第11話 スピネルの母の処遇

 さて。

 感動的な場面を迎えたわけだけど、解決していない問題がひとつだけある。


「なんでですか! お父さま!!」


 普段は真顔のエレンがやや顔を歪ませて、声に怒りを含ませて父上に詰め寄っている。

 スピネルが心配そうに喉を鳴らしたので、俺はそっとスピネルの首の部分を撫でた。


「なんで! スピネルの母親を殺さなきゃいけないんですか!?」

「規則だからだよ、エレン」

「あの子をお兄さまのところに連れてきてくれただけじゃないですか! なのになんで!」


 エレンが言いたいことは分かる。

 スピネルの母ワイバーンは、生まれたばかりで飛行能力がまだ未熟なスピネルが俺を相棒認定したから、俺の下に連れてきてくれただけだ。

 先ほどからずっと竜舎前の広場から動かず、じっと俺たちのことを見ている。攻撃する素振りは一切ない。

 相棒を得たワイバーンは、相棒と共に暮らす。だからスピネルはまだ生まれたばかりの子ではあるが、俺と一緒にラウテル辺境伯領へと戻ることになったんだ。

 スピネルの母は人へ危害を加えていない ―― いや、俺をさらった件はどうよって話はあるかもしれんが ―― から、どうなるのかと、エレンが父上に聞いた答えが「殺処分」だった。


「いいかい、エレン」


 ふう、ふう、と肩で息をするエレンに視線を合わせるように、父上は地面に膝をついた。

 エレンの肩にそっと両手を乗せて、静かに告げる。


「王都内にワイバーンが入れるのは竜騎士がいるからだ。竜騎士と絆という契約を結んだワイバーンは騎士団の所有扱いとなる ―― 《騎竜》だからだ。ここは王都の中でも外れにある宿舎ではあるが、王城が見える位置でもある。野良ワイバーンは “モンスター” と同じ扱いなんだよ、エレン。どういうことか、お前なら分かるね」


 エレンがぎゅう、と自分の寝間着の裾を強く握りしめた。握っている拳の色が白く変わるほど。


 ……分かる。分かるよ、エレン。

 だってエレンが言ったとおり、彼女はここにスピネルを連れてきてくれただけだ。

 でも竜騎士が常駐していない王都民にとって、野良ワイバーンは「モンスター」と区別がつかない。

 野良ワイバーンは基本的にひとは襲わない。それは一般常識だけど、王都民にとっては常識じゃないんだ。


 竜騎士が常駐しなければならないのは、空を飛ぶモンスターが多くいる山が多いラウテル辺境伯領と、アーシンク子爵領。それから海岸線のウィットストランドエリア。海洋モンスターに空から対応したり、海難事故救助対応するために必要なんだ。

 その周辺地域であれば、よく飛んでるから騎竜と野良ワイバーンの区別はつくし、法整備もそうなってる。

 でも、野良ワイバーンたちが近づかない王都の法はそうじゃない。


 ちら、と宿舎の方を見れば、未だ一般騎士たちは宿舎の中からこちらの様子を見ている。

 壁やドアに隠れて体が見えないが、その手には武器もあるんだろう。

 スピネルたちが今朝、この竜舎前の広場に降り立つことができたのは、恐らく次の3つの要因が絡まってる。


 ひとつ、ここの宿舎が王都内でも外側に近い位置にある。

 ひとつ、ここの宿舎に竜舎があるために、スピネルの母が通ってきたルート下にいた王都民や一般騎士は「竜騎士団のワイバーンだろう」と思われたのだろう。だから騒ぎにならなかった。


 でも今は違う。

 スピネルは俺が名付けしたその瞬間から騎竜扱いになったけれど、彼女は野良のままだし、そのことを一般騎士たちも分かっている。


 彼女へと視線を向ければ、落ち着いた様子だった。

 たぶん彼女は今の会話から、単語を拾って自分がこのあとどうなるか理解してると思う。それでも暴れる様子は一切ないし、この場から飛び立とうともしない。


 ……どうにかできねーかな。だって、スピネルは生まれたばっかだ。まだ子ども、っつーか人で言えば赤ん坊だろう。

 赤ん坊……。

 立ち上がって、俯くエレンの頭を撫でている父上を見る。


「……父上」

「ん?」

「スピネルはまだ、赤ん坊です。それに母親がいないのは、スピネルの成長に悪い影響を与えないでしょうか」


 領地にはたしかに大人のワイバーンがたくさんいる。子育て中の個体だっているだろう。

 でもそこに無理やりスピネルを押し込んで、育ててもらうのもなんか変な気がする。

 かといって、俺たちじゃ飛べないスピネルが飛べるようにしたり戦えるようにするのは無理だ。だって飛び方や狩りの仕方は親から習うから。


 父上は俺の考えに口を閉ざして考え込んでしまった。

 即答できなかったってことは、一理あるはずだ。


 ふと、エレンが俯いたままポツリと呟いた。


「―― 設定とは違うけど、やれるだけやるわ」

「エレン?」


 パッとエレンの顔が上がる。

 ふわふわとスピネルの母の辺りでまだ漂っていた風の子を見つけると、駆け寄って「ねえ、お願い!」と叫んでいた。


「通訳してちょうだい!」

『いいよ~』

「エレン!?」


 ギョッとした。父上も思わず声を上げた。

 風の子に近づいたためか、エレンはかなり彼女に近づいていた。

 ゆっくりと、彼女の視線がエレンに向けられる。


「私とけーやくしましょう、期間限定で! あの子が巣立つまで一緒にいたくない?」

「エレン、待ちなさい!」

「黙っててお父さま!」


 珍しくエレンが表情に怒りをはっきりと見せたからか、父上がビタリと止まってしまった。

 風の子がエレンの言葉を正しく伝えたのだろう。彼女の瞳が細められ、ゆっくりと頭をエレンの傍に近づけた。エレンは彼女を真っ直ぐ見上げて、言葉を続ける。


「私を《相棒》と認めなくていい。でもこのままだとあなたはここでスピネルと離れなきゃいけなくなる。だから、スピネルの傍にいられるように一時的に私の《騎竜》になるのよ。そうすれば、スピネルがちゃんと巣立つまで一緒にいられるわ!」

「グルルルル……」

『んとね~、その《騎竜》になってる間は何をするの? だって~』

「え!? えーっと……その期間は、私を背中に乗せて飛んで訓練を一緒にしてくれたり、ちょっとモンスター退治を手伝ってほしい感じ」

「グゥルルラ」

『なんでー、エレンが名乗り出たの? だって~』

「スピネルの相棒である、兄さまとよく一緒に行動してるのが私だもの! 私とけーやくするのが、一番近くにいられるわ! ……どう、かしら?」


 ―― なるほど。野良じゃなくなればいいのか。

 制度上、《騎竜》になりさえすれば彼女は殺処分されずに済む。

 ⋯⋯ただ、相棒にならない騎竜は聞いたことがねーから、ちょっと心配でもある。


 それはエレンも同じだったのだろう。

 堂々としていたのに、言葉尻は弱々しくなってしまっていたが、果たしてどうだろうか。


 彼女は少し考える仕草をしたが、ひとつ静かな、大きな息を吐くとずいとエレンに顔を寄せた。

 目を見開くエレンに、風の子が伝える。


『ムーデルと呼んで、だってー。仮の名前~』

お母さんムーデルね。分かった」

『あとね~、背中に乗せるのはいーけど、子どもの訓練のついでだって~』

「ア、もしかしてスピネルが飛ぶ訓練始めないと乗せてくれない系……!?」


 ふん、と鼻で息を吐いた彼女 ―― ムーデルに、エレンはすぐに背中に乗せて飛んでくれないことに頭を抱えたようだけど……。

 なんか……長い付き合いになりそうな気がすんのは気のせいだろうか。


 父上を見れば、父上は顔をしかめて唸っていたけど、やがてムーデルの傍から離れた竜騎士のひとりがぽんと父上の肩を叩いたタイミングで、苦笑いして肩を竦めた。


「まあ、彼女が騎竜になるなら一応大丈夫かな」

「やったー!!」

「ただエースもエレンも前例がないから、一緒にこれから説明しに伺おうか」


 両手を上げて真顔で喜んでいたエレンが、そのままの格好で固まる。

 え、俺も? なんで? っていうか誰に?


「竜騎士史上、曾祖父様の相棒が最年少だったのだけれど、彼の相棒はばかりのワイバーンだ。ばかりのワイバーンは史上初。そしてその母親を『期間限定の契約』で騎竜にしたのも史上初。―― まあつまりは規則で整備されてなかった部分を突く形だからこそ『問題ない』と説明する必要がある。僕だけが説明しにいくより、本人たちがいた方が向こうも納得しやすいだろう」

「え……だ、だれが?」

「待って俺、めっちゃ嫌な予感してきた」


 父上が「伺う」って言った。

 つまり、父上より上の立場の人。

 騎士団関連で父上よりも上の立場で、口出しできる人。


 父上はにこりと微笑んで。


「それはもちろん ――」




 ―― だらだらと手のひらから汗がにじみ出ている気がする。

 隣で頭を下げたエレンの動きがカクカクで、まるで魔石の魔力が切れかかった動きの鈍い魔道具ミシンのよう。

 父上はひとつ、間を置いてから口上を述べた。


くにがひとつを治めし我らの導きの光、王たる陛下にご挨拶を申し上げます。突然の謁見の申し出に快くご許可いただき、感謝申し上げます」

「よいよい。3人とも、顔を上げよ」


 顔を上げると、玉座が見えた。

 そこに父上ほどの年齢の男性がゆったりと座っていた。その彼の頭の上には、この国ではただひとりしか被れない王冠、そしてその宝石がキラリと輝いている。


 ―― まさか、その日のうちに国王陛下に謁見することになるなんて、誰が予想するだろうか。

 少なくとも俺は予想してなかったよ。誰か助けてもう帰りたい。

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