【は行】
【は】
花火が上がる。夜空に広がる大輪の花。今年もこの季節がやってきた。あなたと会える唯一の日。今年もあの石段に座って見ましょう。ほら、隣に座って。毎年見ているけれど、年々進化しているみたいね。音楽が流れたり機械で操作しているのもあるみたいよ。見て!求婚の言葉よ!素敵ね。
あぁ。終わりが近付いているみたい。あのしだれ柳のような花火が毎年最後よね。今年も終わってしまうのね。また来年まであなたに会えないなんて。寂しくて悲しいわ……。でも会えないわけではないのよね。織姫星と彦星みたいで一年に一度というのはそれで素敵だったりするわ。
人が帰っていく。あんなにたくさんいたのに。私もあなたと帰りたいけどそれは叶わないのよね。わかってる。わかっているわ。この後どうなるかも。どんなに避けようとしても避けられないのよね。悲しいけれど。じゃあまた来年。
彼女は立ち上がる。石段を数段降りる。下駄の鼻緒が切れて何段もの石段から落ちていく。そしてそのまま消えていった。
あの日から今年で七十五年。わたしの歳も九十だ。こんなに長く生きるとは思わなかった。この間の検査で癌が見つかり余命宣告をされた。もって一年。短くて半年らしい。彼女のことが忘れられずずっと一人で生きてきたがとうとうその時がきたか。
長生きし過ぎる程長く生きた。君の元へ何度もいこうと思ったが、ここに君が
毎年来るものだから結局思いとどまってこの歳まできてしまったよ。
欲をいえばあと一年。最期はこの場所で迎えたい。この神社の人間には迷惑をかけてしまうかもしれないがね。わたしがいかなければ彼女はきっと悲しんで毎年ここへ来てしまう。それならば来年を見納めにして一緒に連れていってもらえればそれ以上幸せなことなどないんだが。
さて。石段から腰を上げて一歩一歩降りる。よくこの歳まで石段を登ってきたものだ。あと一年。よろしく頼んますわ。火薬のにおいがする空に向かい手を合わせる。
【ひ】
緋色で手が染まる。洗っても洗っても手のひらから腕が緋色で染まっていく。
川に顔を映す。よく見ると目が緋色になっている気がする。目をこすりまた川を見る。今度はさっきよりもっと濃い色だ。後ろを振り返る。横たわる白い狐。手は赤く染まり血だまりができている。横には小さな子狐が二匹。親狐の周りをクルクルしながら体を舐めている。
親狐は私が殺した。森の中で鉢合わせ驚いた親狐が飛びかかってきたので咄嗟にナイフで刺してしまったのだ。親狐は子狐を守る為に私に飛びかかってきたのだろう。
あぁ。もうこの緋色は皮膚に染み込み私の一部になってしまった。きっとあの閉じた親狐の目も緋色なのだろう。
その時子狐達がこちらへ走ってきた。私の周りをクルクル回る。そして毛づくろいするように手を舐めるのだ。私は立ち上がり土を掘った。そしてそこに親狐を埋める。子狐達は川辺でじゃれ合っている。
手を合わせると土の上に先程埋めたはずの親狐が座ってこちらを見ている。
《私を刺したのは仕方のないことだと思っています。私は子供達を守らなければいけなかった。あなたは襲い掛かる私から自衛をしなければいけなかった。だけど私を殺したのは事実。あの子達を不幸にしたら絶対に許さない……》
子狐達はこちらへ走ってくる。そして私のひざの上に乗る。私は子狐達を抱きかかえ立ち上がり頭を下げる。親狐は目を細めて子狐達を見ていた。とても優しい顔だった。
私は歩き出す。子狐達と同じ緋色の目で振り返らず前だけを向きながら。
【ふ】
部落が一緒だったおばあちゃんが死んだ。会うといつも飴玉をくれた優しいおばあちゃんだった。遠くの方で小さな灯りがポツリポツリと灯っている。この辺りの夜道はとても暗い。家までの道はまだまだ遠い。母の手をぎゅっと握る。母は真っ直ぐ前を見て手を握り返す。
「後ろを見ては駄目よ。おばあちゃんがいるからね」僕は怖くなり母の腕にしがみついた。母は少し笑って言う。
「他の人もついてきているからね。明日おばあちゃんが好きだったかぼちゃの甘煮を持ってお家に行きましょう」暖かい空気と冷たい空気が混ざり合った帰り道。
【へ】
ベッドに横になって手をだらりと下におろすといつもソレが手を握ってくれた。
最初のうちは驚いて何度もベッドの下を見回したけど何もいない。ソレは眠りにつくまでいつまでも手を握りしめてくれる。
暖かくて心地よい。
大丈夫、いつも側にいるよと言っているように……。
【ほ】
「ほりおこしてはいけない物語」って誰しもがもっていると思うの。話したくても話せない、それ以上詮索はしてはいけない。本能でそう感じる話。
ここで話している人達はみんなきっと核心までは話していない。話してしまうとどうなるかわからないから。いや、もう話すこともできないのかもしれないけれど。
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