第9話 俺が連れてこられた理由

 じ、とお互い見つめ合う。

 視界の端で精霊たちがわらわらと逃げるように巣の外に飛び出していったのが見えた。基本的に面倒なこと嫌いだもんなあ。

 そんなことを頭の片隅で考えながらも、俺はワイバーンから目を離すことができずにいた。


 ―― ワイバーンは、体や目の色の個体差はほとんどない。でも稀に目の色が異なる場合がある。

 一般的なのは黒で、マイナーなのは赤とか黄色とかかな。確か、父上の相棒であるヴィレムは黄色だ。

 目の前のメスのワイバーンの目の色は赤色。……赤い目って、エレンや従兄やお祖父さまを連想させるな。

 ワイバーンの赤い瞳がじっと、俺の様子を探っているかのように見ている。


 ……あ、もしかして、警戒してる? 俺をここに連れてきたのお前なのに??

 いやでも、卵の近くにいたら警戒もするか。


 俺はワイバーンから目を離さないようにしながら、そっと卵から離れて巣の端に寄る。

 すると正解だったのか、ワイバーンは巣の中に降りてゆっくりと卵の方に歩いていった。顔を卵に近づけ、すり、と頬を擦り寄せると羽を広げて卵を優しく包み込む。


『エース、エース』

「……あ」


 風の子が1体、巣の縁からくるりと俺のところに下りてきた。

 思わずホッとため息を吐く。誰もいなくなって、ワイバーンと俺だけになってどうなるんだろうと思ってたから。ワイバーンと俺以外に、どんな存在でも誰かいるのは安心する。


『あのね、あのね〜、さっき分かったんだけどね〜』

「うん」

『彼女のつがい、死んじゃったみたいなの〜』

「……え?」


 彼女、とは。

 今、この場で女性に相当するのは巣の中央で卵を抱えているワイバーン。

 思わずそちらを見れば、ワイバーンもこちらを見ていた。


「……誰かが、討伐した?」

『うん。矢がね、いーっぱい刺さってたのー。エースたちがこっちに来たときは、もうダメだったみたいなのー』


 なんか、めまいがして思わず巣の壁となっている部分に手をついた。


 バカか、どこのバカだ、んなことやった奴は!!

 竜騎士団の誰かじゃないと思う。俺たちが来たときはってことは、どっかの冒険者かうちじゃないどっかの騎士団か。

 ワイバーンが怒ると落ち着かせるのにすごく時間が ――


 そこまで考えて、あれ、と首を傾げる。


「……なんで、ワイバーン彼女は怒ってないんだ?」


 自分の番が殺されたも同然なんだ。怒り狂っても当然だ。

 なのに彼女は落ち着き払って、今は卵を温めている。

 卵があるから? 優先度としては卵を孵すことが優先なのか。

 いや、それだとなんで俺をここに連れてきて、卵の世話のようなものをさせたんだろうか。というか彼女はどこに行っていたのか。


 もう一度、彼女を見上げる。

 瞳を伏せていた彼女は俺が見ていることに気づいたからか、ゆっくりと瞳を開けた。

 赤い、宝石のような色の瞳が俺を見つめる。

 ゆっくりと口を開けたかと思うと、彼女は声を発した。


「グゥルル、グゥルルルル」

『あいつがわるいから、かなしーけどおこってないだってー』

「え?」

「グォウ」

『だんなー』

「旦那」


 お互い、かんたんな言葉や仕草であれば交流することはできる。

 だから普通は、時間をかけてお互いが理解できる方法(ボディランゲージだったり、短い言葉だったり)を探していくけど、俺と彼女は初対面。

 どうしたもんかと思ってたら、風の子が通訳してくれるらしい。ええ、ありがたい……この子にはたくさんお礼用意しなきゃ……。



 さて。通訳してもらった内容をまとめると、だ。


 旦那であるオスのワイバーンは一線を超えたらしい。

 その一線とは、ひとを喰らうこと。


 少なくとも、この大陸に住んでいるワイバーンたちの中では「ひとは襲わない」とずっと昔から決めてるんだそうだ。

 遠い、遠い昔のひとたちがそういった関係性を作ってくれたんだろう。


 彼女自身は「理解できない」と前置きした上で、番であるオスのワイバーンは先日、自発的にひとを喰い殺した、って。


「え、でもワイバーンが人を殺したらさすがに父上も知ってると思うんだけど……」


 そんな現場が近い場所に俺たち子どもを連れて行こうとは思わないはず。

 すると、風の子と彼女が何やら話して風の子がくるりとこちらを向いた。


『んとね、パクッてしちゃったのはトーゾクだってー』


 盗賊、盗賊ならまだいい……いい、のか?

 いやでもどうなんだそれ。

 盗賊なら人気がないところに住んでいるだろうから、国側も気づいてないのかも。


 ―― かのオスは過去に一度、飢えていたときに死にかけていたひとを見かけたときに飢えに耐えかねて喰ったことがあるらしい。

 彼女はそれを知らず、番になったそうだ。

 彼女を番として迎えたオスは、普通にモンスターや動物を狩ってエサとしていたそうだが……。彼女が巣で卵を守っているとき、何を思ったのか、森の中に隠れて住んでいた盗賊団を襲ったのだという。


 当然、盗賊団も反撃するだろーな。その結果死んだ、ってことか。


『んとね、だんなが死んじゃうまえに、ちょこっとお話したかったんだって〜。だから、そのあいだ卵をまもってほしかったんだって!』

「……あー」


 オスが瀕死になった場所の近くにいたのは、ワイバーンを連れた竜騎士が3人。

 相棒になってるワイバーンがいるなら手出しはできないだろう。

 となると、残ってるのは俺かエレンだけ。エレンを竜騎士の方にぶん投げたから、残っていた俺がターゲットになったってことな。


 分かったけど、ちょっと納得いかねーっつーか理不尽っつーか。

 まあワイバーン相手に言ってもって感じだけど。


 ……ああ。なんか、どっと疲れた。

 眠い。このあとどうすっかなあ。


『エース、こっち、こっち!』


 思わずため息をついて空を見上げていたとき、風の子に呼びかけられたのでそちらに視線を向ける。

 風の子はきゃらきゃら笑いながら彼女の傍でふわりくるりと飛び回って遊んでいる。

 近づいていいのかと思いつつ恐る恐る近づけば、ばさりと彼女の片方の羽が動いた。

 お、おおお、羽広げるとでっか……って羽がこっち迫ってくるってなになに!? 思わず卵の方に寄っちゃったんだけど!? 大丈夫なんかこれ!?


 ……あ。すごい。めっちゃあったかい。

 匂いは置いといて、羽に囲まれたこの空間あったかい。


「グゥルルル」

『はぁ〜い!』


 彼女が何か風の子に伝えたかと思ったら、風の子の気配が遠くなっていく。

 え、待って。どこ行くの。

 つーか俺、このあとどうしたらいいの。


 ―― ダメだ、あったかくて、ねむい。


 魔道具を使わずに魔石で熱を作るなんてことしたから、疲れてたんだな。

 思わず卵に寄りかかった。触れたところから、とく、とく、とく、と優しい音が聞こえてくる。

 規則的な、穏やかなリズムに段々と目が開けられなくなって、俺は。



 ◇◇



 おはようございます。エースです。

 起きたらベッドにいたのでワイバーン彼女とのやり取りは夢だったのかなとも思ったけど、部屋にきたエレンがバカでかい声で「兄さまが起きたァ〜〜〜!!」と叫んで、俺から離れようとしないのであれは夢じゃなかったんだな。


 エレンの声で駆け込んできた父上は、俺を一目見ると「良かった」と安心したように微笑んだ。


「魔力不足で2日ほど寝込んでいたんだよ」

「2日ぁ!?」


 そんな寝てたの、俺!

 たしかに彼女の羽に卵と一緒に包まれて、寝落ちしたのは覚えてるけど……ってじゃ、魔力不足ってこわ。あんなめっちゃ眠たくなるんだ。戦闘中に魔力不足になったらどうすんだ?


 思わず眉間にしわを寄せて考え込んでいた俺だったが、ふと大きな手でぐしゃぐしゃと頭を撫でられた。


「精霊たちから様子を聞いていたが、なんにせよ無事で安心したよ」

「精霊たちがめっちゃ助けてくれたんだ。だから、たくさんお礼を用意しておかないと……」

「この父が常より多めに渡しておいたから安心なさい」

「あ、でも、1体ひとりだけ特別にお礼を増やしたいんだ。ワイバーンと通訳してくれたから」


 父上は目をぱちりとさせると「ああ」と納得したような声を出した。

 穏やかに微笑んだ父上はスッと俺の方を ―― 俺の右側を指差す。なんだ? と振り返れば、そこに一緒にいた風の子がふわりと浮かんでいた。


『エースおきたー』

「お、おお……」

「その子、兄さまが起きるまでずーっと待ってたんだよ」


 にこにこと笑う風の子は、ひらりと俺の頭の上を回る。なんだか楽しそうなその様子にふと俺も笑みが浮かんだ。


「悪いな、待たせて」

『んーん、へーきだよ〜』

「あれ、そういえば俺どうやってここに?」

「その風の子が、メスのワイバーンから『むかえに来てほしい』って伝えてくれたから、お父さまが迎えに行ったの」


 巣に番以外の他のワイバーンが近づくことを許したのか。

 まあ、俺も巣に居続けるのはちょっと難しかったし、戻れて良かったけどさあ。主にトイレの辺りとか。



 風の子が+α のお礼おかしを受け取ってルンルンで帰っていく様子を見送って、父上が打ち合わせがあるからと部屋から出ていって、部屋には俺とエレンだけになったとき。


「兄さま、兄さま」

「ん?」

「あのね、ビックリしないでほしいんだけど」

「うん」

「……今回の兄さまがワイバーンにさらわれる事件、ゲームのお話であったの」

「んん?」


 思わずエレンを凝視した。

 え、今回の出来事、お前の知ってる ”げぇむ” であったの??


「思い出したのが兄さまがさらわれたタイミングで……それに、兄さまのルートでの回想だからがっつり本編に関わってたわけじゃないから、時期も具体的に何が起こったのかも分からなくて、だから思い出せなかったというか……」

「な、なるほど……?」


 表情は真顔のままだが、肩を落としてしょんぼりとした様子を見せた。本当に落ち込んでるみたいだ。

 エレンの ”げぇむ” の知識があればまあ、今回のことは防げたかもしれん。でも「起こった内容」「時期」が分からないんじゃあ、予測は無理だろーな。


 俯くエレンの頭に手を伸ばし、ワシャワシャと撫でる。

 ほんの少しボサッとなったエレンが少しおかしく思えて、思わず笑った。

 エレンは目を瞬かせた。きらきらと、赤が瞬く。


「今回の話、父上からくわしく聞いてるか?」

「うん。兄さまをさらった理由も聞いたよ。ゲームでは『昔、ワイバーンにさらわれたことがある』ってぐらいしか情報なかったからはじめて知った」

「そう。で、ワイバーンの卵あるだろ? 俺、はじめて触っちゃった」

「えー! 触らせてもらえたの!?」


 手を胸の前でぎゅうと握りしめて、座ったままベッドで跳ねる。それ、母上に見られたら怒られるなと思いながら興奮するエレンを眺めておくことにした。

 だって、ほんの少し口角が上がって笑っているのが分かるから。


「いいなあ、いいなあ。どうだった?」

「意外と硬かったなあ。あと、卵に耳をつけるとちゃーんと心音が聞こえてきたぞ」

「聞いてみたかった〜!」


 どうやって卵を温めたのか、大げさにリアクションをしながらエレンに話す。

 エレンは興味津々でうんうんと頷きながら反応を返してくれた。

 特に、精霊たちが力を貸してくれてくれた辺りは興味があるようだった。やっぱり、精霊たちにとって母上のネームバリューはデカい。一応、俺たち兄妹のことも認識してくれてるようだが、最初に母上の名前を挙げたから連想して思い出せたんじゃないかなと思ってる。


 卵の話をしてふと、あの心音が脳裏に過ぎった。

 ―― あの優しい心音が聞こえた卵が無事孵るところは見たかったなと、ほんの少しだけ思う。


「兄さま?」

「……いや。あの卵、無事に孵るといいなって」

「え、大丈夫だよ」


 やけに自信満々に答えるエレンに視線を向ける。

 人差し指と中指を立て、そのほかの指を握り込み ―― ぴーすサイン、というらしい ―― ながら、エレンは俺に言った。


「あと3日ぐらいで孵って、兄さまに会いに来るから」

「……は?」



 なんて???




――――

 本年の更新はここまでです。

 次回は年明け 1/8 頃を予定しております。


 本年も大変お世話になりました。

 引き続き、来年もどうぞよろしくお願いいたします。


 みなさま、よいお年を。

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