第12話 謁見の間にて
太陽は沈み始めていて、もう夕方に差し掛かっている。
王都民たちは夜に働く人以外はもう家に帰り始めているだろうし、領民も夜の見張り以外は夕飯の支度を始めていることだろう。
―― 父上から「それはもちろん、国王陛下だよ」と言われて、驚きのあまりポカンとしていた俺たちは父上に抱えられて一旦部屋に戻された。
そこからは怒涛のような時間だった。
急いで普段着に着替えて、馬で王都中心街に移動する。
うちが王都に来たときに利用しているブティックに連れてこられて、既製品の正装を選んだら急いで飯屋に行って昼飯食って、食後落ち着く間もなくブティックに逆戻りして正装に着替える。
俺は襟付きシャツにベスト、アスコットタイ、ジャケット、ズボンにブーツ。
エレンはペールミントのベルスリーブのドレスで、子どもらしくアイボリーのレースがふんだんに使われている。靴はヒールなしのパンプスだ。
着た感想? 当然ふたりとも「動きづらい」だった。カチカチの格好より木綿やリネンなどゆるっとした服がいいな、俺は。
で、正装に着替えた父上がいつの間にか呼んだ城からの貸し馬車に乗り込んで、入城。
通された応接室で待たされたのは30分ぐらいだろうか。
部屋にやってきた近衛兵士から「陛下がお呼びです」と言われ、俺たち兄妹は父上に連れられて謁見の間に生まれて初めて足を踏み入れた。
―― だらだらと手のひらから汗がにじみ出ている気がする。
謁見の間で父上の後ろをヒナのようについて歩き、立ったまま父上が頭を下げたタイミングで俺もエレンも同じように立ったまま頭を下げた。あれ、女性だとこの場面って膝を軽く曲げるカーテシーってやつじゃなかったっけ? もう分かんねー。
隣で頭を下げたエレンの動きがカクカクで、まるで魔石の魔力が切れかかった動きの鈍い
父上はひとつ、間を置いてから口上を述べた。
「
「よいよい。3人とも、顔を上げよ」
顔を上げると、玉座が見えた。
そこに父上ほどの年齢の男性がゆったりと座っていた。その彼の頭の上には、この国ではただひとりしか被れない王冠、そしてその宝石がキラリと輝いている。
俺たちが住んでいるこの国、プレヴェド王国の現国王、マース・プレヴェド陛下だ。
優しげなその眼差しにちょっとホッとするが、視線をちょっと動かした先、陛下の隣に立っているいかつい顔をしたひとがじろりと俺たちを睨みつけている気がする。
なお、俺たちのマナーレベルだが。
「兄さま、王族への礼儀作法ってどうやるんだっけ!?」
「落ち着けエレン、俺も忘れた!」
なんて応接室でバタバタするレベルである。
父上から「僕と同じように動けばいいよ」としか言われてないのでそのとおりにしているが、不安しかない。
父上と陛下が何か話しているけど、緊張でさっぱり頭に入ってこない。
スピネルとムーデルの名前が出てるから、たぶんあのワイバーン親子に関して話してるはず。つーか、それが目的だったよな確か。
そう考えていると、父上から「イェンス」と呼びかけられてハッと我に返る。
「っ、はい!」
「スピネルが《竜の試練》と位置づけたであろう出来事を、陛下に伝えなさい」
「え、と……俺が卵を温めた件ですか?」
「そう。こっちにおいで」
手招きされて、エレンをちらと見る。
表情はいつも通り真顔だが、そのメガネ越しの慣れない色の瞳は不安で揺らいでいた。
……頑張らなければ。俺が、ちゃんとエレンの兄だと胸を張って言えるように。
背筋を伸ばして、深く息を吸って。
まっすぐに、陛下を見つめる。
「テュール・ラウテル辺境伯が息子、イェンスです。お初にお目にかかります」
「うむ。して、どのような経緯で生まれたばかりのワイバーンを相棒としたのか?」
「はい、まずは ―― 」
ところどころ突っかかりながらも、順を追って説明する。
王都近郊にワイバーンが現れたということで、経験を積むため妹と一緒につれてきてもらったこと。
ワイバーンの様子を見にいったとき、偶然母ワイバーンであるムーデルに俺がさらわれたこと。
ムーデルが俺を卵がある巣に放置してどこかに行ってしまったため、精霊たちに協力してもらって卵を自分なりに温めたこと。
―― そしてムーデルが戻ってきて、父上が迎えに来た5日後の今日、ムーデルがスピネルを連れてやってきたこと。
「その時点ですでにスピネルから好意を寄せられていました。おそらく、卵の中にいたときから外のできごとを理解していたんだと思います」
「うぅむ……やはり竜種のモンスターは侮れんな。人には理解できぬ道理がある」
「それはどのモンスターでも同じでしょう。しかしながら、今回の件は問題だらけです」
いかつい顔をしたひと ―― 宰相であるハウヘンス公爵が、険しい声色を出しながら俺を見た。
声色を同じように顔も険しい。元からなのかは知らねーけど。
更に何か言おうとしたのだろう、宰相様が口を開いた瞬間に父上が「お言葉ですが」と切り込んだ。
「たしかに我が子らのケースは前例のないことで、制度上の抜けを利用したものでしょう。ですがこの制度は元より王都限定のもの。ワイバーンの生息域が我が国最大となっている我が領や、我が国以上に多くのワイバーンが生息するレリスタ王国では、ワイバーンが《よほどのことがない限り人を襲わない》ことは常識となっております。今回のケースを機に、王都民に対してワイバーンの誤った情報を訂正していただくことを願いたい」
「よほどのことがあるだろう。先日、報告があったばかりではないか。賊とはいえ、死んでいたオスのワイバーンが喰らっていた形跡があるのだぞ!」
「賊が先にワイバーンを襲ったのだとしたら? 正当防衛のための交戦中に意図せず喰らうこともあるでしょう」
「襲撃された場面を直接見たわけではあるまい。万に一つでも可能性があるのならば、現行法は維持されるべきであり、ラウテル辺境伯の子らのケースも見逃してはならん」
それって、宰相様も同じこと言えるんじゃね? と思った。だって宰相様だって賊がワイバーンに襲われてる場面を直接見たわけじゃないじゃん。
……ふと、なんとなく嫌な予感がして、こっそりエレンの方に振り返る。
相変わらず真顔なんだけど、握り込んだ拳が震えるほどに力を込めている。メガネの奥の目が大きく見開かれていて、宰相様を凝視している。
うん、キレてんなこれ。
一歩、そうっと父上の隣から下がる。
未だ言い合いしている父上と宰相様を横目に、小声で「エレン」と呼びかけた。
俺の方を見たエレンに、しぃーっと人差し指を口にあてて見せれば、エレンはほんの少し唇を尖らせた。手の方も、拳を作っていた状態から力を抜いて軽く手を開いている。
あ〜、良かった。このままだと宰相様に突っかかりそうだったからなあ。いやまあ気持ちは分かる。
でもさすがに大人、しかも宰相様相手に言い返すのはよろしくない。ここは父上に任せるべきだ。
陛下はその父上と宰相様の言い合いを眺めていたが、やがて盛大なため息を吐くとパンパンと両手を叩いて、ふたりを止めた。
「お前たち、まだ余はラウテル嬢の話を聞いておらんのだ。少し静かにしてくれんか」
「……はっ」
「失礼いたしました」
宰相様が渋々と、父上はゆっくりと頭を下げた。ここからの位置だと背中しか見えねーけど、父上どんな表情してんだろ。
エレンは唐突に自分の話になったのに驚いたようで、ピシッと固まっていた。
そんなエレンに優しい眼差しを向けて、陛下は微笑む。
「ラウテル嬢。すまんな、そなたの話も聞かせてはくれまいか」
「は、はい!」
背筋を改めて伸ばしたエレンが俺と同じように一歩、前に出る。
宰相様は忌々しげにエレンを見ていて……? ん? 俺のときはあんなあからさまに見ていなかったよな。
声は出ていないけれど、宰相様の口元が小さく動く。
…… 《
あ。俺、宰相様、いやもうおっさんでいいわ。このいかついおっさん嫌い。このおっさんは俺たちラウテル家の敵だ。
父上も気づいてるかは俺から表情が見えねーから分かんねーけど、気づいてるはずだ。
気づいてなかったら父上ぶん殴ってもらう。母上に。
幸いにもエレンは気づいていないようだ。陛下からの問いにハキハキと答えている。
「なぜ、母ワイバーン ―― ムーデルとやらだったか。そのムーデルと契約しようと思ったのだ?」
「スピネルと離れ離れになるのがかわいそうだと思ったからです」
「かわいそう?」
「だって、スピネルはムーデルが卵を生んでからずっと、孵るまで大事に育ててきた子どもです。人だってそうでしょう? お腹の中にいる子が、ずっと生まれてくるのを楽しみに待ってるはずです。……なのに、子育てすることもなく殺されるのは、かわいそうです。スピネルも、ムーデルも」
表情は変わらないが、声は明らかにしょんぼりとしていた。
陛下はエレンの言い分にふむふむと頷きながら、何か言いたそうなおっさんを横目でじいっと見つめてる。そのせいか、おっさんは開きかけていた口を閉ざした。
「あ、あと、スピネルの飛ぶ訓練とかも母親であるムーデルがした方が、ずっと早く飛びます! 領で親を亡くしたワイバーンの子どもを、他のワイバーンが代わりに教えたことがあるそうなんですが、他の子よりも覚えるのが遅かったって聞いたことが」
「それはまことか? ラウテル辺境伯」
「はい。私の祖父である先代竜騎士団長の手による公式記録があります」
「ふむ……子の訓練が長引くよりは早いに越したことはないな」
「陛下」
「まあ待て宰相」
怒ったような声を出したおっさんをドウドウと馬をなだめるように手をひらひらと動かしながら、陛下は俺たちを見た。
その表情には呆れたものはなく、優しさが含まれている。
「すぐに法を変えることはできぬ。が、今回の法を制定したのはだいぶ昔だ。見直す余地はあろう」
「しかし!」
「待てと言っているだろうハウヘンス公爵」
陛下の低い声に注意されたおっさんどころか、俺とエレンもびくりと体を揺らした。
表情も優しげなものから、一変して感情を見せない真顔になってる。
「何も無条件で見直すとは言っておらぬ。だが此度の件は法整備が間に合っておらず、違法とは言えぬ。そうであろう、ベイル侯爵」
「はい、陛下」
意識していなかったところから声がしたから驚いて、また体が揺れた。
声がした方へ視線を向ければ、陛下とおっさんから少し離れた位置に白くて長いあごヒゲのひとが立っていた。すごく細身で、スラッとしてるけどなんかすぐ骨折れそう。
っていうか、ベイル侯爵って誰だっけ。聞き覚えがある。
えーっと、えーっと……ダメだ思い出せねー。母上に叱られる……。
あと、よく見たら陛下とおっさん、ベイル侯爵以外にも近衛騎士たちが壁沿いに数人いた。緊張してたから、周り見てなくて気づいてなかったな。
「ラウテル辺境伯を主体とした竜騎士団の方から、法改正のための資料や調査などを行った上で貴族会議の議題にあげよ」
「承知いたしました」
父上が陛下に向かって一礼したので、エレンが俺と同じところまで下がり、俺と一緒に一礼する。
頭を上げると、陛下がまた表情を一変させてにこりと微笑んだ。
「ときにラウテル卿、ラウテル嬢。王城の中庭を見たことはあるかな?」
「い、いいえ」
「ちょうどよい。今、中庭はウェステリアが見頃でな。父君らと少し込み入った話があるから、終わるまでそちらで待っていてくれんか。茶と菓子も用意させよう」
「えっ、いい……じゃなくて、よろしいのですか?」
エレンの目がキラキラと輝く。
あれ、エレンって王城の中庭に興味あったっけ? それかお菓子か? いやお菓子だな。エレン、甘いものに目がないから。
エレンの問いに陛下は微笑みながら頷いて、片手を上げた。
「カルス騎士爵。彼らの案内と、侍女に茶と菓子の件を」
「拝命いたしました」
比較的、俺たちの近くにいた騎士 ―― カルス様が胸に手を当てて一礼した。
俺とエレンは目を合わせると、俺は胸に手を当てて頭を下げ、エレンはぎこちない動きだがドレスの裾を摘んで膝を軽く落とした。
「それでは、イェンス・ラウテル、ならびにイェーレ・ラウテルは御前から失礼いたします」
「……我らのみちびきの光たる国王陛下に、創世神エレヴェドの加護があらんことを」
「うむ」
……エレン。口上忘れてたな。いやでも思い出してくれて良かった。
エレンが俺の右側に移動して、俺の腕にそっと手を添える。
そのままエレンをエスコートしながら、カルス様の先導で謁見の間から退出した。
ああ~~……、緊張した。
次の更新予定
2026年1月21日 07:00
妹の『推し』は化物令嬢 かわもり かぐら(旧:かぐら) @youryu
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