10-1 ダーリング王家の地下牢

 夜の砂漠。

 ブラック・ワーム号と船員を沖に待たせてある。


 ぼくらは三台のモービルに分かれて移動した。

 一台目がビアンカさん。

 二台目にパイロ、後部にボルトラさん。

 三台目にウィケットさん、後部にぼくとベル。


 フーリュネは山間部に位置する。

 砂漠の真ん中に巨大な山がある。


「食堂街の正門です」


 ビアンカさん指を差した。

 モービルの音で聞き取りづらい。


「旧市街から入る。裏へまわれ」


 ボルトラさんの指示に従い、モービルが進路を変える。

 正門とは逆へ。

 裏側へまわり、岩の裂け目へやってきた。


「ここって時計塔に通じてる……」


 ぼくが旧市街から出るのに使った抜け道だ。


「よく知ってるな」


 ボルトラさんだった。


「ここを通って旧市街を抜け出したんです」

「旧市街にいたのか?」

「はい」

「よく生きられたな。いや、きみの場合は容易いか」


 岩の裂け目を抜けた。

 時計塔の小さな庭に出た。

 ガーデニングのような風景。

 傍にビニールハウスが見える。

 庭の先に裏口がある。

 

 扉の前まで来ると違和感を得た。

 扉の隙間からつるが伸びている。


 ぼくはドアノブに手をかけた。


「開かない……」

「チヅル、下がれ。おれがやる」


 パイロが扉を蹴り飛ばした。

 広間の様子が見えた。

 草木が生い茂っている。

 高い天井まで木が伸びている。


「どういうことですか……」


 ビアンカさんが見上げた。

 中へ入ると巨大なアサガオみたいなのが生えていた。

 その真下に蛇公らしき遺体が。


「あれ、多分……」


 ぼくが口走ると、そのうちビアンカさんが察した。

 彼女は走って行った。


「ミア……」


 ビアンカさんが蛇公の遺体を抱き上げる。


「あれが蛇公か」


 ウィケットさんがぼくに訊いた。


「多分」

「第一世代、蛇公ミア……本当にきみが?」


 とボルトラさんが。

 ぼくは「不可抗力なんです」と答えた。


「流石の蛇公も、きみのその腐敗の前では無力だったか」

「ビアンカ様、行きましょう」


 ウィケットさんが切り出す。


「旧市街に長く居座りたくありません。彼女の遺体なら帰りに回収すればいい。弔いなら後でできます」


 ビアンカさんが悲痛な顔で頷いた。



*



 また一人。

 また一人と同級生が死んでいく。


 そこは物置のようだった。

 逃げているとき生徒の誰かが見つけた。

 誰が見つけたのか。

 見つけた者はまだ生きているだろうか。

 わからない。


 同級生の大量の死と腐敗の斑紋。

 それが生徒たちを脅かす。

 すべての生徒がこの物置にいるわけではない。

 八雲蓮も天使れむも、他は把握していない。

 余裕がない。

 他の生徒たちは無事だろうか──。

 などとはもう考えていない。


 ただ息をしているから生きられている。

 それだけ。

 しかし呼吸も問題だ。

 腐敗の瘴気を吸い込んでしまう。


 八雲が通路を見張る。

 彼らを脅かすのは腐敗の瘴気だけではない。


「来る」


 八雲が小さな声で知らせた。

 女子生徒が口を強く押さえる。

 震えながら涙を流す者も。

 息を潜めた。

 のそのそ、と何か這う音がする。

 壁の燭台が何か照らしている。

 通路を影が移動する。

 何か、獣の尻が離れてゆく。

 巨大な熊の尻だ。


 それが原因で、勇者たちは身動きが取れなかった。

 八雲も天使も、みんな体に腐敗の斑紋が出ている。

 弱っている。

 症状は酷くなる一方だ。

 自分たちはもうここで死ぬのだろうと悟っている。


「ニコラス、死体を引きずるなと言っただろう。廊下がべとべとじゃないか」


 誰かの話し声が廊下の先から聞こえる。


「ごめん、兄ちゃん。でもこいつら数が多いよ。何往復したかわかんないよ」

「ひとまず食事にしよう」

「隠れてる奴らは?」

「あとで探しに行こう」

「ほーい」





 ぼくらは旧市街を駆け抜けた。

 辺りにはブッチャーがうようよいる。

 

 湿った黴臭い空気。

 腐敗臭──。

 酸っぱいような甘ったるいような。

 汚物の匂い──。

 牛乳の腐ったような、糞尿のような。

 そして鉄臭さ。

 走ると空気を吸い込まなくてはいけなくなる。

 いるだけで体調が悪くなる。

 懐かしくもない。

 もうここへ戻ってきたくなかった。


 パイロとビアンカさんが剣を振る。

 火炎が軌道を描く。

 ウィケットさんとボルトラさんが剣を振る。

 ボルトラさんは以前のような電撃を見せない。

 薙ぎ払いながら進んでゆく。


「チヅルさん、パイロの腐敗を」

「はい!」


 パイロの腕に腐敗の斑紋が見えた。

 ぼくは触れ、【吸喰きゅうしょく】で吸い取る。


「入口はどこですか」


 ビアンカさんの声に。

 ボルトラさんが「王家の墓地だ」と答える。


「では行きましょう。埒が明きません」


 いくつかの路地からブッチャーが集まってくる。

 後ろからも追ってくる。

 ぼくらは先を急いだ。


 そして静かな墓地へやってきた。

 息を整える。

 ぼくは全員の腐敗を取り除く。


「焼却隊が旧市街で活動していた頃は、腐敗はどうしてたんですか?」


 気になって訊ねた。


「どうもしません。罹患したら終わりです」

「運が良ければ腕の切断だけで済む」


 ビアンカさんとウィケットさんの返答に、ぼくは何も言葉が出てこなかった。


「ここだ」


 ボルトラさんがある石の棺桶を示した。

 それをみんなで押した。

 ベルは棒立ち。


 石棺がスライドし、下へと続く階段が現れる。


「こんなところに階段が」


 ビアンカさんが驚く。


「ダーリング王家の地下牢へ続いている」


 改めてボルトラさんは言った。





「わたしたち、生きて帰れるのかなあ……」


 天使が涙声で言った。

 その問に答える生徒はいない。

 気力がなかった。


「家に帰りたい」

「おれたちは使いっぱしりの駒だ」


 八雲が通路に目を向けながら言った。


「騙されたんだ、マリゼラースに」

「騙されたって?」

「腐敗はおれたちにも耐えられなかった。マリゼラースやエルミールにだって耐えられるはずがない。いや、そうだとすれば……」

「だとすれば?」

「助けは来ないってことだ」

がさっ、と音がした。

 八雲は通路へ振り向く。

 大きな目が部屋の中を覗いていた。

 目が合った。


「見ーつけた」


 無邪気な野太い声が言った。

 八雲は固まる。

 急に音もなくぬうっと熊の首が現れた。


 八雲が後ろへのけ反る。

 入口が熊の大きな腕に砕かれた。

 室内へ瓦礫が飛んでくる。


「“【雷雲ゼウス】”──!」


 八雲が叫ぶ。

 彼の手に、光る稲妻が握られた。

 それを投げる。

 顔に稲妻が命中し、電撃が飛び散る。

 熊が悲鳴を上げた。


「いまだ、みんな逃げっぞ!」


 八雲が天使の手を引っ張る。

 無理やり立たせ、二人は部屋を出た。

 通路で巨大な熊が顔を押さえている。


「無駄だよー、どこへ逃げても行き止まりだよー」


 抑える手の、指の隙間から熊の目がぎろっと二人を睨んだ。


「戦えるやつは戦え! でないと殺され──」


 熊の手が室内へ侵入する。

 一番近くにいた生徒を掴み、引きずり出した。


「嫌ぁあ、死にたくない!」


 女子生徒が叫ぶ。


「“【雷雲ゼウス】”──!」


 八雲が稲妻を熊へ飛ばす。

 だが熊はびくともしない。

 女子生徒をウィンナーか何かのように噛みちぎってしまった。

 鮮血が薄暗い通路に散る。


「やっぱ生はまずいや、こいつら」


 熊が女子生徒の腰から上を吐き出す。

 上半身が通路でバウンドする。


「ちゃんと調理しないと」

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