【異常児雷電の日常】
その赤子は、とにかくよく乳を飲み、よく寝て、よく笑い、そして異様に成長が早かった。
・生後3日で母の母乳だけでは足らず山羊の乳が入った椀3杯を連続で飲み干す異常な食欲。
・生後1週間で寝がえりを打ち
・さらに生後1か月で、つかまり立ちをして数歩歩いた。
「しかも、ただ成長が速いだけじゃない。
目が違う。
生まれたばかりの赤子とは思えぬ知性を湛えた眼差しで、じっと大人たちの言葉を聞耳をすませ聞いている。会話の途中でうなずきすらする。それも、話の核心の部分で、偶然かもしれんが、話の内容が分からないと出来ない芸当じゃと村長は思った。しかし、偶然も重なりすぎると必然じゃからのう。……あれは、ただの赤ん坊じゃねぇ。何かが宿っとる。……この子の将来が楽しみじゃきっと素晴らしい天命職を授かるに違いない・・・」
生後半年でわずかな距離だったが二本足で歩き始め、家の中を歩きながら動き回り、父の部屋に有った大人が読むような文字ばかりの本をペラペラと捲っていた。父のレオナルドは現在。この村で鍛冶工兼農夫をしているが、元は王都天神の王立武具工房”の主任技師(鍛冶師)だった事も有り、家にはその時の名残で教養のある本が多数あった。彼は自ら作った剣を試す為、剣術の心得もあった。そんな彼だったが、戦で弟を無くしてから、弟を殺した武器を造る自分に疑問を持ち、王都天神を去りこの辺境の村にやってきたのであった。そこで、同じく戦で肉親を亡くし、神の有り方に疑問を持ち出奔した癒しの女神ノルンを信仰する元ハイプリースのエリシアと出会い、お互いの似た境遇から惹かれ合い一緒になり、家庭をもった。エリシアはヒーラー兼薬師として村に受け入れられている。
誕生して半年程経ったとき始めて雷電が喋った。
レオナルドは鍛冶場で火を起こし、エリシアは台所で薬草を煎。
そのときだった。
「……お……か……あ……」
小さいが、しかしはっきりとした呼びかけが、家の奥から聞こえた。
レオナルドとエリシアは顔を見合わせた。
「いま……?」
急いで声のほうへ駆けつけると、雷電が床に座り、両手を小さく広げてこちらを見上げていた。
「お……か……あさん」
そう言って、ふらつきながらも近づいてきた。
「――あ……ああ……!」
エリシアの目に、涙があふれた。初めて、自分のことを「母」と呼んでくれた瞬間だった。
雷電は、次に父へと向き直った。
「お・・おとう…………さんぼくおなかすいた」
その声には、幼さと不思議な力強さが混ざっていた。まるで、魂の奥底から言葉を掬い上げたかのようだった。レオナルドは雷電をそっと抱きしめた。
「……お前、言葉を……!」雷電は頷いた。
そして、すぐに何かを思い出したように、父の作業台の下から炭のかけらを拾い上げると、部屋の隅の床板に向かって、指を動かし始めた。その小さな手が、滑らかに、確信を持った線を描くか。おまえ。
「母さん大変だこの子文字まで書いてる」と妻に言った。
「うちの子は天才だわ」とその時のエリシアは単純に喜ぶだけだった。
雷電はこの世界に産まれて初めて夜空を見た。いて座、さそり座、オーリオーン座が確認出来た。
そして星座はこの世界も同じかと思った。
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