――亜礪と女神お神さんの邂逅――

空も大地もない、果てのない深い蒼。魂の海

そこは、死者の魂が最初に辿り着く「静かな海」。

亜礪の魂は、血に染まった記憶をすべて脱ぎ捨て、波に揺られていた。

どこまでも穏やかで、何処か寂しい。

命を懸けて守ろうとしたものも、倒れた瞬間にすべてが遠くなる――

そう思っていた、そのとき。

海面が優しくきらめき、

人では無い白い着物に身を包んだ女性を模した存在が、波の上を歩いて現れた。

金色の瞳。青く透き通る髪。

柔らかく、それでいて強い存在感。

女神・お神さんが、亜礪の魂の前に静かに立つ。

「今まで良く頑張りましたね……痛かったでしょう?」

声には憐れみも、慰めもなかった。

ただ、亜礪の歩んできた命の重さを、そのまま受け止めるような深さがあった。

亜礪の魂は言葉を持たないが、感覚だけは残っていた。

誰かを守りたかった。誰かを抱きしめていたかった。

でも、それが叶わなくなった。

女神は優しく微笑むと、

「アンタのことは、いつも海から見ていたよ。

時化の日も、凪の日も、

私は、ずっと見ていた。海から。静かにね」

亜礪の魂が、微かに揺れる。

波の中で、ひとすじの涙のような感情が生まれる。

「……私はね、何処か海の様な臭いがするアンタの魂と注いでくれる飲み物を気に入ったの。

強くて、まっすぐで、でもどこか、不器用でアンタが乗っていた艦みたいに何度痛め付けられても立ち上がり諦めないその魂を。

だから――呼んだのさ。アンタの魂を、ここへ」

女神は片手を海に差し入れ、指先で優しく水を撫でた。

「このまま消えるのも、一つの終わり。

だけど……アンタがもう一度人生を歩みたいなら

私の世界で、生まれ変わるって道もあるよ」

亜礪の魂は、ゆっくりと漂いながら、女神の言葉に呼応するように光を帯びていく。

「ただし――

アンタの記憶は、消える。けれど、アンタの**魂に刻まれている強い想い。それは神にすら消せない」

女神は、そっと手を差し伸べる。

「さあ、どうする?このまま無に成るか、新しい世界で新しい人生を歩むか?

そのまっすぐな眼で、誰かとぶつかって、護って、生きてみるかい?」

亜礪の魂は、波の中でふわりと舞い上がった。

その軌跡は、一輪の花が水面に咲くような波紋を作った

女神は目を細め、薄っすら笑った。

「――いい返事だ。ようし、じゃあ行っといで。

次の人生、ちょっとだけ面白くなるかもよ。いや、アンタなら面白く出来る」

彼女が手を振ると、海の上に光の門が開いた。

亜礪の魂はそのまま、静かにその門の中へと吸い込まれていった。




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