第5話 その話は初耳なんだが

 混乱した俺だったが「まずはお昼を食べよう」とエレンに声をかけて切り替えた。

 いやだって、厨房から料理を運んできたメイドが困惑した様子で……って、あ。マリアが遮音結界張ってくれたから、入れないのか。咄嗟に張ってくれたんだな、ありがたい。

 うん。この話は食事を終わらせて、別の部屋に移動してからだな。

 エレンがこれ以上話す様子がないのを見て、マリアが結界を解いた。


 食卓の椅子に座り、食事が並べられていくのを横目にアントンに視線を向ける。彼はすぐに俺の傍に歩み寄ってきて、腰を屈めて俺の顔に耳を寄せてくれた。


「アントン、今の話はちゃんとエレンから聞き取ってから母上に報告したい。母上に時間をとってもらえないか確認してくれ」

「承知いたしました」


 お互い小声でやり取りをして、スッとアントンが一礼してから食堂を出ていく。

 俺はそれを見送ってから、エレンに視線を戻す。ぱちりと目が合って、首を傾げるエレン。可愛い。


「じゃあ、食べようか」

「はい!」


 食卓にひとりのときは好きなタイミングで食べ始めていいけど、複数いる場合は目上の人の声掛けで食事がスタートする。

 今日のお昼は、野菜とスライスチーズ、ハムのサンドイッチだ。あとコーンスープ。

 野菜はシャキシャキしてて、ハムとチーズの塩味がじゅわりと口の中に広がる。マヨネーズベースかな、そのソースとも合ってとてもおいしい。

 温かいコーンスープはまろやかな甘味があって、ホッとする。デ・ウィンタとかはこれがもっとおいしく感じるんだよなぁ。


「エレン、午後の予定は?」

「初日だから、午前中だけってお母さまが」

「じゃあさっきの話はこのあと、サンルームでやるか」

「えっ、兄さま、午後の授業は?」

「午後の授業の先生が、今日は体調不良でお休みしてるんだ」


 午後はダンスの練習があったんだが、体調不良って連絡があって空いてたんだよな。

 鍛錬しようかとも思ったけど、まずはエレンの話を聞くのが先。

 エレンはぱちくりと目を瞬かせると、もにょもにょと口を動かす。


「じゃあじゃあ、兄さま。お話が終わったら、わたしと遊ぼう?」

「母上にも話さなきゃならんから、その後でならいいよ。何して遊ぶ?」

「チャンバラ!」

「エレンも好きだなぁ。いいよ」

「やったぁ!」


 ”チャンバラ”、という言葉もエレンが幼い頃に大人たちの訓練試合を見て言った言葉だ。

 そのときのエレンに意味を聞いたところ「ちゃんちゃんばらばらって音がなってる!」とのことだった。

 その時は訓練用の剣ではなく本物の剣でやっていたから、まあそういう音もするかと聞き流していたけど、たぶん前世の言葉なんだろうな。

 まあつまるところ、エレンが言う “チャンバラ” は訓練試合というわけだ。



 食事を終え、サンルームに移動する。

 午後の麗らかな日差しが差し込むこの部屋は、デ・ゾーマの時期は多少暑いが今の季節はとても心地よい。ここで昼寝してもいいぐらいだ。


 向かい合うソファと小さなテーブルが置いてある。

 ふたり並んでひとつのソファに座ると、アントンとマリアが手早く砂糖が入ったミルクティーを準備してくれた。

 そのままふたり、部屋の隅に控えるように立つ。こうなるとこのふたりは俺たちが声をかけない限りは会話に参加することはない。

 こういうソファで並んで座るとき、エレンは必ず俺の右側に座ってくれる。話しやすい位置にいてくれるんだ。優しい。


「んで、食事前の話なんだが」

「兄さまが攻略対象キャラクターってこと?」

「そう。それ。側近も気になるけどなんだよその攻略対象って」


 俺がエレンから聞いていたのは、主人公を自分である程度動かせる ”げぇむ” という物語で遊んでいたというものだ。この認識はたぶん、両親ともそうそう変わらないはず。

 そこには何人か登場キャラクターがいて、そのうち第一王子殿下とロザンネ嬢、それからハウヘンス公爵令息、ケンペル侯爵令嬢などなど様々なキャラクターが登場するということまでは聞いた。


 だがその、なんだ。攻略対象って。


「えーっと……正確には、恋愛対象かな?」

「恋愛ィ?」


 エレンいわく。

 両親を含めた俺たちに話した内容は大まかなあらすじと重要な事件や人物と思われる部分だけで、”げぇむ” は ”げぇむ” だがその中でも ”乙女げぇむ” と呼ばれるものだったらしい。

 主人公ヒロインを操作して、攻略対象キャラクターと呼ばれる異性と交流しながら恋をし、最終的に結ばれることがゴールの恋愛小説のようなものだという。

 それが、最初はみんな同じ話をするんだが、途中から攻略対象キャラクターごとに話が分かれていくのだそうだ。最終的には、攻略対象キャラクターによって物語の終わり方が違う。


「え……王子である殿下は分かるけど、俺が? その、恋愛対象になるってこと?」

「うん。兄さまはね『ガタイが良くて顔に傷があるし雰囲気も怖いけど、実は話してみるととても優しいしシスコンで小動物が好きでそのときに見せる笑顔がかわいいギャップ萌え』枠」

「なんて???」


 エレンの言ってることが理解できなかった。

 思わずアントンに視線を向けたが、アントンも困惑した表情を浮かべてる。マリアは目を閉じて諦めの境地に達している。諦めんなよ。


「ん~~~、つまり! 兄さまの外見はちょっぴり怖いけど、実は可愛い! っていうところにキュンとして兄さまに恋するルートがあるってこと」

「可愛いのはエレンだと思うけどなぁ」

「ブレないなぁ、兄さま」


 ぜんっぜん想像つかねー。

 あ、でもエレンが「ガタイが良い」って言ってたから、将来的にはそうなるのか? それはそれで嬉しいかもしれん。


 エレンはティーカップを両手で持つと、ふぅ、とミルクティーに息を吹きかける。

 ただ天井に向かってゆらりと立ち上っていた湯気が、エレンの息によって大きくグニャリと曲がった。


「そのゲームを遊んでた身としては、兄さまの魅力はもう語り尽くせないほどあるんだけど」

「お、おう」

「なんといっても、一番なのはあれよ。兄さまルートの場合、ちゃんとしたお付き合いから始まるの」

「お付き合い」

「さっきも言ったとおり、このゲームは恋愛ゲームのようなものなんだけど……兄さま以外のルートの場合、すでに婚約者がいるからそこから強奪する形になるのよね」

「待て」


 思わず頭を抱えた。

 待て。エレンは ”乙女げぇむ” を恋愛を楽しむ ”げぇむ” だって言ってたよな?

 なのに婚約者から強奪? は?


「婚約者がいる相手と恋愛すんの?」

「中には政略だけだとか冷めきってるとか婚約者側が浮気してるとか色々パターンあるよ」

「いやいやそれでもダメじゃん!!」

「それはそう」


 その ”乙女げぇむ” を作った奴はなんなんだよ!


 婚約は家同士の契約だ。平民は簡単に結婚・離婚はできるが、貴族はそうもいかない。

 たしか父上が「うちのような恋愛結婚は貴族界隈の中では非常に稀だよ」とか言ってたレベルだったはずだ。原則、何かしらの利益が互いにあるから結婚するわけで。


 契約に首を突っ込むのは、ヤバいことだおかしいことだって、たかが11年しか生きていない俺でも理解できるぞ!


 ゆっくりと顔を上げると、若干遠い目をしながらエレンがミルクティーを飲んでいた。

 俺もため息を吐いて、ティーカップを持ち上げてミルクティーに口をつける。ほんのりとした甘さに少しじーんとしていると、今度はエレンがため息を吐いた。


「まあ、そういう恋愛系の話があるわけよ。そこに兄さまは唯一、婚約者がいないキャラクターとして登場するわけ」

「……なるほど」

「でも可能性のひとつとして、スレットクソビッチヒロインが現れたら兄さまが狙われるかもしれないんだよね~……」

「ブフォッ」


 二口目を飲もうとしたタイミングでの発言に吹いた。ろくに飲んでいなかったミルクティーが盛大に顔にかかった。やや熱い。

 慌ててアントンとマリアが駆けつけて俺の手からカップを取り上げ、どこからか取り出したタオルを渡されたのでそれで拭う。


「に、兄さま?」

「……エレン、頼むから……淑女としての意識を……」

「ええ……だって、あとどういう表現をしたらいいかわかんないよ。攻略対象キャラクターをみんなはべらせて自分が王妃になる逆ハーレムな結末があるんだもん」

「何だよそのクソな結末は」

「ね、クソでしょ? プレイしてた当時の私も死んだ目になったよ」


 この国は一夫多妻はあるが、一妻多夫はなかったと思う。

 普通に考えれば受け手である女性の方が大変そうなんだが、そんな結末を願う人がいるのか……? いるからそういう終わり方が書かれてるのか……。


 新しいミルクティーが用意されて、テーブルの上に置かれる。

 俺は今度こそ、二口目を飲み込んだ。美味い。


「……俺がその、攻略対象ねぇ」

「兄さま的にはどうなの? 恋愛とか結婚とか」


 こてりと首を傾げて尋ねてくるエレンに、うぅんと唸る。


 ラウテル辺境伯家の嫡男としては、恋愛結婚がほぼ望めないことは分かってる。

 さっきも言ったとおり、原則は政略結婚となるからだ。

 まだ恋だの愛だのはよく知らん。だから、エレンに聞かれても困るというのが正直なところではある。


「……まあ父上たちは憧れだなぁとは思うけど、俺の立場を考えたら政略も仕方ねーなとも思うよ」

「そっか……」

「エレンは好きにしていいからな。相手がエレンに相応しければ、俺は何も言わねーよ」


 エレンを笑顔にして、エレンと話し合って成長していける相手じゃないと。

 ああ、父上とまでは言わないが、俺に勝てる相手だといいなぁ。エレンもエレンで強くなりそうだから、そう、背を預けあって共にモンスターと戦えるような、そんな相手じゃないと認められない気がしてきた。


 そう考えてると、ふふ、と笑い声が聞こえた。

 エレンに視線を向ければ、ほんの少し口角を上げ、目尻を下げて笑っている。


「そんな人、いるかなぁ」

「え、声に出てたか?」

「うん、出てたよ。でも、そうだなぁ……モンスターと戦えなくても、お父さまやお母さまみたいにお互い苦手なことを補えればいいなって思うよ」

「苦手なことか……」


 そういえば、父上と母上もそうだな。ふたりとも得意とする戦闘スタイルが真逆だ。

 父上は接近戦、母上は魔法や弓矢を使った遠戦が得意だ。逆に父上は弓矢や魔法が苦手で、距離を取って戦うことが難しいし、母上は魔法で身体能力を強化したとしても父上のように剣や槍で戦うのは苦手だ。

 ふたりとも普段から「助けられている」と言っているから、領政や社交でもお互い得意な分野でやりくりしてるんだろう。


「なんか、そういう関係っていいな」

「でしょう? だから、私の理想はお父さまとお母さま!」

「それは俺も同感」

「じゃあ、私の婚約者はまずは兄さまが認めた人じゃないとダメにしよう! 逆に兄さまの婚約者もまずは私が認めた人じゃないとダメ!」


 エレンの提案に目を丸くした。

 ……はははっ、父上や母上に言ったら怒られそうだ。現にアントンとマリアがギョッとした表情を浮かべている。


「お互いがお互いの婚約者を評価すんのか」

「もちろん、私たち以外の意見も聞いたりするのよ。その上でそーごー的に判断するの! 私だって、兄さまが納得しない義姉さまなんて認めたくないもの」

「総合的、な。いいぜ」


 わーい、と真顔ながらも両手を上げて喜ぶエレンに俺は笑みを浮かべる。

 俺としてもエレンが変な奴に捕まるのは嫌だし。まあ、本当にダメなヤツだったら俺やエレンがOKって判断しても両親がNG出すと思うから、軽い口約束のようなもんだ。

 それはエレンも理解してると思う。そもそも、両親が認める奴が俺たちにとってNGってそうそうないだろうし。


「ちなみに、スレックソビッ……じゃない、奔放じゃない正統派なヒロインとやらが俺の婚約者になりたいって現れたら、エレンはどうすんだ?」


 エレンは目を瞬かせ、考えるように少し首を傾げながら顎に手を添えた。


「……実際、兄さまルートのヒロインだったら義姉さまって呼んでも問題ない、と思う。でもやっぱり実際に自分の目で見てみたいかな」

「へぇ。”げぇむ” の俺ルートのヒロインはそんないい奴なのか?」

「兄さまに恋した後は一途だよ。どんなに他の令息に言い寄られたって『好きな人がいるから』ってちゃんと断って……その関係でトラブルが起こって、そこに兄さまが助けに入るなんてイベントもあったな」


 また "いべんと" とか新しい言葉が出てきた。まあ、話の流れ的に物語の盛り上がる部分とかそういうもんか?

 エレンがソファから立ち上がって少し広い場所に移動して、長物の武器の構えをとる。


「すごいんだよ。こうやって、薙刀を振り回して敵を颯爽と蹴散らすんだから!」


 見様見真似なんだろう。切っ先を振り上げ、振り回すような動きを見せる。

 それだと相手を斬り殺してないか? さすがに人を殺すとかまではしないよな? まあ相手がすっげー悪い奴だったら罪に問われないとは思うけど。

 なんかそこら辺の話も授業であったな。後で復習しておこう。


「それなら、俺ももっと鍛錬しなきゃな」

「大丈夫だよ、兄さまはサボらなければ強くなる!」

「俺がサボるように見えるのかよ」

「んひひ、ぜーんぜん!」


 エレンに俺も笑う。

 すぐに表情が戻ってしまったが、前よりはだいぶ笑う機会が増えてきた。

 急ぐことはない。ゆっくり取り戻せばいいんだから。

 俺や家族は、エレンが昔のように笑えるようになるのを見守っていくだけだから。

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