第4話 勉強がんばろうな……
結論から言うと、母上から許可が出た。
俺が提案した方法は「《精霊の手紙》を利用して、『エレン』という少女が、精霊が選んだ相手に文通を依頼する手紙を出す」というもの。
《精霊の手紙》は、気ままな性格が多い精霊たちの中でも真面目な性格を持つ精霊たちが行う、なんだっけ……そう、郵便業のことだ。
もちろん、運んでもらうお礼はある。クッキーや飴玉など、甘いお菓子を用意する必要があるんだよ。
距離が長ければ長いほど、お礼の量は多くなるし、質は求められるし、届け先に届くまでに時間がかかる。
早く届けたいのなら早馬っていう、馬を交代しながら運んでくれる業者に頼むのが確実。《精霊の手紙》を利用する人は大抵、そこまで時間に追われる必要がない場合だけだ。
直接ロザンネ嬢宛に出すと、彼女が警戒してしまうかもしれないと思ったからこの提案をした。
自分を指名してきたわけじゃない、偶然選ばれたのなら返事を出してくれるかもしれない。
もちろん、ロザンネ嬢が返事を出さない場合はあると思う。でもエレンはそれでも良いと言う。
「外に助けを求める手段が、あのクソ「エレンちゃん?」……えーっと、婚約者だけじゃないって分かってもらえればさ! ローザさまがあんなに苦しまなくて済むかなって」
母上の笑顔でエレンが訂正したのにうんうんと頷く。
俺の前ならいいけど、母上の前であの言葉遣いはちょっと。
―― 翌日。
エレンが書いた手紙の内容を確認していた母上が、便箋を畳み直して封筒に戻した。
「この内容だったらいいと思うわぁ」
「やったぁ!」
「いい? エレンちゃん。さっきも言ったけど、あなたが『イェーレ・ラウテル』であることは絶対に明かしちゃダメよ〜。それは学院に入学して、彼女と接触できてからね?」
「はい!」
「そうね、それじゃ……君にお願いしようかしら」
母上の一言で、近くを漂っていた精霊がふわりと近づいてくる。
テーブルの上に置いてあった手のひらサイズの小袋を持ったエレンが、手紙と一緒に近づいてきた精霊に差し出す。
「お願い! このお手紙、内緒でロザンネ・コーネインさまに届けてもらえる? わたしが出したって分からないように!」
『わあ、こんなにたくさん! いいの?』
「遠いし、めんどーなことをお願いするんだもの。当然だわ。あ、次からもお願いするから、もし食べたいのがあったら言って! できるだけ用意するわ」
『いいよ、いいよ! エレンのおねがいだもの。じゃあ次からはチョコがいい!』
エレンの視線が母上に向けられる。母上は微笑んだまま、こくりと頷いてみせた。
「分かった、次からチョコを用意するね!」
『わぁい! じゃあいってくるね!』
リボン状にきらきらと輝くたくさんの粒のようなもの ―― 精霊のヴェールをふわりと残して、精霊の姿が見えなくなった。
その場に残ったヴェールは、段々と消えていく。消える前に触れようと手を伸ばしてみるが、捕まえることはできなかった。
精霊を見送ったエレンは、ぱちんと両手で自分の頬を叩くと鼻息荒く、真顔のまま意気込む。
「ローザさまから助けを求められたら、すぐに助けられるように力をつけなくちゃ!」
「そうねぇ。じゃあ、エレンちゃん」
「はい!」
「今日からたくさん、お勉強がんばりましょうね〜」
にっこりと微笑む母上。ビシリと動きを止めたエレン。
まあエレンとしては体を鍛える方を指していたんだろうな。分かる。俺も「助けてって言われるかも」って思ったら体を鍛える。
でもまあ、エレンより先に1年早く生まれた俺は、1年早く色々なことを学んだわけで。だから母上がこう言ったことも分かるんだよなぁ。
「え、なんで!?」
「さ〜、先生もいらっしゃるお時間だから、準備するわよぉ」
「お母さまちょっと待っ、兄さま!?」
「がんばろうな、エレン」
「ええええ!?」
ずるずると母上に引きずられていくエレンを少し可哀相だなと思いながら手を振って見送った。
俺もこの後、座学なんだ。しかもいちばん苦手な国史学。
でもお互いがんばろうぜ。
知識は最高の武器だと教えてくれたのは、兄貴だった。
知識ひとつあるだけで状況が一変することがあるのだと言っていた。
―― そりゃあ体を鍛えるのも大事だけど、勉強が一番だよ。体を動かすにも、状況を判断するにも、誰かと話すにしても勉強していないとできないからね。
―― そうなの?
―― そうだよ。人であれ、モンスターであれ、相手を知らないと何もできない。体の鍛え方も学ばないと、無駄な動きばかり増えて疲れやすくなってモンスター退治のときに命に関わるかもしれない。魔法もちゃんと発動する条件を学ばないと、正しく発動できない。相手が苦手なもの、喜ぶものを先に知っておけば仲良くなりやすい。……生き残るためには、たくさん勉強する必要があるのさ。
そう、兄貴が真剣な表情で言っていたのを覚えている。
実際、兄貴はダンジョンにいるモンスター生態に詳しかったり、両親と政治の話ができるぐらいに頭が良かったんだよなぁ。
俺も将来、この辺境領を任されるかもしれない。
まずは最低限の算術と自国の歴史、言語を覚える。それがある程度できたら複雑な国内情勢や隣国、そして最終的には過去に世界で起きた大きな出来事を学んでいくんだったかな。
いやまあ兄貴が言ってたことは分かる。分かるけど……。
俺はどっちかっていうと、動いている方が好きなんだよなぁ。やっぱり。いやがんばるけどさぁ。
◇◇
「それではイェンス様。先日の復習でございます。我が国の建国は、何年でしょうか?」
「エレク暦の紀元前87年のモスレク紀、今から約710年前です」
「そのとおりです。我が国があるこのフォース大陸は他大陸よりもやや小さめですが、その分歴史が長いといっても過言ではありません。3つの隣国の建国もほぼ同時期ですね」
壁に立てかけた黒っぽくて薄い石でできたスレート板と呼ばれるものに、家庭教師の先生がモンスター素材で作られたチョークと呼ばれる白いもので地図を書き込んでいく。
先生いわく、プレヴェド王国があるフォース大陸は、世界にある他の大陸に比べると小さい。
でも、他の大陸では盛んだった国の興亡がほぼなかった。だからエレク暦よりも古くから続いているとされている4つの国が存在している。
東にある人族の王が治める国、プレヴェド。
西にある獣人族の王が治める国、サーランド。
北にある竜人族の王が治める国、レリスタ。
南にある精霊族の王が治める国、ヴェラリオン。
俺がいるここラウテル辺境領はプレヴェド王国の中でも南に位置していて、ヴェラリオン皇国に隣接しているのはこの前習った。
王都とヴェラリオンの皇都の距離はうちからだとぶっちゃけ同じぐらいなんだよな。大体、馬車で1ヶ月ぐらいの距離感だ。
馬を交代させながら急ぎで走ればまあ、9日前後か。
「プレヴェド王国の初代王の名前を覚えていらっしゃいますか?」
「ヘルドラン・プレヴェドです。エレヴェド様から加護を受け、《邪神》を討伐した英雄であり、現在の王家の祖先でもあります」
「そのとおりです。国民には『建国神話』という形で広く知られていますが、あの神話は実際にあったことでした。当時、この大陸にはなんとなく種族ごとに東西南北で集団を作って暮らしていました。まだ国の形が整っていなかった頃です。ある日、突然この大陸に突然変異のモンスターが4体現れました」
スレート板に書かれた地図に、モンスターの特徴と出現した位置が追記された。
東には黒髪と赤い瞳の強大な魔法を使う人型モンスター。
西には火を吹き、毒を撒き散らすドラゴン型モンスター。
北には竜の牙すら通さぬ巨大キメラ型モンスター。
南にはあらゆる魔法が効かず、剣を巧みに操る無貌の人型モンスター。
あれ? それって……。
「……《邪神》ですか?」
「そのとおりです。この東西南北で出た突然変異のモンスターたちは、それぞれの国にとっての《邪神》です」
たくさんの同胞を殺された人々は創世神エレヴェドに祈ったのだという。どうか、あの
彼らの願いを聞き届けた創世神エレヴェドは、東西南北の集落にいた英雄たちに期間限定ではあるが加護を与えたという。その加護の力をもって、突然変異のモンスターたちはそれぞれ倒された。
そうして、英雄たちを王として国が興った ―― と先生は解説してくれた。
なるほど、それが建国神話なのか。
「期間限定ってことは、もう王家には加護がないってことですか?」
「ええ、そうです。エレヴェド様の御心はわたくしたちが推し量ることはできません。けれども、加護に頼らず自力で生きていくことを示唆されたのだと各王家は理解し、現在に続いております」
どんな加護だったんだろうなぁ。
少なくとも、サーランドの《邪神》は火と毒の無効化ぐらいの加護は与えてそうだ。
「イェンス様、現在の王家は初代から数えて何代目でしょうか」
「えッ!? えーっと……24代目?」
「現国王陛下でちょうど30代目ですね」
やっべ間違えた。でも、なんか建国年数に対して代替わりが多くないか? 昔兄貴から聞いたときは、大体30年ぐらいで次世代に交代するって聞いたけど……。
そんな俺の疑問に気づいたのか、気づいていないのか。先生はその答えに近い内容の授業を続ける。
「病気などで譲位が早まったという記録もいくつかありますが、短期間で譲位が行われたのはガルネク紀、ソルネク紀前期です」
先生がスレート板に書かれていた地図をすべて消して、長い横線を描く。
その横線に何本か短い縦線が引かれて、そのうちやや真ん中のあたりで区切った線を太くして、先生はそこに「エレク暦元年」と追記した。
ガルネク紀はエレク暦元年から2つ目の線から始まる、短い時代のようだ。
その後、3つ目から4つ目の間を飛ばして、4つ目の線の辺りから「ソルネク紀」と追記する。
「ガルネク紀は、
先生の目がやや悲しげに伏せられる。
……
冒険者だった兄貴は「規模は小さいけどね」と言っていたけれど、
でも、世界大戦は知らない。そんなことあったんだ。
そんなこんなで、授業が終わって、昼食時。
昼食の用意ができたとアントンから伝言があったので、食堂へ向かう。いい匂いだ。お昼何かなぁ。
そうして食堂に入って。
「……大丈夫か、エレン」
「……むり」
先に終わってたんだろう、そこには頭を抱えてテーブルに突っ伏しているエレンがいた。
両親は仕事でいないからまあ、怒られることはない……たぶんあとでマリアとかから伝わるかもしんないけど。
とりあえず、歩み寄ってエレンの頭を撫でてやる。
「おつかれ。何の授業だったんだ?」
「……王族と高位貴族の名前と顔を覚えるやつ」
「あ~。最初の地獄」
「お妃さま、なんで3人もいるの……? 王子さま、なんでみんな年子なの……? 王さまと第一王子さま以外誰が誰だか分からないよう……」
腕を伸ばしてべしょりと更にテーブルに伸びたエレン。母上に見られたらゲンコツくるぞ。俺もやられたから。
母上はエレンが女の子でも容赦ないからなぁ。
「第一王子殿下は分かるんだ」
「だって出てきたもん」
エレンが言う、第一王子は “げぇむ” の登場キャラクターだ。
そしてそのキャラクターは実際にいる。
プレヴェド王国第一王子、ルートヘル・プレヴェド。
俺と同い年なんだよな、第一王子殿下は。金髪碧眼で、男の俺から見ても美人だって思うような感じ。
お茶会で遠目で見たことはあるけど、実際話したことはないんだよなぁ。「そこら辺の同い年の貴族連中よりも頭がいいらしい」って噂しか聞いたことねーわ。
突っ伏していたエレンの頭が上がって、俺を見上げる。
「兄さまは、第一王子さまと交流はないの?」
「ねぇなぁ」
「同い年なのに?」
「同い年ってぐらいしか共通点ないだろ。俺よりかは、王都近郊にいる公爵家とか侯爵家とかの息子と交流してんだろうさ」
「ええ、変だよ」
「なんでだよ」
「だって、兄さまはルートヘル第一王子の側近で、攻略対象キャラクターだったもの」
……はい???
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