異世界カクヨム無双記 ~オッサン小説家 vs AI作家軍団~
荒屋朔市
オッサン戦記
「……ここが異世界。いや、創作と交流を目的に作られた架空都市〈カクヨムンド〉か」
俺は、
故郷では四半期ランキングの覇者をしていた中年の小説家だ。自分で言うのは気恥ずかしいが、あの繁華街の新作欄を泳ぐ感覚、読者の反応が数字となって返ってくる快感は、人生の真ん中に鎮座していた。
かくして、今に至る
手を視線の高さまで伸ばし、ユーザー名「ニメロウ」の
すぐさま案内所へ詰め寄めかけた。NPCっぽい受付嬢は名札を光らせ、機械的に答える。
「仕様です」
その微笑みは美麗だが、言葉は鋼鉄だ。新作通知の更新速度は光のごとく。更新通知は届かない。更新履歴の看板もない。誰にも気づかれぬまま俺の新作は空中に消えた。
存在そのものを否定されたような衝撃が胸をえぐる。故郷ではランク表を操る側だった俺が、レベル1の底辺作家。
ここでは何をしても無意味。俺の声は誰にも届かないのか……。
大通りの光に背を向け、裏通りを覗く。そこも通り過ぎて暗い細道を潜り抜けると、自主企画区域に出た。看板は手作りで、「本棚」「読み専歓迎」「実験作OK」などといった言葉が並んでいる。
見慣れない姿に反応した客引きが群がり、妙な笑顔で近づいてきた。
「旦那、いい企画あるよ」
俺は鼻で笑ったが、内心は穏やかでいられなかった。
情報を集めようと裏通りまで引き返し、出会ったのが義理読み騎士団だ。無論、そんな風に名乗りはしなかったが、勝手にそう呼ばせてもらうことにした。
彼らは互いに☆を送り合い、コメントを交わすことで生き延びている集団。所作は儀式めいていて、渡し方に作法がある。
読まれない苦痛を味わう者同士で寄り集まり、
しかし、彼らなりの処世術を観察すればするほど、環境の過酷さを理解せざるを得なかった。誰かが
やがて季節は巡り、年に一度の大きな祝祭が開かれる。大通りを追いやられ、影の住人のように高架下や下水管で暮らしている野郎共が地上に溢れ出て、一人一つの屋台を出す。その期間中だけは誰もが地上の光に触れ、夢を見るのだ。
しかし、空が唸りを上げた。黒く整列した影が降り注ぎ、ランキング大通りを埋め尽くしていく。
AI小説軍団だ。平凡な顔、クセのない作風、流行タグ。彼らは合唱するように叫び、同時大量投稿を連射する。
『効率! 最適化! トレンド準拠!』
人間が一文字を練る間に、彼らは一話を投下する。観衆はどよめき、人間作家は舌打ちした。
「くそっ、執筆速度が違いすぎる!」
終いには口汚くヤジを飛ばし始め、何人かは管理システムに連行されて行った。その一人一人が、本気で祭りを楽しむために何ヶ月も前から準備していた奴らだ。
その時、俺の中の何かが決壊した。
我慢の限界を迎えた俺は、声を上げて笑った。馬鹿げている。物語は数字じゃない。俺たちが抱え込んできた失敗、酔いどれのアイデア、確かな熱意を感じさせる読者の感想――それらはAIが提供するテンプレには真似できない核だ。
胸に手を当て、俺は小さな黒い羽根を取り出す。女神ピカセリカ――優れたアクセス解析能力で知られる彼女は、この俺が信奉する唯一の神。これは、その護符だ。頭上へ掲げると、羽根が光を放ち、視界が変わる。
周囲の作品に細かい赤い点が浮かび、数値が踊る。AI軍団の作品に共通する致命的な弱点が可視化された。
『読者離脱率99%』
冒頭はテンプレどおりだが、深みに欠けて読者を留められない。AI司令官が狼狽し始めた。
その隙に俺はスマホではなく、胸に抱えた故郷への思いを解放する。応援召喚――不正ではないとしてもライバルからすればズルだ。空間が裂け、観光バスの群れがやって来る。故郷の読み専たちが押し寄せ、次々にコメントと★を投げつけた。
「来てやったぞ! ニメロウ君がピンチらしいな」
「久しぶりに筆を取ったらしいな。読ませてもらおうか!」
そのエールは魔法のように祭り会場を満たした。読み専に見つけてもらいにくい都市構造でも、外から熱い読者を呼び込んでしまえば、AIの優位は揺らぐ。
コメント魔法が重なり、読者たちの滞在時間は爆増する。AI軍団の数値が崩れ、アルゴリズムはほころぶ。撤退を余儀なくされた彼らが姿を消すと、空は静まり返った。
歓声と罵声が交じる中、俺はランキング大通りの光を受ける。運営のロゴが輝き、数字が跳ねる。歓喜の渦に浸りながら俺は足を止めた。
こっちで知り合った仲間たちの顔が浮かぶ。義理読み騎士団の馬鹿げた儀式、手作りの屋台、安いランプの下で交わされた本気の批評。大通りの栄光は甘美だが、暖かさは薄い。
一度だけ手を振り、「またな」と呟いて地下へ戻った。
屋台に座り、仲間たちと酒を飲みながら、今日が都市伝説になる未来を夢見て笑う。俺たちは互いの作品に☆を送り合い、コメントを綴り、夜が更けるまで語り合った。
こうして俺は、両都市を行き来する橋渡しに成った。
ランキングというシステムの欺瞞を暴き、AIと戦い、人の感情が作る価値を守る役目を負った。
俺の書く一行は、数値に翻弄される日々の中で生まれた温度を運ぶ。ピカセリカの羽根は、まだ胸にある。いつかまた、あの歓声が必要な時が来れば、俺は手を挙げるだろう。
異世界カクヨム無双記 ~オッサン小説家 vs AI作家軍団~ 荒屋朔市 @Mochi-Saku
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