scene 2. “And how is the weather?, So happy together”
あれやこれやと準備万端整えて、新しい年を迎えた一月一日。
いよいよ明日は結婚式というその日、テディとルカはその日いちばん早い便でプラハからブリストルへと渡った。そわそわと夜更かしをして寝不足のルカと、朝に弱いテディは離陸して間もなく並んで眠りこけていた。
ブリストルの空は厚い灰色の雲に覆われていたが、雪は降っていなかった。プラハよりも気温はやや高いが、湿気の所為かぞくぞくと冷えを感じる。
「……なんかもう、こんな時期に結婚式なんてほんとに迷惑だなって後悔し始めてる……」
キャスケットを深くかぶり、ステンカラーコートの前を合わせながらテディは呟いたが、ルカは軽く笑いとばした。
「大丈夫だって。俺は雪が降ってくれたら真っ白で映えるなって思ってるくらいだぞ。想像してみろよ、雪景色のなかの教会。綺麗だろ」
カシミアのチェスターコートにセーター、ニット帽、マフラーとしっかり着込んだルカの笑顔に、テディはなにも云わず肩を竦めた。
ホテルにチェックインして約束の時刻にウェディングプランナーと顔を合わせ、ふたりは出席者リストと引き出物の確認など、必要なことを次々と済ませていった。教会では牧師と挨拶を交わしたあと、かんたんなリハーサルもした。冬の光を柔らかく通すステンドグラスを見あげて、ルカは穏やかな表情で目を細め、テディの手をぎゅっと握った。
教会を出ると、次にふたりはウェディングレセプションを行うマナーハウスを訪れた。
丘の上に佇むマナーハウスは、手入れの行き届いた芝生の庭に囲まれていた。石造りの外壁と、左右対称のファサードが印象的だ。ここへは結婚の日取りを決め、準備を始めたばかりの頃に一度来ていた。もっと小さなところで、内輪だけでと云っていたテディもひと目で納得した、壮麗でありながら素朴な温かみを感じる邸宅だ。
扉をくぐると、まず目に入るのは白い壁と高い天井の開放的な空間だ。広いエントランスホールからは濃い木目の大階段がゆったりと曲線を描き、二階まで伸びている。その両側にはアポロンとアルテミスの像があり、重厚な雰囲気を漂わせていた。
「当日はこちらの暖炉にも火を入れまして、マントルピースの上と両側にお花を飾ります。あちらのコンソールテーブルにはお花とキャンドル、お二方の写真も飾らせていただきます」
「うん、いいね」
プランナーから説明を受けながら、テディとルカは各部屋をじっくりと見て歩いた。中心にある
満足そうなルカの顔をちらりと見やり、テディはさりげなくそこから離れた。
あとは生花が入るだけという館内を見まわしてみても、テディはまだいつもと変わらない心持ちでいた。
ルカが幸せそうに浮かれているのを見るのは嬉しいし、いよいよ結婚するんだと思えばなんとなくほっとする気もする。けれども、テディはルカのように気分が高揚したりはしなかった。
ルカとは学生の頃からずっと一緒にいる。結婚しようがしまいが、それはこれからもずっと変わらない。神の御前で永遠の愛を誓うとか、法的に本当に家族になるとか、自分にはあまりぴんとこない。信心深いほうではないこともあるが――自分はルカを愛しているし、なにがあっても離れないつもりだ。それで充分だとテディは思っていた。
大広間の片隅に設けられている、小さなステージを見る。そこにはアンプラグド・ライヴができるようスネアとハイハットシンバル、ベースドラムだけのスモールドラムキットと、ローズ・ピアノが設置されている。ドラムスローンの脇にはスティックとブラシ。ギブソンとオヴェイションの二本のアコースティックギターも、その脇に立てかけられていた。テディ用のオヴェイションのアコースティックベースもある。パーティの頃合いを見て、ジー・デヴィール全員で何曲か披露する予定なのだ。
演奏を始めてしまえばパーティでも気は楽になるかもな、とテディはふっと笑みを浮かべた。そして反対側へと歩き、まだ見ていないドアを開けてそっと中を覗く。そこはゲスト用の
部屋かと思って開けたことに苦笑しながら、大きな鏡に映る自分を見る。優美で穏やかな大広間とは対照的に、自分の表情はどことなく暗く、硬かった。明日には結婚式を挙げるという幸せの絶頂にある者には見えないなと、テディは自嘲気味に唇を歪めて笑った。
結婚に途惑っているわけではない。たぶん自分は、ルカのように気分が高揚しないことに途惑って――否、ルカと同じように幸せを噛み締められない自分に、落胆しているのだ。
ルカが自分を愛してくれているのと同じだけの愛を返したいのに、最初からこんなにも温度差があるなんて。
テディは冷たい水に手を浸し、気持ちを切り替えようとするように顔を拭った。
* * *
ホテルに戻ると、ロビーでレジーが待っていた。こっちを見るなり立ちあがった彼は、いつもの派手なモード系の恰好で手をあげた。バンドのヘア&メイクを担当してくれているレジーは、式で自分たちのドレスアップを手伝ってくれる。
「見てきたわよー! 最高じゃない、あのフロックコート! ブリティッシュ ジェントルメンだわぁ~、着たところを見るのが楽しみ!」
レジーは恰好こそお洒落な男性モデルのようだが、喋り方はいつも芝居がかっていて、手をひらひらさせながら表情をころころ変える。なんとなくほっと気が緩み、テディは「俺もレジーがなに着てくるか楽しみだよ」と笑った。
ふたりの花婿たちは、衣装をクラシカルにフロックコートで揃えていた。ルカはアイボリーのコートとトラウザーズに白いシャツ、ベージュブラウン系のベストとアスコットタイ。靴もアイボリーだ。テディのコートとトラウザーズは青みがかったグレーで、白いシャツにアイボリーのベストと淡いブルーのアスコットタイ、靴は黒で引き締めている。
これに加え、明日の朝には生花で特注したブートニエールが届き、ルカは指環を持参する。シンプルなプラチナリングだが、内側にはリポリッシュしたアンティークの宝石が、ふたりのイニシャルと愛の言葉の間に埋めこまれている。ルカは十二月の誕生石であるターコイズ、一月生まれのテディはボヘミアンガーネットと呼ばれる深い赤のパイロープだ。
「じゃあ明日ね。お肌が荒れないように今夜はお酒は控えて、早めにゆっくり寝むのよ。初夜は明日のお楽しみよ~」
レジーと別れ、くすくすと笑いながらテディは呟いた。
「今さら初夜もなにもないよな」
「そんなことないだろ、特別だよ」
臆面もなくそう云ったルカを、テディは呆れて見た。ルカは大真面目にそう考えているらしく、感慨深そうに笑みを湛えている。
その夜。ふたりはホテル内のレストランで食事を摂ると、レジーに云われたとおりゆっくりと部屋で過ごし、いつもより早い時刻にベッドに入った。
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“And how is the weather?, So happy together”
♪ "Happy Together" The Turtles, 1967
≫ https://youtu.be/pSw8an1u3rc
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GOD ONLY KNOWS 烏丸千弦 @karasumachizuru
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