10-2 腐敗の瘴気
「地下牢って感じじゃないですね」
階段を下りた先は回廊のようだった。
お城の廊下。
天井が高く、横幅も広い。
立派な装飾もある。
どこまでも続いている。
「ここは本来、地下牢などではない。ダーリング王家が地下に作ったもう一つの城だ」
ボルトラさんが説明した。
「地下に城を作って、何か意味があるんですか?」
「さあ。むかしのことだから、ぼくにもわからない」
「金持ちの考えそうなことだ」
パイロが皮肉った。
天井に青い光が見える。
星空みたいに点々としている。
壁の燭台には青い火が灯っている。
終わりのない夜。
ふと目に入った。
ぼくは足を止めた。
鉄扉だった。
中が見えない。
海外の刑務所ドラマでよく見る鉄扉、
独居房の。
小窓がついている。
何の気なしに、ぼくは中を覗いた。
悪寒が走った。
背筋に虫が這うような寒気が。
嫌な汗が吹き出す。
ぼくは動けなくなった。
誰か……。
誰か、ぼくを引っ張って……。
そう願った。
左腕をぐっと引かれた。
振り向くとベルがいた。
「チヅル、何やってんだ、行くぞ!」
ウィケットさんが回廊の先で手を振っている。
振り返した。
「行こう」
ベルと手を繋ぐ。
振り返らず、ぼくは走った。
*
回廊を進んでいると急にビアンカさんが両膝をついた。
「チヅル、腐敗だ!」
ウィケットさんが知らせる。
ぼくは駆け寄ってビアンカさんに触れる。
すぐに【
「隊長、いつ感染したんですか」
「わかりません」
「瘴気だろう」
ボルトラさんが辺りを見ていた。
「気がつかなかったが、フロアへ下りたときから瘴気があったんだ、ずっと」
腐敗は赤い色をしている。
けど回廊のどこを見渡しても何も見えない。
腐敗なんかない。
まさか空気中に……。
「どうしたらいい」
ウィケットさんが訊いた。
ボルトラさんは「さあ」と肩を空かす。
「目に見えないことには」
「“【
ぼくは全身から腐敗を爆発させた。
周囲の床いっぱいに腐敗が広がる。
「移動するあいだ、ずっと腐敗を出しっぱなしにします。みなさんは常にぼくの腐敗の上を歩いてください。もしくは腐敗に触れるか。みなさんが呼吸と同時に吸い込む腐敗を、ぼくの粘液ごしに吸収し続けます」
その手があったか。
というようにボルトラさんが指を鳴らし、その指でぼくを差す。
「サンドワームの腐敗と、ぼくの腐敗って同じ成分なんですかね?」
ふと気になった。
「成分?」
ボルトラさんが訊き返す。
「急に、妙なことを聞くんだな」
「ルーメンハイムに戻って調べれば、何かわかるかもしれないが。どうかしたのか?」
ウィケットさんが訊いた。
「なんだかここにある腐敗、ぼくの腐敗と同じな気がするんです」
「サンドワームの腐敗は違うのか?」
「違います。ベルの町で吸い取ったときに思いました。でもここのは同じ気が……。腐敗って、場所によって違いがあるんですか? それとも……」
どう質問すればいいのかわからなくなった。
「そもそも、何でここには腐敗の瘴気があるんですか?」
パイロはぽかんとしている。
ウィケットさん、ボルトラさん、ビアンカさん。
みんな難しい顔をするばかりで答えは返ってこなかった。
*
八雲に手を引かれる
二人が先頭を走る。
生徒たちは回廊を走った。
後方から爆発音が聞こえる。
つづけて生徒の悲鳴が。
「何が起きてる」
八雲が傍の生徒へ訊ねた。
「わからない。何か飛んで──」
八雲の視界を後ろから何かが横切った。
その直後、傍で爆発が起きる。
八雲と天使は吹き飛んだ。
回廊の床を転がった。
息せき切って逃げる生徒たち。
彼らは大扉を見つける。
協力して開けると、そこは玉座の間だった。
「こっちだ!」
生徒の掛け声をする。
立ち上がり、
すぐに室内を見渡した。
逃げ道を探し、同じ場所に立ったままぐるぐるまわった。
「逃げ道がねえ!」
室内が静まり返っていた。
廊下から生徒の悲鳴が聞こえる。
物騒な物音も。
チリンチリン──。
そこに自転車のベルが鳴った。
一台の自転車が玉座の前へ入っくる。
ポマードでなでつけた黒髪。
グレーのスーツ姿。
紳士のようだ。
人形のような柔和な顔立ち。
頬がピンク色。
唇がやや赤い。
愛嬌のある表情。
そんな男が肩に大砲を構えていた。
「グッドモーニング、勇者たち……だよね? きみたち、勇者でしょ? 瞳の感じが違う。外国人って感じ。唾液のにおいや味は、ぼくらと同じかなあ」
瞬間、大砲が発射された。
爆音が空気を揺らす。
重低音に生徒たちは硬直する。
火薬のにおいがする。
玉座前にうまく固まった生徒たちへ砲弾が当たった。
生徒たちは、ボーリングのピンみたいにはじけ飛ぶ。
それを見た自転車の男は高笑いした。
巨大な熊が大扉から入ってくる。
「兄ちゃん、廊下はみんな片づけた」
「よくやった、ニコラス。厨房へ持ち帰ろう」
「楽しみだなー」
玉座前の砂煙から八雲が飛び出してきた。
雷雲に乗っている。
室内を飛び回る。
両手に稲妻を持ち、自転車の男へ放り投げた。
「しぶといなー、もう」
自転車の男を巨大な熊の腕が守った。
稲妻が弾かれる。
「“【
玉座前の煙から
背中に天使の翼を広げ、羽ばたく。
室内を飛行する。
天使が翼を羽ばたくと、鋭利な羽が熊を襲った。
「痛い痛い、兄ちゃん、なんか刺さった」
自転車の男が熊の前へ出た。
黒い傘をぱっと広げた。
それを回転させる。
天使の羽をすべて弾いた。
そして肩の大砲を飛ばした。
天使に当たり、彼女は打ち落とされる。
「
八雲が叫ぶ。
雷雲で駆け寄った。
自転車の男。
巨大な熊。
八雲は彼らを睨んだ。
すると赤い火の
八雲の口元が微笑む。
「“【
室内の天井に雨雲が立ち込める。
そこから稲妻が雨のように降り注いだ。
「兄ちゃん、何か来る」
「任せなさい」
自転車の男がまた傘を開いた。
傘が巨大化する。
くるくる回る。
稲妻をすべて弾いた。
「嘘だろ……」
八雲が咳き込んだ。
首元に腐敗の斑紋が這い上がってくる。
「八雲、重い……」
「悪い、もう体が駄目そうだ。動けねえ」
「ね、兄ちゃん、こいつらやわいでしょ?」
巨大な熊が手を叩く。
「うん、やわいね。それにこいつらはあまり食えないかも」
「どうして? 廊下に肉いっぱいあるよ」
「肉が腐敗していて捨てるところばかりだ」
「ふうん。残念」
八雲は立ち上がろうとしてバランスを崩す。
天使と隣同士、仰向けに並んだ。
「みんな死んじまった……俺らも、もう終わりだ」
天使が咳き込む。
「何が異世界だ……これなら旧市街の方がマシなんじゃないのか」
マリゼラースの顔が浮かぶ。
腹が立った。
「さっさと殺せ、畜生!」
八雲が叫んだときだった。
広間の床をサンドワームの頭が貫いた。
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