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休職を伝えてから、連絡は取っていない。
なぜ今、と思いながらも、指は通話ボタンを押していた。
耳に当てると、少しのノイズのあとに、
懐かしい声が響いた。
「……陸? あんた、元気にしてるのかい?」
久しぶりに聞く母の声だった。
柔らかいイントネーション。
それだけで胸の奥が熱くなる。
「……うん、まあ、なんとか。」
自分でも驚くほど声がかすれていた。
「なんとかって、あんた……。
ちゃんとご飯食べてんの? 寝れてるの?
無理してないべさ?」
言葉が一気に流れ込んできて、
その優しさが胸に刺さった。
懐かしい響きが、部屋の冷たい空気に少しだけ温度をもたらす。
「うん……食べてる。大丈夫だよ。」
「ほんとに? なんも困ってることないの?
お母さん、心配で心配でね……。」
その声は少し震えていた。
泣きそうになっているのがわかった。
俺は喉の奥に言葉を詰まらせながら、
小さく「平気」とだけ答えた。
電話の向こうで、何かを畳む音がした。
洗濯物かもしれない。
あの家の生活音。
その音を聞いているうちに、
自分の部屋の静けさがひどく異質に感じられた。
「そっちは雪、まだ降ってないのかい?」
「……こっちは、もう寒くなってきたよ。」
「そっかぁ。風邪ひかないようにね。
あんた昔から喉弱いんだから。
ほんと、あったかくしなね。」
母の声が、遠い過去の冬を思い出させた。
ストーブの前で、湯気の立つ味噌汁の匂い。
あの小さな台所。
懐かしい映像が、頭の中で一瞬だけ明るく灯った。
「……ありがとう。」
声が少し震えた。
それ以上は何も言えなかった。
「また電話すっからね。
なんかあったら、いつでもかけておいで。
お母さん、ずっと家にいるからさ。」
「うん。……わかった。」
電話が切れたあと、
耳の奥に残った母の声が、
いつまでも消えなかった。
あの柔らかい訛りが、
まるで遠い雪の降る夜の匂いみたいに残っていた。
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