第2話 指の役割
話の流れからトイレの話に進もうと思うのだが、これは昔々のことだし、僕が訪ね歩いた安宿のことなので、今はもう違うかも知れないし、当時でも普通の観光客の経験とはずいぶんと違うかも知れない。
明らかに日本と違うのは、トイレットペーパーがない、ということだった。汲み取り式のところも水洗式のところもあったが、トイレットペーパーがない、という点では共通していた。
では、「小」はいいとして「大」の時はどうするのか。実は、トイレには必ず、半リットルぐらい水が入る、大きな手持ちのあるプラスチックのカップが置いてある。それに事前に水を汲んでおく。「大」が済んだ後、その大きな手持ち部分を右手でしっかり握って背後に回し、お尻の後ろからそれで水を流しながら、左指で便を拭き取るのである。多少コツはあるが、やってみればそんな難しいものではない。
今この文章を読んでいて、のけぞった人がいるかも知れないが、技術的にも心理的にも、要は慣れだ。毎日それを繰り返していれば、当たり前になる。さらに言えば、慣れてしまうと紙に対して不潔感を覚えるようにさえなる。だって、水で流せば全部きれいに流されてしまうのに、紙に固形物を擦りつけるのって、なんか汚くないですか。
それに健康にもいいと思う。トイレットペーパーは、よくよく考えてみると、もとを正せば木だ。木材だ。たとえ柔らかくなっても、それは、やはり木の繊維である。そんなもので柔らかいお尻の粘膜をゴシゴシと擦るのは痔を悪くする。水をかけながら柔らかい指の皮膚でお尻の粘膜を撫でる方が安全だ。それにその方が粘膜に対する感覚が敏感になる。紙で拭いていると粘膜が鈍感になってくる。これがよくない。便秘の一因でもあったりしないか。
水で洗っても指が臭いだろう、という心配があるかも知れない。確かに、水で洗うだけなら、その指を鼻に近づけると、ちょっと嫌だ。だが、「大」の後ってたいてい石鹸で洗いませんか。さすがにそうすれば匂いは取れる。一日一回のことです。それに、これは個人的な感想だが、日本みたいに匂いを気にして無臭を目指すっていうのもどうなんだろう。この感想はあまり受けいれられないかも知れないが。
指を使うことについて書いたところで、話を食事に戻そう。インドでの食事といえば指。インドでは、食事に箸を使わないのは当然のこととして、ナイフやフォーク、スプーンも使わない。指のみを使うのだ。少なくとも、当時の私のインドでの食生活はそうだった。まれに普通の観光客も来るような、ちょっといいところで食べたり、泊まったりすると、スプーンとかあるところもあったかな、という程度。基本的には指を使う。そして使うのは、右手のみ。なぜ右手のみなのか、その理由はわかりますね。そう、左手は、そういう時に使う手だから。しかも、食事のほとんどはカレーです。
この指のみを使うっていうのは本当にすばらしい習慣だった。食べ物を味わうのは、舌と嗅覚だけではない。指を使っても味わう。全身で食べる、とまで言えば言い過ぎかも知れないが、食事とは、ただ口だけの行為ではないのだ。それにそうすることで、不必要に熱いものや冷たいものを避けるようになるので体にもいい。日本に戻ってきて、ナイフやフォークを使うのはもちろん、箸を使うのも、まどろっこしくて仕方がなかった。食べ物との間に、邪魔になる不必要な媒介物がある感じがして、何か嫌だった。もちろん、帰国後一ヶ月もするとそんな感覚はなくなるのだが。
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