9-2 捜索依頼

「勇者教会……?」


 何で勇者教会がグラスヘイムに……。


「先日、ベルの町での腐敗騒ぎを耳にしました。情報を頼りに“腐敗の少年”なるものを調べると、グラスヘイムへ辿り着いていました。もうおわかりかと」


 もうおわかり?

 全然わからない。


「先日の罹患者コロシアムでの一件、それからこの瓦礫の山の理由、騒動……」

「ぼくに何のようですか。ぼくはマリゼラースに追放された身です」

「すでにマリゼラース様も把握されております」

「把握? 何をですか」

「わたしが書簡を送ったからです」

「いえ、そうじゃなくて」

「昨日、返答がありました。無駄な長話をするのも何です、煩わしい説明は抜きにしましょう。マリゼラース様からあなた様へ依頼がございます」

「依頼?」

地下迷宮ダンジョンへ向かった勇者たちが返ってこないのです」

「どういうことですか」

地下迷宮ダンジョン内は瘴気に満たされているのですが、それが腐敗由来のものなのです」

「はあ……」

「もうおわかりかと」

「全然わかりませんけど」

「腐敗への耐性をお持ちですよね」

「……さあ。あの、同級生たちは……勇者たちは死んだってことですか?」

「それを調査していただきたいのです。生存者がいれば連れ帰っていただきたい」


 そういうことか。

 何となく言ってることがわかってきた。

 

 地下迷宮ダンジョン──。

 マリゼラースが大聖堂で説明した例の頼みだ。

 夜中の騒音被害──“嘆き”の原因調査。

 あいつがぼくらを召喚した理由だ。

 思い出した……。

 要は、その地下迷宮ダンジョンは腐敗の瘴気があって常人は入れない。

 そこへ召喚された勇者たちが調査へ向かった。

 だが行ったっきり帰ってこない。

 マリゼラース、困る。

 そこに“腐敗の少年”の噂。

 調べた密偵がぼくを発見。

 アサヒカワ・チヅルの生存を確認。

 アサヒカワ・チヅルの腐敗への耐性も確認。

 マリゼラースがそれを知る。

 ぼくへ密偵越しに依頼がくる。

 こういう流れだろう。


「返事はすぐでなくて構いません。しばらくこの街におりますので」


 テーブルに金色の笛が静かに置かれた。


「決まりましたら、こちらの笛を鳴らしてください」

「シシケバブ一丁」


 店主がテーブルに皿を置いた。

 串焼きが二本。


 もう声はなかった。

 振り返ると、後ろの席には誰もいなかった。



*



「都合のいい奴らだ」


 ウィケットさんが呆れた。


 日が沈んだ頃。

 戻ってきたウィケットさん、パイロ、ビアンカさん。

 ぼくは三人を呼びつけた。

 昼間の密偵について話した。


 改めて説明した。

 ぼくが勇者教会に召喚された勇者の一人であること。

 勇者はぼく一人ではないこと。

 他の勇者たちが地下迷宮ダンジョンへ向かったこと。

 彼らが行方不明であること。

 その捜索をマリゼラースが依頼してきたこと。


「血筋ですね」


 ビアンカさんがため息をもらす。

 ぼくは「血筋?」と確認した。


「勇者教会トップはダーリング王家の者。女王フーリュネの妹の娘です。陛下からすれば姪ですね。つまり姉の代から勝手気ままな、ろくでもない一族だということです」

「どうするつもりなんだ、チヅル。フーリュネに行くのか?」


 ウィケットさんに訊かれた。


「わかりません。どうしたらいいですか」


 ぼくは三人の顔を見た。

 みんな下を向いている。


「チヅルさんご自身で決めることです」

「俺なら行かないな。罠かもしれないし」


 パイロが言う。

 ああ、とビアンカさんが納得する。

 三人とも、口数が少ない。

 マリゼラース絡みはいつもそうだ。


「少し考えます」


 ぼくは沈黙のあとに言った。



*



 もし、かつて自分を黴菌扱いしていたやつらを助けにいかなければいけなくなったら?

 しかも助けられるのが自分だけだ、と言われたら。


 黴菌扱いの件は、三人には言ってない。


「きみはどう思う?」


 窓際の女の子へ訊ねた。

 彼女は無口で無表情。

 ずっと窓の外を眺めてる。


 とりではグラスヘイムの端にある。

 砂漠が一望できる。

 夜は何も見えない。

 星空が綺麗なくらいだ。


 ぼくは視線を天井へ戻した。

 この件に三人は関係ない。

 みんなフーリュネに嫌悪感を示してる。

 ぼくの問題だ。

 街の復興のこともある。

 迷惑をかけるべきじゃない。


「ぼく一人で行くべきか……」


 行くなら、そうすべきだ。

 馬鹿げてる。

 何でぼくが、あんなやつらを助けにいかなくちゃならないんだ。


 女の子が動いた。

 ベッド脇に立った。


「ん?」


 ぼくをじっと見てる。

 彼女は背を向け、扉の前まで歩いた。

 扉の前へ立ち止まり、振り返り、ぼくを見た。

 部屋を出て行った。


 着いてこい。

 そう言われてる気がした。





 女の子が夜の砂漠を歩く。

 ぼくはその背中を追う。

 足が砂にのまれる。

 重い。

 あと何か着てくればよかった。

 寒い。


「ねえ、戻ろ。どこまで行くの?」


 彼女は答えない。

 振り向かない。

 でもパイロに頼まれたし。

 放っておけない。


 グラスヘイムから一キロくらいは離れたと思う。

 遠目に街の明かりが見える。

 そこで彼女は止まった。


「どうしたの?」


 追いついた。

 前へまわる。

 彼女は目を閉じていた。


 ──呼んで。


 声がする。

 ぼくは辺りを見た。

 誰もいない。

 砂漠だけ。


 ──わたしを呼んで。


「ベル?」


 瞬間、女の子が光った。

 多分、腐敗の粘液が爆発した。

 光が立ち上ってそれが形を形成する。

 光が消える。

 そこに、あのサンドワームの姿があった。


「……ベル?」


 ぼくはベルを見上げた。


「あれ、女の子は……?」


 女の子がいない。


『わたし』

「ん?」

『あの女の子、わたし』

「え?」


 意味がわからない。


「どういうこと? あの無口で無表情な子が、ベル?」

『そう。あの姿のときは喋れないの。人間の姿を維持するのって大変なんだよ』

「ふうん。何だ、ベルだったのか。それを説明するために砂漠に?」

『砦だとチヅルが困ると思って』

「確かに」


 砦にベルが現れたらみんながびっくりする。


「ねえ、昨日の夜中、どうしてぼくの部屋にいたの? ベッドの、ぼくの上にいたでしょ」

『チヅルの真似してた』

「真似?……って、どういう意味?」

『チヅルが仰向けになって目を瞑ってたから。あの白いの、ベッドって言うんだ』

「……うん」

『チヅル、行くの?』

「え?」

『フーリュネに行くの?』

「……フーリュネを知ってる?」

『知らない。人型のときでも会話は聞こえてるから。行きたくないんでしょ?』

「どうだろう……」

『チヅル、行きたくなさそうな感じするよ?』

「そうかも。どうしたらいいと思う?」

『チヅルはどうしたいの?』


 言葉が詰まる。


「助けたいわけじゃない。ただ……」

『ただ?』

「過去の清算をしようと思う」

『過去の清算?』

「調査をして、生存者を見つけたら助ける。マリゼラースからしっかり依頼料を貰う。お金をね。それで勇者教会との因縁は終わりだ。もう同級生たちと関わることもない」

『チヅルはそれでいいの?』

「……どうだろう。見殺しにするみたいで、断るのは気分が悪い。ぼくしか助けられなさそうだし、それだけ」


 砂漠の風を感じた。

 足元の砂も。

 初めてこの砂漠を歩いた日のことを思い出す。


『チヅルがそう思うなら、正しいんじゃない』

「そう思う?」

『うん。思う』

「……じゃあ、それで。ベルも行く?」

『うん。行く』

「わかった。じゃあ戻ってみんなに説明しよう」

『うん』


 その後、ぼくらはしばらく砂漠にいた。

 砂漠の夜空を眺めた。

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