【戦艦武蔵 最期の日】

1944年10月24日――レイテ沖海戦。

戦艦武蔵はその巨体を誇りつつ、シブヤン海で集中的に空襲を受けていた。艦内は火炎と煙、怒号と負傷者のうめき声に満ちていた。

「左舷高角砲群に被弾爆発炎上中応急班消火急げッ!」

砲術長・麗碓亜礪は、高角砲群で指揮を執っていた。額には汗が滲み、白かった制服は血や煤で汚れている。しかし目の輝きは失われていなかった。

「まだだ!武蔵!お前ならまだやれる!もう何波目だ?また来やがった一番二番3式弾撃ち方、始めェェ!!」遠方の雲隗に見え隠れする敵艦載機群を認め、亜礪は命じた

空襲が始まり、主砲の出番が無くなると敵艦載機の波状攻撃が続く中、亜礪は高射砲群の指揮に付き、急降下しつつある最脅威目標の敵機を最優先目標として指揮棒で示し、た

「くそ、武蔵悔しいだろうな、相手が戦艦ならたとえ何隻いようが、がっぷり四つで戦えたものを・・!」

亜礪の耳にドップラー効果により甲高くなりつつある急降下音が聞こえ、空を仰ぐと

敵機が急降下爆撃を仕掛けつつ機銃掃射を行ってきた。「右舷敵機直上急降下」と叫ぶと、まだ子供っぽさが残る少年兵を庇うように、その身を投げ出し突き飛ばした。少年兵は機銃掃射線上からは逃れたが、亜礪の身体は掃射線上から逃れられず機銃掃射に腕と左足をミンチの様に摺りつぶされたクソ―また脚かという怒りが何故だか浮浮かび、脳裏に静江の実家の神社から巫女に成るから人間との結婚は駄目だと反対されたが大恋愛の末結ばれた静江との間に授かった一人息子の真一の事。子供供時代田植えで静江のほほに跳ねた泥を当ててしまい、「もう!」と怒られたことと積み木で遊んだり、稲刈り後の村の祭りで取った奉納相撲。村でも海軍でも誰よりも早く走り、足の速さでは同期の誰にも負けなかった事。南方出撃前に貰った休暇で家族で過ごした最後の時間、家を出て、部隊に帰る日見送ってくれた妻(静江)が、大粒の涙を流した。亜礪は胸元からハンカチを出し妻の涙を拭った事。子供の頃の積み木遊びで静江が積み木で馬と言って茶色い長方形の積み木を組んで。この中に人が大勢入っているのと不思議な事を言った事、一緒に遊んだ事。江田島や艦隊勤務での訓練の日々。甲板で繰り広げた相撲。毎日第一砲塔装甲板に刻んだ手形。そして、海に注いだ千福の酒。凪いだ静かな海の時に上甲板で取った相撲の記憶がよみがえる。敵機が投下した爆弾の爆発により亜礪は致命傷を負った。妻の涙がしみ込んだハンカチは今も胸元のポケットに入っている。

かろうじてぼんやり見えている目で空を仰ぎ故郷に疎開させた妻(静江)と一人息子の事を思い、二人とも許してくれ、もう帰れない、と心の中で謝罪した。

意識が遠のいていく中で、亜礪の口元に、微かな笑みが浮かんだ。

艦が傾き始める。だが、亜礪の魂はなにかに導かれるように、静かに蒼い波の中へ溶けていった。

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