。

「無い物ねだり、隣の芝生は青く見える……か」盛大な溜息が出る。あんな人生だったが今よりはマシだったのかもしれないな。


あぁ。あんなことを呟かなければ。まさにこれが後悔先に立たず。


【ろ】


路地を曲がった時にナニカとぶつかった。咄嗟に謝ると中折れ帽を深くかぶった背の高い人が帽子を押さえ頭を下げる。私の背は小さい方だから余計そう感じたのかもしれないが、とても背が大きくて細い身体をしていたように思う。顔はよく見えなかった。


また別の日。今度は友人と食事をした帰りの電車に乗ろうとした時。反対の駅で見覚えのある姿を見た。あの時の人だ。なぜかそう確信した。同じ中折れ帽に黒いジャケットを着て両手をだらりと垂らし立っていた。電車の街灯があるはずなのにまた顔はよく見えない。なぜだろう、通り過ぎる人達は表情までわかるのに。

こちらに気付いたのか、また帽子を押さえ頭を下げている。向こう側の電車が到着してホームが賑やかになる。こちらの電車はまだ来ない。向こう側の電車が走り出す。そこにはまだナニカが立っていた。

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