第10話 合否判定は


 ―― 3日後、早朝。


 俺たちが泊まっていた宿舎でわあわあと大勢のひとが騒いでる声で目が覚めた。

 時計を見ても、まだ日が昇ったばっかりの時間だ。うるせぇー、まだねみー。

 目をこすりながら、ふわぁと大きく口を開けてあくびをして、またベッドに潜り込んだそのときだった。


「兄さまー!! 早く起きて~~っ!!」


 ドンドンドンッとさらにやかましい音が部屋中に響く。思わず片手で顔を覆った。

 朝早くから他の部屋に響くような叩き方するんじゃない。というか、家族とはいえ朝っぱらから突撃してくるんじゃない。

 掛け布団から顔を出しながら、思わず叫ぶ。


「うるせーッ!! いま起きたわ!!」

「早く、早く行かないと兄さま! 待ってるよ!!」

「あァ!? 誰が!?」

「この前のワイバーン親子!! 兄さまご指名だって精霊たちが騒いでる!!」


 マジかよ。



 ◇◇



 エレンの話を信じてなかったわけじゃない。

 ただまあ、来るとしても昼過ぎとかそんなんでこんな朝早く来るとは思わなんだっつー話なわけで。

 


 慌ててベッドから飛び起きて、ひとまず着替えを、とクローゼットの中の服を手に取ったタイミングで平服姿の父上が来た。「とにかく早く!」と言われたので手に取った服をクローゼットの中に放り込む。

 手近にあったカーディガンを掴んで、サンダルを突っかけて走り出す。

 一緒に走るエレンも同じように慌てて来たからか寝間着姿で、途中クシュンとくしゃみをしたから走りながらカーディガンを渡した。

 ぶかぶかのそれに袖を通して「ありがとう」と目元を和らげるエレンにほっこりし⋯⋯てたいけど今はその時じゃないと足を止めずに進める。


 俺たちが泊まっていた宿舎は、普段は王都を中心に……なんだっけ、けいら? する王都騎士団が待機してるところなんだけど、竜騎士も滞在できるようワイバーンが泊まるところ ―― 竜舎もある。

 その竜舎の前には、うちよりは狭いけれどワイバーンが 2, 3体で羽を伸ばし、のびのびとできる広場がある。

 そこに、例のワイバーン親子がいた。


 俺とエレンがその広場に入ったタイミングで、彼女は気付いたらしい。

 顔を俺の方に向けたかと思えば、喉を唸らせて子に意識を促す。子はパッと俺の方を見て、パカリと口を開けて……あ。これヤバいやつ。

 子をきょとんと見ているエレンに気づいて、咄嗟に手に魔力を集めてエレンの両耳を手でふさいだ。

 次の瞬間。


「グゥルルルラァ〜〜〜ッ!!!」


 ―― バカでかい声が、周囲に響き渡った、んだと思う。

 耳が一瞬キィン! と強く鳴った、と思った、ら、目の前、あれ……俺、立ってる? 座ってる? 吐きそう。

 ポンと誰かが背中を支えてくれた。そのまま、大きな手が優しく、俺の背を撫でる。


 ぐるぐる回る視界と吐き気が落ち着いた頃、誰だろうと見上げると、それは父上だった。

 辺りを見回すと、父上を含む竜騎士は平然としていた。俺の隣にいたエレンは咆哮で放心してるようだが、幸いにも、俺が魔力を手に込めてエレンの耳を抑えたおかげでなんともないみたいだ。

 あの咆哮の中、ぐらぐらとする視界の中でもエレンの両耳から手を離さなかったらしい。偉いぞ俺。


 俺がエレンの耳からそっと手を離したタイミングで我に返ったエレンが、俺に何か話しかけてくれてるけど……聞こえねーなあ。

 そういえば、周囲が静かだ。

 エレンは俺の手をぎゅうと強く手を握って何か必死に話しかけてくれてる、っぽい。口が動いてるからたぶんそう。

 ワイバーンの咆哮って子どもでもヤバいんだな、マジで。


 ワイバーンの咆哮が耳を一時的に不能にする、ってのは、竜騎士の中では常識だった。俺も習ったよ。

 そんなワイバーンに乗って戦闘する竜騎士は、咆哮のときだけ耳栓代わりに魔力で耳にふたをする。だって咆哮のときだけ手綱から手を離すとか、死ぬもん。あと常に耳栓しちゃうと、竜騎士同士の指示が難しくなるから無理。

 大体、咆哮のタイミングはワイバーンがパカリと大きく口を開けたタイミングだ。だから俺もエレンの耳をふさいだんだ。


 俺も魔力で耳にふたをするのはクリアしてる。

 でもエレンの耳を守ることに焦っちゃって、自分の耳のことすっかり忘れてたわ。

 父上がエレンに何か話しかけて、エレンは口を閉ざしてぎゅうとまた俺の手を握る力を強くした。

 父上から説明あったかな。大丈夫、ちょっとの間だけだから。

 エレンを安心させるようににっこりと笑ってやれば、エレンの俺の手を握る力が少し緩んだ。



 そういや咆哮を出した子は、とそちらを見れば、ちょうど母である彼女の尻尾で割と強めに頭を叩かれていた。音はでてないけど、尻尾の勢いが早かったし子が文字で言うなら「べシャッ」と地面に潰れてたから、たぶんめっちゃ強かったと思う。

 あっちもあっちで、ダメなやつだったらしい。そこら辺は野生のワイバーンでもそういう認識なのか。


 遠く、遠くの方でざわざわと音が聞こえてきた。

 あ、戻ってきたかな。


「エレン」

「に、さま」

「ちょっと聞こえるようになってきた」

「よかっ、ぁ……わた、のこと……兄……は自分のこと、心配してくだ、い!」

「え〜」


 そういえば、俺たち以外にも宿舎の建物の中からこっちの様子を見ていた一般騎士たちがいたような……とそちらを見れば、何か喋っていてとくに問題なさそうだった。

 すると、宿舎に向けていた視界の端でするすると、広場の周囲を覆っていた何かが消えていくのが見えた。

 あれ、結界か? 広場の周囲に結界なんてさっきまであったっけ ―― いやそうか、結界か。

 父上たちはこの広場だけを遮音結界で囲んで咆哮が外に聞こえないようにしたのか。一歩広場の中に入ってしまっていた俺とエレンは適用外。

 だったら、俺も自分たち周りにだけ遮音結界作れば良かったのか。しまったなあ。できたじゃん、俺。咄嗟の判断ミスってる。悔しい。


 そんな俺の表情を見た父上は、苦笑いを浮かべながらぐしゃぐしゃと俺の頭を乱暴に撫でた。


「そうやって、できるときは失敗していきなさい。それが経験になる」

「できるとき……」

「そう。失敗できるときは、な」


 ―― そうじゃないときは、失敗=命がないってことだ。


 俺は一度、その結果をこの目で見ている。……エレンと一緒に。

 だからなおさら、父上の言葉がずしんと胸の奥に響いた。

 


 彼女からのお説教が終わったのか、子の方が静かに俺の方に歩み寄ってきた。

 ワイバーンの子どものサイズは、俺よりちょい上ぐらいに頭がある感じだ。まだ羽の大きさが体に対して小さいのと、魔法が使えないから空を飛ぶことができない。

 なのにこの場にいるということは、母親である彼女に連れてこられたのだろう。


 ……でも生まれたばっかりの子、連れ回すか?


 のっしのっしと俺の方にやってきた子は、喉を鳴らしながらずいと顔を寄せてきた。

 思わず手を出してその頭を撫でると、嬉しそうな表情で「もっと撫でろ」と言わんばかりに俺の手に頭をこすりつけてくる。

 そう、まるで父上や竜騎士たちが自分の相棒と交流するように。


 ……なんで?

 俺、こいつと初対面なんだが??


 困惑しながら子の頭を撫で続ける俺の隣に、ふわりと風の子がやってきた。あ、この子、巣で最後まで一緒にいてくれた子か。


『エース、エース』

「よう。元気してたか?」

『元気だよ~。あのねエース、その子ねー』


 うんうんと風の子相手に頷いているとぐいっと頬に圧を感じた。

 視線を向ければ、子がまるで「構え」と言わんばかりに頭を押し付けてきてる。


「ちょ、待て。痛くはねーけど」


 ぐりぐりと頭を押し付けてくる子の頭を撫でくりまわしつつ、風の子に視線を戻したときだった。


『エースといっしょにいるって~』

「ん?」

『エースたちのことばでなんだっけ、えーっと……』


 うんうんと唸って、思いついたのかパッと風の子は顔を明るくして。


『そう! あいぼー!』


 そう言った。



 へー、あいぼーねぇ。

 あいぼう。

 ……相棒!?


 は!? なんで!?


 ギョッとして子を見る。

 ぱちりと大きな目を瞬かせた子は「ギャウ?」と首を傾げた。

 あれが《竜の試練》だったとしても、母親の彼女の方じゃないのか?


「そういえば、ゲームの兄さまのワイバーンって若いって話だったような……」

「そうなの!?」

「うん」


 エレンの言う、”おとめげぇむ” 内の ”俺” をまとめると。

 ”おとめげぇむ” 開始時点で俺は正式な竜騎士となっていて「竜騎士団の中でも、若いながら次期団長候補」として有名らしい。

 合図ひとつで心ひとつ ―― そう評されるほど相棒のワイバーンと綿密な連携をして空を飛び、モンスターを倒すのだそうだ。


 いや、でもそこまで人竜一体となって戦える竜騎士とワイバーンはそうそう ―― いるな。聞き覚えあるわ。


「……それ、ひぃじーちゃんの話じゃねーの?」

「それは私も思ったけど、ちゃんと兄さまの設定欄にあったよ」


 父方の曽祖父、本来であれば曾祖父様ひいじいさま曾祖父上ひいじじうえと言う必要があるけど、本人からの強い要望でひぃじーちゃん。

 若い頃に巣立つ前のワイバーンから《竜の試練》を受けて相棒になったって、ひぃじーちゃんから直接聞いたことがある。それはもう、何回も。

 エレンが遠い目をしながら、ぽつりと呟く。


「ひぃじーちゃん、去年『ちょっくら旅してくるぞい!』って言って相棒の子と出てったけど、元気かなぁ……」

「いやあ……元気だろ。あのひぃじーちゃんなら」


 俺もやや遠い目をしながら、ぐいぐいと甘えてくる子の首を撫でる。

 ひぃじーちゃん、前代竜騎士団長だったから……相棒の子も元気だったし大丈夫だろ。


 ……って、ひぃじーちゃんの話じゃねーって。こいつの話だよ、こいつ。

 ハッと我に返って子を見る。キュルンとした大きな瞳がぱちくりと俺を見てきた。

 そして嬉しそうに瞳を細めて「ギャウ!」と声を上げる。


「……なんでお前、こんなに俺に懐いてんの?」


 卵のときにしか会ってねーじゃん。交流らしい交流もしてねーし。

 分からん。理由がぜんっぜん分からん。


 うーんと頭を捻っていると、ポンと肩を叩かれたのでそちら振り返る。


「父上」

「理由、理屈なんていくら考えてもこちらでは分からないよ、エース。僕のときだって分からなかったんだから」


 穏やかに笑う父上に、それもそうかと思い直す。

 《竜の試練》はいつも突然だ。ワイバーン側の気持ちひとつで起こるイベントだと言ってもいい。

 いくら人側が考えたって、道理があるかも分かんねーもんな。


 そう納得していると「でも」とエレンが呟いた。


「今なら風の子に通訳お願いして、聞けるんじゃない?」

「「たしかに」」


 父上と声が被った。

 でもそれはそう。風の子が協力してくれている今、聞いてもいいんじゃないだろうか。


 そこら辺をまだふわふわしていた風の子を呼び寄せて、通訳をお願いするとにっこりと笑って頷いてくれた。

 この子に報酬やんないとな〜、今度は違う味のクッキーとかどうかな。

 王都にはいろんなお菓子屋があるから、風の子の好きなものを聞いてそれを渡すのが良さそう。


 ―― そんなことを考えているうちに、風の子は親子の聞き取りを終えたようだった。

 ふわふわと俺たちのところにやってきて『あのね〜』と切り出し、話し始める。



 ……うーん。



「ねえ、兄さま、お父さま。一言いい?」

「おう」

「いいよ」


 すう、とエレンは息を吸い込んで、真顔で一言。


「―― シンプル!!」


 それな〜、と同意する。

 父上にいたっては頭を抱えていた。

 まあ、風の子の聞き取りを要約すると、だ。


「『気に入っただけ〜』ってシンプルすぎない!?」

「いや、まあ……それなら《竜の試練》という形でワイバーン側から持ちかけられるのは分かる気がするなあ」

「でもお父さまもうちょっとこう……! 魔力の波長が合うとか乱暴にしないからとか……!」

「それもあって『気に入った』もあるかもしれないなあ」


 父上がのんびりとそう答えるとエレンはキュッと口を閉じた。

 まあワイバーン側にも色々理由があるんだろうが、父上の言う通り一言で表したらそうなるんだろうな。


『あのねー、でもねー』

「うん?」

『エースをえらんだのはねー、さびしーときに、いっしょにいてくれたからなんだって!』

「なるほど?」


 卵の中にいたときから意識があったのか?

 まあ、親が傍にいなくて寒くなってきたときに、誰か傍にいてくれたら嬉しいよなあ。

 俺も両親が仕事でいないときとかに、兄貴が一緒にいてくれたときは嬉しかったし。


 ―― ワイバーンの子と、向き直る。

 《竜の試練》が成功したと言われるのは、相棒となるワイバーンが、竜騎士から名を与えられて返事をしたときだけ。返事がなければ失敗だ。

 ……よくよく考えると、いきなり試練受けさせられて合格したら「さあ名前を考えろ!」って結構無茶振りだよな。もうちょっと、考える時間ほしい。


 大きな、くりくりとした目が俺を見つめている。

 お前、母親やエレンと同じ赤い目なんだな。


「……お前はオスで合ってる?」

「ンギャウ!」


 威勢のいい返事をしたからオスか。

 うーん、名前……名前……。

 頭を捻っていると、ふと単語が浮かんで思わず口にした。


「―― スピネル」


 エレンや従兄の目は血だったり、ルビーに例えられることが多い。

 そのルビーに似た宝石でスピネルというものがある。よくルビーに間違われた宝石だ。

 母上がどっちも持ってたから見せてもらったことがあったけど、たしかにどっちがどっちだか分かんなかった。

 ただ「どっちが良いと思う?」と聞かれたとき、好きな輝きかたをしてるほうを選んだら、それがスピネルだったってのを ―― なんでか、思い出したんだ。


「ギャウ!」


 子の反応にハッと我に返った。

 嬉しそうに瞳を細めてばっさばっさと羽を動かして、ぐいぐいと俺の頬に頭を押し付けてきた。

 名前に反応があった。つまり、これは俺が《竜の試練》に合格したってことで。

 思わず父上とエレンに振り返る。父上はにこりと微笑んでいたし、エレンはグッと親指を立てて返事をしてくれた。

 視線を動かして、母親である彼女へと視線を向ければ、彼女は優しげな眼差しを向けてくれていた。彼女の傍にいた竜騎士たちも笑顔だ。


 ―― ああ。じわじわと胸に熱いなにかが込み上げてくる。

 ツンと鼻の奥が痛くなった。そっと子の顔を両手で包んで、額と額を合わせる。


「~~っ、よろしくなぁ、スピネル」

「グゥルルルルァ!」


 宿舎から様子を見ていたんだろうひとりの騎士から拍手があって、そこから段々と拍手が増えていく。


 11歳のデ・レンテ、この日。

 俺は正式に、憧れであり目標の第一歩である見習い竜騎士となったのだった。


 ……まあ、寝間着姿のままだったってのは……忘れてほしい。切実に。

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