第6話 手紙の返事は


 それから、1週間後の休養日。

 ちょっと早起きして鍛錬場に出る。今日は何しようかなあ、と考えながらなんとなく習慣でくるくると訓練用の長物を振り回して軽く体を動かしていたときのこと。


「兄さま、兄さまぁ〜〜〜ッ!!」


 エレンがデカい声で叫びながら鍛錬場に駆け込んできた。

 あ、あいつ寝間着から着替えてないじゃん。なにか羽織るものを、と俺自身の周囲を見るが、フェイスタオル以外なにも持ってきてない。しまった。

 マリアが羽織ものを持ってすごい形相で追いかけてきてる。だがその前に、エレンがボスンと俺に抱きついてきた。


 パッとエレンが顔を上げる。きらきらと赤い瞳が煌めいて、頬も紅潮していた。

 ずいと顔に向かってなにかを差し出されたので思わず首を傾けて避ける。よく見れば、それは手紙だった。


「ローザさまから、お返事きたの!!」

「おお」


 封筒の端に『ローザより』と書かれている。マジか。



 鍛錬を中止して、まずはふんすふんすと鼻息荒いエレンをドウドウとなだめてマリアにエレンの部屋に連れて行くよう頼んだ。

 まずは着替えてこい。俺が怒られる。

 着替えが終わったら食堂にその手紙を持ってくるように伝えた。たしか、今日は父上が一緒のはずだ。母上は魔法でしか倒せないモンスター退治を依頼されて遠征中なもんで。


 俺も部屋に戻って、軽く体を拭いてから着替えて食堂に向かう。

 すでに父上が食卓について新聞を読んでいるところだった。


「おはようございます、父上」

「おはよう、エース。エレンが朝から騒いでいたようだが、どうしたんだ?」

「かのロザンネ嬢からお返事があったようで、はしゃいでました」

「ほう」


 父上も少し驚いた表情を浮かべていた。それはそうだろう、返ってこない可能性の方が高かったんだから。

 それから時間をおかずに、エレンが手紙を持って食堂に現れる。もにょもにょと口元を動かしていて機嫌が良い。


「おはようございます、お父さま!」

「おはよう、エレン」

「ローザさまからのお返事が届きました!」

「それは良かった。では、食事が終わったら開いてみよう」

「はい!」


 エレンの声はいつも以上に明るい。

 本当に前世の頃からロザンネ嬢が好きだったんだな、エレンは。



 食事を終え、父上と一緒にサンルームへと向かう。

 エレンはもう気が急っていて「お父さま、兄さまはやく!」と走りそうな勢いだ。

 小さい頃は長い廊下でエレンと「かけっこだ!」と走って遊んでたけど、今は許されないだろうなあ。懐かしい。

 父上と目を合わせると、父上はニヤリと笑みを浮かべてグンと歩くスピードを上げた。あ、走っ……ん? 走ったか? そこまで足音が聞こえない。

 あっという間にエレンを追い越してしまった。俺もエレンもポカンと口を開けてその場で立ち尽くしてると、父上は振り返ってカラカラと笑った。


「どうした、エレン。早く行きたいんじゃなかったのか?」

「え……え??」

「父上、走って……」

「走っていないし、身体強化も使っていないよ。……きちんと鍛えれば、ここまで素早く動けるということだ」


 さすが父上。辺境伯家当主にして、《王国の空の支配者ヘール・ファン・デ・ルフト》と言われる竜騎士団の団長。

 ……竜騎士ってなんだって? まあ、そこは追々。


 エレンがきらきらと目を輝かせている。

 父上は優しげな笑みを浮かべると、エレンに歩み寄ってふわりと抱き上げた。右の片腕だけで抱っこできるのは大人だからか、父上に筋力があるからか。どっちもだろうな。


「エース、おいで」


 空いている左手を差し出されて、足早に移動して手を繋ぐ。

 俺よりも大きくて力があるはずの手が、優しく握り返してくれた。ゴツゴツとしていて、俺と全然違う。


「さあ、今度こそサンルームに行こう。楽しみだな、エレン」

「うん!」


 嬉しそうな声色のエレンに、思わず笑みが浮かんだ。

 もしかしたら断りの手紙かもしれない。だが、それなら無視すればいいだけの話だ。もしくは精霊に口頭で断るだけでもいい。

 エレンにとって良い手紙でありますようにと願いながら、俺は父上と一緒に歩き始めた。



 ◇◇



 サンルームについてから一息つくために、親父の専属執事であるフィリップが飲み物を準備してくれた。

 もうすでに茶葉も蒸されてちょうどよい時間となっており、茶器も万端。あとは注ぐだけの状態にしているのはさすがだと思う。

 ソファでは父上を真ん中に、父上の左側に俺、右側にエレンが座った。


 父上には紅茶、俺たちにはミルクティを用意してフィリップが後ろに下がったのを見てまずはエレンが読んだ。

 読んでいくうちにふるふると体を震わせたかと思うと、そっとテーブルに優しく手紙を置いておもむろに立ち上がり。


「っしゃああああああ!!!」

「あはは」


 天に拳を突き上げた。

 父上は笑っているが、俺は呆れるしかない。母上に見られたらゲンコツくるぞ。


 まあ、エレンがこれだけ喜んでいるということは。


「OKもらったんだ、ロザンネ嬢に」

「うんっ、『私でよければ』って! 自己紹介もしてもらっちゃった!」


 くるくるとその場で回って踊るエレンにあわせて、なんだなんだと精霊たちもやってきた。楽しそうなエレンの雰囲気につられたのだろう、きゃらきゃらと笑いながらエレンの周りを飛んで踊っている。


 父上がエレンに断って内容に目を通す。それから、俺に差し出してくれたので俺も手紙を受け取った。

 第一印象は、俺よりも字がきれいだな、ということ。

 手紙は簡単にまとめればこんな内容だった。


 ・手紙が自分(ロザンネ嬢)に届いたことの感謝

 ・もしよければ、自分が文通相手になりたい

 ・自分は3人姉弟の一番上であること

 ・趣味は刺しゅうという、針と糸で布に絵をぬい付けていくもののこと

 ・ほとんど家にいる状態なので、もしできれば、外のことを教えてほしい


 ……元々、送った手紙に書いてあったエレンの自己紹介はざっくりとしたものだったから、彼女も合わせたみたいだな。

 まあ、身分を隠してやり取りする分にはこの程度で十分だろ。


 くるくると喜んでいたエレンだったが、俺が読み終えたときにはストンとソファに座り直していた。

 父上がいるからか、お行儀よく両足を揃えて膝の上に手を乗せている。


「お父さま、兄さま」

「なんだい?」

「ん?」

「ローザさまはお外のことが知りたいって言ってるけど、私、ローザさまの周りのことを知らないわ」


 それはそうだ。エレンはコーネイン公爵家がある王都周辺に一度も行ったことがない。王都にすらだ。

 俺が王都に連れて行かれるのは俺が跡継ぎだから。まあ要するに顔見せみたいなものだな。

 父上は母上よりは多く王都に行く機会が多い。なんせ、国唯一の竜騎士団の団長なもので、空を飛ぶ系のモンスター退治となると竜騎士団が派遣されるからだ。


 魔法があるじゃんって?

 いやあ、魔法にも欠点はあんだよ。話が逸れるから詳細は省くけど、空を飛ぶモンスターに魔法は相性が悪いってことだけ言っておく。


 父上が考え込むように顎に手を添え、視線をテーブルに向ける。

 エレンもウンウンと唸ってるけど、そこまで難しく考えるようなもんじゃねーと思うけど。


「あのさ、今はいいんじゃないか、それで」

「えっ」

「ロザンネ嬢は家にずっといるんだろ? ってことは、そこ以外のことが知りたいってことだから、うちの周りのことを教えればいいじゃん」

「で、でも」

「どこに住んでいる、ぐらいはロザンネ嬢に伝えても平気だと思うけどなあ」


 辺境領に住んでるのは俺たちだけじゃないし。

 たとえ手紙の『エレン』が辺境領に住んでるっつっても、ロザンネ嬢にとっては外にいる子ということに関しては変わりねーもん。

 父上はいつの間にか俺たちの方を見つめて、こくりと小さく頷いた。


「うん。エースの言う通りだよ」

「お父さま」

「なんなら、ロザンネ嬢に『いつかラウテル辺境領に行ってみたい』と思わせると良い。それが目標のひとつにもなるから」

「そっか、ローザ様は設定資料集でも学園に入学するまでほとんど家に閉じ込められてる状態だったって書いてあったから……」


 エレンが続けた言葉に父上は苦笑いを浮かべた。

 まあ、母上経由で “乙女げぇむ” については伝わってるだろうから、その設定資料集とやらに何が書かれてるのか想像できたんだろうな。だって俺でも想像つくし。

 あれだろ、登場人物の家族背景とか過去とか少し書いてあるんだろ。うちもあんのかな。


 ふと、父上が人差し指を立てる。


「それかもしくは」

「もしくは?」

「エレンも、エースと一緒に王都に行ってみるか」


 エレンが大きく目を見開いた。俺も目を瞬かせる。

 エレンはまだ王都に行ったことがない。

 父上はそんな俺たちの反応を微笑ましく見ながら、提案を続けた。


「実は、王都付近に新しいワイバーンの巣ができたと報告があってな。ちょうど良い機会だ、エースもエレンもうちにいるワイバーンたちとは違うワイバーンと交流するのも良いだろう」


 たしかに、うちの領地にいるワイバーンたちは皆顔見知りといった感じだ。

 敵対行動さえしなければワイバーンたちはモンスターとはいえ、良き友人だからな。俺たちが小さい頃から知っているからか気さくな感じで遊んでくれる。


 ―― ワイバーンとは、言葉こそ通じないが知能があるモンスターの一種だ。

 総じて、ワイバーンを含む竜種と呼ばれるモンスターたちは知能がありこちらと交流が可能だ。あ、もちろん竜人族とはまた別だからな。あの人たちはちゃんと人間という括りの種族に分類される。

 

 ラウテル辺境伯家にある騎士団は、一般的な甲冑を身につけて剣や盾で戦う騎士団じゃあない。

 ワイバーンを相棒に、空で戦う。よその大陸にも同様の騎士団はあるって聞いたことはあるが、少なくともフォース大陸ではうちの国だけで、しかもうちの騎士団だけ。

 ワイバーンの大型の巣が昔から辺境領にあるからだろうし、古くから友好関係を築いてきた先祖の努力の賜物というのもあるだろう。

 軽装備でワイバーンの背に乗り、ワイバーンと共に空のモンスターたちと弓矢や槍などで戦う特殊な騎士のことを竜騎士と呼ぶ。


 俺とエレンは、その竜騎士になることが目標のひとつだった。

 それが大事な人を守るという目標に近づくための一歩だと思っている。

 もちろん、他の方法もあるだろう。でも竜騎士は身近な存在で、だからこそ第一に目指すべき存在だと俺は思う。


「特にエースは、基礎的な部分はできているからな。そろそろ《竜の試練》を受ける可能性もあるから、様々なワイバーンと交流するのも良いことだ」

「《竜の試練》!」


 思わずでかい声が出た。

 いやだって、竜騎士を目指す奴なら《竜の試練》は必ず通らなければならないもの。

 ワイバーン持ちかけられるという性質上、いつ、どのような試練が課せられるかは不明な試練なんだ。

 しかもこれは、誰でも受けられるというものじゃあない。さっきも言った通り、ワイバーン側から『お前だったら相棒になっても良い』という許しがないと受けられないってんで、元々ハードルが高い。


 早い人では俺ぐらいの年から、遅い人だと50代の引退間近になってから《竜の試練》を受けることがあるらしい。

 要するにすべてはワイバーン次第なので竜騎士自体数はそんな多くないんだよ。


「まずエレンは、ロザンネ嬢に手紙の返事を書こうか」

「はい!」

「それが終わったら、早速遠出の準備に取り掛かろう」

「父上、父上、何で移動するんですか?」


 きらきらとした眼差しを父上に向けるエレン。たぶん、俺も同じだ。

 だってすっごくワクワクしている。

 父上はそんな俺たちの様子にニヤリと笑みを浮かべて、俺たちふたりの頭を同時にわしわしと撫でまわした。


「当然 ―― ワイバーンだよ」

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