9-3 決意

 翌日、昼前。


 ぼくは密偵から貰った金色の笛を手に持った。

 傍にウィケットさん、ビアンカさん、パイロがいる。

 ベルがぼくの隣にいる。

 手を握ってる、右手を。


 昨夜ビアンカさんたちに話した。

 フーリュネへ勇者たちの捜索へ行くことを。


「ほんとにいいんですか。ぼく一人で行こうと思ってたのに」


 もう一度確認する。


「グラスヘイムの英雄を、一人であんな不衛生な土地へ行かせられません」

「隊長に同意」

「旧市街の調査をするつもりだった。その道中、あの砂漠でチヅルに出会ったんだ。丁度いい」


 ビアンカさん、パイロ、ウィケットさんが順に答えた。


「じゃあ、呼びますね」


 ぼくは笛を鳴らした。

 線の細い音が鳴った。

 針のような音。


 どこからか鳥の羽ばたく音がする。

 近づいてくる。

 鳥が見えた。

 わしだ。

 普通のより大きい。

 

 砦の中庭に舞い降りながら鷲は姿を変えた。

 人になった。

 この間の密偵だ。


「聖肉依存者ですか」


 ビアンカさんが冷たい口調で何か言った。

 三人の雰囲気、目つきが変わった。

 いつもと違う。

 ボルトラさんを前にするときとも違う。

 初めて見た。

 三人の殺意。


「答えをお決めになられましたか」

「引き受けます」


 密偵が丁寧にお辞儀をした。


「ありがとうございます。ではこちらを」


 密偵が近づこうとして三人の手が剣に向かう。

 密偵の口元が笑った。

 フードで鼻から上はよく見えない。


「解毒剤です」


 小瓶をぼくに見せた。


「その笛の口には、遅延性の毒が塗ってあります」


 三人が一斉に剣を抜いた。

 刃先が密偵の顔の前で止まる。

 密偵は両手を上げた。


「パイロ」


 ビアンカさんが不機嫌に名を呼ぶ。

 パイロが密偵から小瓶を受け取った。


「チヅルさん、飲んでください。腐敗に耐性のあるチヅルさんに、勇者教会の毒が効くとも思えませんが」


 パイロが小瓶のコルクを抜いた。

 受け取り、ぼくは飲み干した。


「断れば、チヅルさんを毒殺するつもりだったのですか」

「十分にご存じかと。これが勇者教会のやり方です」

「マリゼラースのやりかた、と正直に言えばいいでしょう」

「同じことです」

「用件を言いなさい。彼女の傀儡かいらいと雑談など気味が悪い」

「フーリュネへ戻り、わたしはこの吉報をマリゼーラス様へお伝えして参ります。しかしその前に一つ問題がございます」

「何ですか」

地下迷宮ダンジョンの門は、現在厳重に封鎖されております。よって中へ入ることができません。扉を開けると腐敗の瘴気が外へ漏れ出てしまいますので。清潔な食堂街に腐敗を持ち込むわけにはいきません」


 密偵がぼくを見て、「失礼、悪気はありませんよ」と言った。


「わかりました。後はこちらでどうにかします」

「どうにか?」


 ビアンカさんは密偵の問に応えなかった。

 ややあって密偵が静かに頭を下げる。

 彼は鷲に変身した。


「待ってください」


 ぼくは呼び止めた。


「報酬をください。お金を」


 間があった。

 鷲が頷く。

 彼は空高く飛び上がっていった。


「聖肉依存者が」


 パイロが吐き捨てるように言った。


「隊長、どうして密偵に話を聞かなったんです? これじゃ勇者たちがフーリュネのどの地下にいるのかわかりません」


 ウィケットさんがビアンカさんへ訊ねた。


「あの密偵は嘘をついています。話など聞いても惑わされるだけでしょう」

「嘘?」

「わたしもフーリュネの、あの土地の構造についてすべては知りません」

「知っている者をご存じで?」

「一人心当たりがあります」





「なるほど。それでこんな黴臭い場所に顔をそろえているというわけか」


 そこは地下牢だった。

 目の前には独居房がある。

 中にボルトラさんの姿があった。

 相変わらず綺麗な目鼻立ちだ。


「空から降ってきた子だ」


 とボルトラさんがベルを見る。

 ベルが彼を睨んだ。


「何か心当たりはありませんか」


 ビアンカさんが訊ねる。


「まずあの土地に“地下迷宮ダンジョン”などという場所は存在しない」

「やはりそうでしたか」

「それが隊長の言ってた嘘ですか?」


 ビアンカさんが頷く。


「あの密偵の人、ぼくを嵌めようとしたんですか?」


 誰に聞いていいのかわからない。

 ビアンカさんとボルトラさんの顔を交互に見る。


「そうとは限らない」


 ボルトラさんが答えてくれた。


「おそらくダーリング王家の地下牢のことを言っているんじゃないかな」

「やはり……」


 ビアンカさんは見当がついていたらしい。


「ダーリング王家の地下牢?」


 ぼくは訊ねる。


「ダーリング王家の居城跡、その真下に位置する広大な地下空間のことです」


 ビアンカさんが答えた。


「そこから腐敗の瘴気が漏れでているそうです」

「なるほど。旧市街を狂わせたあの腐敗は、あそこから……“嘆き”の原因もあの地下牢というわけか。そして、そこにチヅルくんの同胞である勇者たちを調査に向かわせ、帰ってこない。だから捜索してほしい、こういうことでいいか?」

「瘴気はチヅルさんが何とかしてくれます」

「確かに。ものが腐敗なら、きみなら何とかできそうだ。そうか、だからマリゼラースは頼んできたのか。それで、きみはそれを引き受けたのか」

「はい」

「お人好しだな」

「お金のためです。依頼を受ければ、依頼料が貰えます」


 ボルトラさんの口元が緩む。


「瘴気を外へ漏らさぬよう、門が閉ざされているそうです」


 ビアンカさんが説明を続ける。


「よって、それ以外の侵入経路なり、入る方法を模索する必要があります。わたしはあの地下構造に詳しくありません」

「入口なら他にもある」


 ボルトラさんがあっさり言った。



*



 ブラック・ワーム号が砂の海を行く。


「到着は夜になりそうだ」


 ウィケットさんが船員へ告げる。

 フーリュネへ入るのは6人だけ。

 ビアンカさん、ウィケットさん、パイロ、ぼく、ベル。

 そしてボルトラさんだ。


「おかしな真似はしないように」


 ビアンカさんが船首のボルトラさんへ忠告しに来た。


「チヅルくんには借りがある。彼に免じて何もしないと誓おう。それにもう、ぼくには力がない、、、、。彼のおかげで腐敗は取り除かれた。けれどラムもすべて死滅し、残されたのはこの剣だけだ」

「電撃ではありません、その剣のことを言ったのです。女王の料理人の最大の武芸は、剣と脚です。奇術遁術の類ではありません」

「何とでも言えばいい。ぼくの陛下に対する忠誠心は冥界まで届く。死に阻まれるようなやわいものではないよ。しかし、今はチヅルくん、きみに忠誠を誓おう。借りを返すまでは」


 言葉が何か重い。


「その借りって、どうやったら返したことになるんですか」

「無論、ぼくが返せたと実感し、認めるまでさ」


 ボルトラさんがさわやかな笑みを浮かべる。

 ぼくは苦笑いした。

 ベルがボルトラさんを睨んでいる。





 腐敗の瘴気が立ち込める。

 等間隔に並ぶ壁の燭台、

 その青い灯りのみが頼りだ。

 ここは全エリアが青く、薄暗い。


 ダーリング王家の地下牢──。

 そこに負傷し、疲弊する生徒たちの姿があった。


 腐敗の斑紋がそれぞれの進行度で、全身に現れている。

 長くは持たないだろう。


「ここへ送り込まれて、一つだけはっきりしたことがある」


 壁にもたれながら八雲蓮は言った。


「腐敗は人類の敵だってことだ。あいつが追放された正しさが、身に染みてわかる。そこだけは、マリゼラースは正しかった」

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